すれ違いの先に

 次の日、教室で雄清の口から告げられたことは軽い衝撃を俺に与えた。

「演劇部が廃部になるそうだよ」

 なんとまあ、それはセンセーションな。

「何が起きたんだ」

「だれかが風紀委員にリークしたんだ。部内の人間か、部外の人間かはわからない」

「でも大げさじゃないか。鞄一つぐらいで」

「それが鞄の事じゃなくて、樫尾先輩が不登校になった要因を作ったことが原因らしい。風紀委員は鞄の事は知らないよ」

「それで鞄盗難の犯人は?」

「太郎が解いていないんだから、まだ不明のままさ。でも太郎は岡村先輩がやったと思っているんだろう」

「……まあ」

「時間の謎は解けた?」

 俺は何も言わない。


「ねえ、太郎。聞こえている?」

「ああ。時間な。さあ分からんな」

「さすがの太郎でもお手上げかい」

「そうだな」


 ぼんやりと受け答えする俺を雄清は不審に思ったようだ。

「太郎。嘘だろう。もう答えがわかっているんじゃないか?」

「どうして?」

「幼馴染を見くびるなという事さ」


 俺は少し考えてから話しだす。

「……雄清よ、俺は思うんだ。演劇部は多くの人間を傷つけた。樫尾ほのか、岡村真美、道家陽菜。話を聞く限り、彼女たちはまっとうな人間だと思う。そんな、彼女らを傷つけた、部活に存在する価値があると思うか? もはや廃部はひっくり返らないだろう。俺は正義の人間じゃない。演劇部が誰かに恨まれた結果、粛清されるならば俺はそれを起こす人間を責める気にはならんよ」

「……太郎がそれがいいと考えるならば、僕は何も言わない。……じゃあ僕は委員会に行くから。予餞会よせんかいの件で色々忙しいんだ」

「おう頑張れよ」

 予餞会よせんかいってなんだろな。まあ、いいか。

 雄清が去っていったのを確かめてから俺は立ち上がった。


 さて、与えられた課題にけりをつけるか。


 執行室のテーブルをはさみ、俺は萌菜先輩と向かい合わせに座っていた。

「演劇部の事は聞いたか?」

「雄清から聞きました。……北村部長はどうでしたか」

「鞄を受け取ったら、すぐに機嫌がよくなったよ。あの様子じゃもう誰が犯人なんかは気にしていないようだな」

 以外にもそこはさっぱりしているんだな。廃部のことに関しては、とち狂ったように、騒いでいるだろうが。


「それで、深山君、真相は分かったかい」

「はい」

「長くなりそうか?」

 話が長くなるか、という問いなら、

「多少は」


「……ここじゃなんだし、ちょっとカフェにでも行かない?」

「えっ、でも」

「払いは持つよ」

「そういうことじゃないんですが……」

「まあいいじゃないか。どうせ、君は予餞会の方も、まともには参加していないのだろう」

 だから、予餞会ってなんだよ。……知らないってことは、まともに参加してないってことか。

「それはそうですが」

「じゃあ、いいな。いこう」

 そういって萌菜先輩は、手早く、出る準備を済ませて、執行室を出ていく。仕方がないので、俺も昇降口へと向かった。


「放課後デートしているみたいだな」

 歩きながら、萌菜先輩はそんなことを言う。

「三歩離れて歩いているので、デートには見えませんね」

「じゃあ、こうすればいいのかな?」

 そういって、萌菜先輩は飛びつくようにして、俺の腕を取った。ちょっと! まずいって。当たってる、当たってる、いろいろ! あっ、いい匂い。

「……いや、あの、ちょっと、あれがあれなんで、離れてもらえますか」

 本当、誰かに見られたら、洒落にならない。

「何言ってんのか分かんないよ」

 ……この人は。

「年下からかって楽しいですか?」

「んーーー。深山君だから楽しいかな」

 ……性格が悪い。


  *


「聞かせてくれる?」

 カフェの席に着くなり、萌菜先輩はそういった。

「犯人は岡村真美です。岡村は三時五十分以前に上手袖に侵入して、演劇部長の鞄を窓から外へと運び出し、梯子を上って体育館屋上に鞄を放置した」

「深山君ちょっと待ってくれ。演劇部長たちが上手袖を出たのは四時だぞ。岡村が時空の移動をしない限り、北村部長の鞄を取るのは無理じゃないか」


「ある意味では、岡村は時空をゆがめたと言えるかもしれません。正確には人に認知される時間ですが」

「よくわからないんだけれど」

「すみません。……つまりですね、岡村は時計の時刻をずらしたんですよ」

 萌菜先輩は少し考え込むようだったが、

「だが、君も確かめたように、あの時計の時間は正確だったぞ」

「ええ、ひとりでに戻るように設計されていますから」

「えっ」

「あれは、電波時計です。ネットで調べて説明書を読んでみましたが、毎日正確な時刻を受信するように設定されているみたいですよ」

「その時間って」

「午後四時です」


「……そうか、だから北村部長は四時ちょうどの五分後に行ったという陽菜が来るのが異様に遅く感じたと言ったのだな。実際に十五分から二十分ずれていたのだから。でもよく気が付いたな、どうしてだ?」

