うまくいかない

文野麗

1.忘れられたい

 見方を変えることにした。欲しがっても手に入らないならば、欲しがらなければいい。だが最初から何も欲しがらないとか言って暗い奴になるわけではない。俺は所謂「陰キャ」ではない。断じて。

 ではどうするか。簡単だ。手に入らないのを望めばいい!


***


 今まで周囲から正当に扱われなかった。それどころか忘れられすらした。俺を蔑ろにする周りの人間たちが嫌でたまらない。腹立たしい。俺は天才だというのに。

 才能が理解できないにしてもせめて人並みに扱われたかった。関わった連中が、名前とか性格とか趣味とか、そういう俺の情報を把握する気がありさえすれば、天才堀切智信が、こんなフリーターだかニートだかになっているはずがない。

 高校の奴らも、精神科の爺も、あの音楽教室ですら、行かなくなった途端に俺のことを忘れ去った。どうしてこうも薄情なのかと嘆いていた。数か月前までは。だが俺は気づいた。もう孤独を悲しんだりしない。孤独は天才の宿命だ。

 人に必要な存在として覚えてもらえないなら、忘れ去られることを極めればいいのだ。記憶に残らない、誰から見ても他人以下の人間は、社会に存在しないのと同じだろう。でも俺は存在する。これは社会への挑戦だ。社会が万能でないことの証明をしてやる。俺が反例だ。

 何も人生を捨てたわけではない。一時的な実験であり、エピソード作りだ。この辺一帯で1回完全に忘れられてから、別の土地へ移ってバンドにでも入ればいい。俺が入ったら即バンドが売れてしまって、一躍名を知られたミュージシャンになる。そうなったら最高だ。雑誌かあわよくばテレビの取材で、「周囲から完全に忘れ去られる試みを行い成功したことがある」と答えてやれば皆驚いて、強烈なキャラクターとして認知される。その計画が今まさに始まっている。そう思うと素晴らしい。

 教育熱心な祖父というのは最高だ。彼が学費を残してくれたからこそ、今の俺は働きもせずに1人暮らしが出来る。残高を見るたびに安心できる。今日も発泡酒を買おう。

 アルバイトはやめた。どこかの組織に所属していたら忘れられるどころじゃない。毎日名前を呼ばれる羽目になる。元々好きな仕事ではなかったから、先週ようやく期限がきれて、清々した。やっと自分らしい人生が始まった感覚すらある。爺さんが孫のためにせっせと貯金していてくれていたのも、俺の人生にあるべき一要素なのかもしれない。

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