【23】あんぽんたんっ!
レドクリフが去った後、しばらく立ち尽くしていると、ふいに肩を叩かれた。
「なに、廊下でボーッとしてるのよ」
そこにいたのは、ランタンを手に提げたイローナだった。
「あ、いや、何でもない」
自分でもよくわからないのだが、すぐにレドクリフと今まで話していたことを言えなかった。
俺はそのままイローナとメイド室へと入る。さすがにこの時間では誰もいない。メイドたちには兵士と違って夜の当番は無い。皆、自室で就寝している。もちろん朝早くから起きる者もいれば、お昼頃から仕事を始める者もいる。とはいえ今は普段とは違う。イローナのようにレン王子に仕えていたメイドたちは、まだ正式に誰かに仕えてお世話をする決定が下っていない以上、自分の身の振りについて不安を抱えながら待たなければいけないのだ。
「それで、ウィスドンさんのことなんだけど」
メイド室にある椅子に座るなり、イローナが口を開いた。
「どこにも見つからないのよ」
「どこにもって心当たりがあるって言ってたじゃないか」
「そうなんだけど、ウィスドンさんの自室も見たし、まだ起きていたメイドの子たちにも聞いてみたけど、今日は見てないって」
なんだか嫌な予感がする。
「なんだか嫌な予感がするわね」
イローナも同じことを考えている様子だ。
そもそもイローナの話では、ウィスドンはグレメルのように暇を貰わずに城の中で働いていた。ただ、誰か王族の専属メイドとしてではなく、新人メイドがやるような城内の掃除や料理の下ごしらえなどをしていた。
誰かの指示を受け、場外へと出かける可能性は低い。イローナもこの広いレイズ城内を全て見て回ったわけではないので確信はないのだが、嫌な予感は感じざるを得なかったのだろう。
「ウィスドンさんのことは仕方ない。明日にでもメイド長に聞いてみる。何が知ってるかもしれないし。――ところで、ホワイスは?」
「ホワイスなら、クレイスさんの所でぐっすり眠っているよ」
俺はひとまず、クレイスと出会いそこでクレイスから聞いたことをイローナに話した。
「そっか。エルケットさんとクレイスさんの間にそんなことがあったんだね」
「うん。俺も何て言葉をかけたら良いのか、わからなかった」
「でも、エルケットさんもどこにいったかわからないとなると、これからどう行動したら良いのか難しくなったわね」
確かに、犯人捜しの情報も不十分なまま俺たちは城に戻ってきた。本来なら、ある程度の確証を得てから戻り、城内で犯人を見つけ王様の前へと連れて行かなければいけない。俺が城を出て戻ってきたことがヴァチャー王の耳に入れば、何かしらの進展があったと思い再びアブソリューティが執り行われかねない状況に陥る。
だからこそ、人も寝静まった夜中を狙って戻ってきたのだが……。
「イローナ、ごめん。さっきレドクリフさんと、扉の前で出くわしちゃって」
「え! バカじゃないの!」
「いやいや、どうしようもなかったんだって」
「それで? 写真、突きつけてやったの?」
「……いや、それは、できなかった」
「なんでよ! あんぽんたんっ!」
「仕方ないだろ。相手はレドクリフさんだよ。いくらこの写真に本人が写っているからって、犯人という証拠にはならない。それにもし、俺らが疑っているってことがバレたら、なにをされるか」
するとイローナは大きく左手を振りかぶる。その所作を見て、俺はすぐに目を瞑り顔を両手でガードする。しかしいつまで経っても衝撃がこなかったので、恐る恐る目を開けると、イローナはテーブルに置かれたランタンの灯りをぼーっと見つめていた。
急にどうしたのかと声をかけようとした時、イローナがぼそっと呟いた。
「はあ、なんであんたは小さい頃から弱虫なの。なんか……信じられない。どうして弱虫ビリーフが兵士なんかやってるんだろう」
何も言い返せなかった。
イローナの前ではなぜか強気になれない。大人になって自分は大きく変わった。いや変わろうとして努力してきた。だからこそ今、こうして憧れだった国の一等兵として勤めることができているのだ。
ただ、俺が努力してきたのは肉体的な面がほとんどで、精神部分は幼い頃の影響がどうしても抜けない。トラウマという呪いの魔法は、魔女たちが自分たちにかけた魔法のように永遠に解けないものなのかもしれない。
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