INTERPLAY Book Reviews

□1999年

1999.08 BR スティル・ライフ

スティル・ライフ 池澤夏樹 中央公論社 1988年


REVIEW


 染色工場に勤めているバイトの『ぼく』は、同じバイトの佐々井と親しくなる。大きな屋敷を持つ高等遊民の『ぼく』と、バイトという仕事が似合わない落ち着いた風貌の佐々井は、バーで飲みながら非現実的な話をくりかえす。

 星の話やガラスの天井の話。雪へ向けて上昇する地面の話。

 佐々井はそんな話をするかたわらで、「少しお金が必要なんだ」といい、『ぼく』に株の資金を代理で運用してほしいと頼む。株のソフトを組む佐々井と星の写真をスライドに写し取る佐々井との乖離。『ぼく』は佐々井に感化され、しだいに佐々井の世界に同化していく。


 この話が出たのは十年前で、バブルの全盛期だった。だから『株で儲ける』この話が成り立っているのだとも言えます。

 佐々井のように『生きるために生きる』、純粋で孤独な生き方は誰にでもできるものではない。佐々井にはそのために金という保障がある。そしてその生き方を受け入れる『ぼく』にも最低限の生活は保証されている。だから彼らはチェレンコフ光*を捜して生きることができる。『ぼく』も佐々井の浮き世離れした意識を受け入れることができる。その保証を得るためにヒーヒー言っている私としては、悠長なこと言ってると思ってしまう。佐々井の側に立ちたいと願いながらも、日常に忙殺されていく自分が嫌なのだ。

 この話は佐々井の描写が主眼で、『ぼく』は佐々井の意識を吸収する媒介にすぎない。個としての差異が消えて、佐々井は世界と同化していく。だから佐々井と『ぼく』の関係は濃密なのだ。恋愛でも好意でもない次元の話。

 心の裡に高次の記憶を飼っておく、その記憶の話。心を星の軌道に上げる、と佐々井は言う。

 以前五木寛之(だったと思う)が、『スティル・ライフ』の冒頭について批判していた。手法として露骨だからだろう。私はこれでいいと思う。


*チェレンコフ光……宇宙から降ってくる微粒子が水の原子核に当たって光る現象のこと

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