「はい、時計の下を見たら、そこだけほこりかれたようになっていたからです。あれは時計の針を動かすために、時計の下に台を持ってきたことによるものでしょう。あとは、昨日も言ったように、岡村が異様に時間を気にしていたこともヒントになりました。

 岡村は、早めに上手袖に侵入し、時計の針を十五分程早めて、隠れていて、北村部長が上手袖を出る時間、つまり偽の時間の四時になったところで、鞄を外に持ち出し、何食わぬ顔で上手袖から出てくる。バスケ部マネージャーが見る時間は本当の時間で、先程から五分ほど経過した、三時五十分だった。そして、保健室の前で出会ったさやかさんにも、コルクボードを運んでいる人間が四時五分前に体育館から離れたところにいたことを印象付ける。

 このころになって上手袖の時計は自動時刻合わせによって、正確な時間に戻り、道家陽菜が見た時間は正確な時間となった。

 このトリックによって北村部長が認知した偽の「四時」以降に侵入したのは道家陽菜のみになり、道家は濡れ衣を着せられるという事態に陥ったわけです。

 岡村がこんなことをした原因は昨日、柳下マネージャーが話したことから推測できるでしょう。

 風紀委員を介入させることによって、演劇部を活動停止にする。短期間であったとしても、大会を控えた演劇部には大打撃です。


 以上が俺の推論です。だが、これが正しいとしても、立証する方法は、ありませんね」

「なるほどな。しかし、一つ疑問がある。岡村真美が演劇部を恨んでいるのだとしたら、こんな回りくどい事をしなくても、彼女の親友がどんな目にあったか、風紀委員にいえば目的は果たせたんじゃないか」

「ええ、岡村が樫尾ほのかのことを風紀委員に訴えたのだとしたら、話はおかしなことになります」

「じゃあ、君はリークしたのは岡村じゃないと」

「違うでしょう」

「誰だと思う?」

「これも想像に過ぎませんが、樫尾ほのかと、岡村真美の親友、あるいはそうありたいと願った人物のやった事」

「柳下マネージャーか」

「はい。というかそもそも、彼女は共犯だったと思います」

「どうして?」

「このトリックは、北村部長が時刻のずれた時計を見ない事には成立しません。部内で唯一時計をつけている柳下マネージャーがあの時計のずれを認知しない可能性にかけるといのはお粗末すぎます。

 樫尾ほのかや岡村真美が部活をやめたことに後ろめたさを感じていた、柳下マネージャーは部長にうその時間を教えろという岡村の要求を飲んだ。だが、岡村が何をするかは知らなかったのでしょう。しかし、部長の鞄がなくなり、すぐに誰が取ったか気づいたはずです。そして、関係のない一年生が疑われている。

 自分のしたことで他人を傷つけるのは嫌だ、だがまた友達を裏切ることは出来ない。せめて、道家陽菜を守るために、彼女を庇護するであろうあなたを呼んだのです。

 しかしそれだと風紀委員は介入せず、岡村の狙いは達成されない。道家陽菜を助け、岡村と友達でいる為にすべきこと。俺たちが岡村真美と演劇部の間とで何があったかを尋ねたことで、彼女も吹っ切れたのでしょう。

 彼女は全てのけじめをつける為に終止符を打つことに決めた」

「それで、風紀委員に話したわけか」

「鞄の事を伏せれば、犯人が誰であるか追及はされない。陽菜も岡村も疑われないで済む。

 そして、樫尾ほのかを退部、ひいては不登校に追いやった演劇部員たちの所業を風紀委員に話せば、演劇部は大打撃だ。岡村の狙いはもともとそうであったわけですから。

 岡村真美が演劇部にどれほどの処分が下されるかを望んでいたかはわかりませんが。

 でも、もう一度言いますがこれは俺の想像です。あなたも俺もこのことについてはもう考えるべきではないでしょう」

「そうかもしれないな」

 萌菜先輩は不敵に笑っているように見えた。


 この事件は、いずれ誰にも話されなくなるだろう。学校の七不思議に加えるにはちと話が現実的過ぎて逆に痛々しい。



 後日雄清に聞いた話によると、北村部長は樫尾ほのかと岡村真美に謝りに行ったらしい。今まで自分がしてきたことを。さすがにすぐに仲直りというわけにはいかなかったようだが、北村が自分のしたことを悔いるようになったのは、大きな進歩であると思う。休みがちだった、樫尾ほのかも学校に来る日が増え、笑顔を見せるようになったらしい。

 この前は俺自身も、あの柳下と、岡村が仲良く歩いている姿も見かけた。

 結果としては、一つの部活が消滅するという惨憺さんたんたるものとなったが、己の生き方を見直すのにいいきっかけとなったのならば無駄ではなかったと思う。

 女傑、綿貫萌菜がこの裏で活躍したことはあえて触れないでおこう。

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