口づけに春は来なかった

笹野にゃん吉

プロローグ

 女性と身体を重ね、その潤んだ瞳を見つめる度に、僕は胸の中の疼きからも目を逸らせなくなる。


 いつからセックスがこんなに痛くなったのか。内省してみても分からない。気付くと相手を求める以上に、心が膿んで苦しかった。


 今、彼女の嬌声を耳もとに聞きながら、腹の底に燃えるような快楽を味わいながら、やはり痛みに耐えている。それが余計に僕を昂らせる。


 彼女もきっとそれを知っている。知った上で熱い息を吐いている。


 上体を起こして、彼女を真上から見つめた。放射状に散らばった黒髪が、毒を含んだ華のように鮮やかだった。


「……愛してる」


 吐息とともに無機質に言った。十年前と同じ響きだった。


「うん……愛してる」


 彼女もあの頃と変わりない声で返した。吐息とベッドの軋み以外が、しんと凍りつくような声音だった。


 僕たちは憮然として見つめ合った。


 互いの瞳は涸れ果てていた。


 それが不思議と胸のなかの痛みを和らげてくれた。

 

 僕は甘い毒のかおりに惹きよせられる、哀れな羽虫だった。再び彼女に覆いかぶさり、その細く白い首に汗と唾液のにおいを感じ取った。互いの空白を埋めるように、指を這わせた。


 柔い耳朶に口づけすれば、僕もまた毒の針をつきださずにはいられなかった。


「……もう会いたくなんてなかったのに」

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