標識は正直

二又 正偽

第1話 彼女は止まる

 彼女は走る。

 時間がないからである。約束の時間を5分も遅刻してしまった。

 人の間を避けて走る。

 T字道路に来ると急に徐々にスピードを落としていく。


「一時停止!左右確認!」


 彼女は左右を確認してまた走る。

 待ち合わせの場所に。


「その先を右に」


 また止まり、左右を確認して進む。

 交差点に差し掛かる度に止まり左右確認する。

 それが周りが見渡せる場所でも彼女は止まる。誰もが無視する場所でも彼女は止まる。


「やっと待ち合わせの場所だ!」


 約束の時間からすでに15分も遅刻。


「ごめーん!お待たせ!」


「やっと来た」


「ごめん、速度《そくど》ちゃん」


「いいのよ、停止《ていし》が遅れるのはわかっていることだから」


「本当にごめんね。いつもより早く出たのに」


「いい訳だけども聞きましょう」


「あのね、交差点に差し掛かって一時停止したらなかなか進めなくって」


「渋滞してたら行けないもんね」


「それでなんだかんだで遅くなったの」


「大丈夫、映画の時間はまだ余裕あるから、そのために」


「いつもごめんね、速度ちゃん」


「さあ、行こう!」


「うん!」


 停止と速度は映画を観に歩きだす。

 速度は停止の後ろを歩く。それがいつもの姿。


「やっぱり歩くの速い速度ちゃん?」


「ううん、私が歩くの遅いだけだから」


 速度の歩くスピードが遅い。

 停止は速度の一部分を見て思った。


「(速度ちゃんが遅いのはその胸のせいでは?)」


 自分の胸元を見て悲しくなった。

 それからも交差点に差し掛かっては停止は左右確認をおこない、速度は停止の後ろをゆっくり歩いてくる。


「あ、あぶない!」


 速度が叫ぶ。

 転んだ子供に車が突っ込んでくる。

 停止は考えず動きだし、子供の前に立ち手を広げる。


「止まれ!」


 車は急にブレーキをかけて停止のギリギリで止まった。


「大丈夫?」


 速度が子供に近づき話しかける。

 子供は怪我なくやっと自分がおかれた状況を理解して泣きだしてしまった。


「良かった、こらからは気を付けるんだよ」


「うん、ありがとうお姉ちゃん!」


 子供はそう言って涙をぬぐって母親の元へ走っていった。


「すごいね、停止ちゃんは」


「なにが?」


「停止ちゃんの能力はすごいよ!あらゆる物を止めることができるんだもん」


「そうだけど、自分の能力はこれでけでたいしたことないよ」


「そんなことないよ、すごいよ!」


 速度は褒め、停止は照れながらも困惑していた。


 この物語は特殊な能力を持った、交通標識娘たちの物語。

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