演劇部の不和

 上手袖に入ると演劇部員と思われる面々が何人か詰めていて、先ほど俺が見た、声を張り上げていた二年の女子生徒もいた。

 演劇部員は女子が大部分を占めていて、申し訳程度に、隅のほうに男子部員がちょこんといた。

 女子部員に囲まれた生活。それだけを聞くと、いかにも楽しそうな部活動生活を送っているかのように思われるかもしれないが、花園に放り込まれた、イノセントボーイ達は、女の戦いを日々見せつけられて憔悴しょうすいしきった顔をしていた。

 俺だったら、こんな女のにおいが充満したところにいたら、気分が悪くなって、二、三日で退部してしまうだろう。俺にとって、綿貫や佐藤以外の女子というものは、恐怖の対象でしかない。例えば、俺が教室で文庫本を読んで、にやにやしていた時、前を通りかかった女子が俺の顔を見て「きしょ」と言ったりする。そして休み時間に、女子のグループが俺のほうをちらちら見ては「ないわー」「変態滅びろ」とかなんとか言っていたりする。……恐怖である。

 ……俺悪くないよね? 表紙絵にパンツが見えそうな格好で、体育座りする女の子が描かれているのって、俺のせいじゃないよね?

 ……

 とにかく、陰口、吊し上げが日常的に行われるコミュニティーに、どうして、憧れを抱けるだろうか。結論、女子は危険である。

 

 現に、先ほどの二年生は、今まさにある一人の下級生に、敵意むき出しの目を向けている。

「あんたがやったってのはもう分かっているのよ。私の鞄をどこにやったのか早く言いなさいよ」

「私本当に何も知らないんです。信じて下さい」

 どうやら嫌疑をかけられた執行委員というのはこの女子生徒らしい。

「嘘だ!」

 この人の名前はレナちゃんですね。相違ない。いや、そうしよう。


 ああ、そんな興奮するなよ。と俺は思いながら、どうしたものかと萌菜先輩の方を見る。すると、萌菜先輩が来たことに気付いたある演劇部員(おそらく二年生の)が、レナ(仮)に耳打ちする。

「執行委員長が来ましたよ」

 すると、レナ(仮)はこちらを見て、

「これはこれは、綿貫委員長様。執行部が何の御用件ですか?」

 なるほど、俺の苦手なタイプだ。嫌味な感じがにじみ出ている。誰が鞄を盗んだのか知らないが、そいつの気持ちも少しわかる気がする。萌菜先輩はレナに向かって言う。

「あなた演劇部の部長さんよね」

 ほう、被害者が部長とは、この部活、相当情勢が、崩れているな。

「ええ」

「演劇部のマネージャーさんから頼まれて仲裁に入ってほしいと言われたんだけど、何も聞いてないのかしら?」

 レナ(部長)は、先ほど耳打ちをした女子生徒の方を見る。その生徒(多分マネージャー)はうなずく。そして、マネージャーに向かってレナ(部長)は尋ねる。

「なんで部外者を呼んだのよ」

「だって」

「執行部ではなく、風紀委員が介入したら、演劇部は活動停止。発表会前のあなたたちにとってそれは一大事よね。そうでしょう、マネージャーさん」

「はい」

「でもわざわざ執行部を、呼ぶ必要ないじゃない。犯人はもう出ているんだし」

「部長さん、お名前は確か、北村さんでしたよね」

「ええ」

 なんだ、竜宮じゃないのか。

「北村さん、それはフェアじゃないわよ。彼女弁護人もいないでしょう」

「弁護人なんて馬鹿らしい。答えは明確よ。そこの一年生が私の鞄を隠した。それ以上でもそれ以下でもないわ」

 マネージャーが北村にまた耳打ちをする。

「部長、あまり執行部にたてつくと、後々困りますよ」

「何言ってんのよ、みんな女傑、女傑ってはやし立てて、馬鹿みたい。どこが怖いのよ」

 全部聞こえているんだが。

 俺は恐る恐る萌菜先輩の方を見る。恐ろしいほどににこやかな顔をしている。この人は本当に怖いんだぞと北村に怒鳴ってやりたい。


 マネージャーはめげずに説得を続ける。

「でも、もし本当に陽菜ひなちゃんが犯人じゃなかったらどうするんですか。風紀委員に知られたら本当に活動停止になってしまいますよ」

 どうやら疑いをかけられている一年生は陽菜ひなという名前らしい。


 俺は校内の生徒会の仕組みを良く知らないが、どうやら、もめ事を解決するのは本来風紀委員会の仕事らしくて、風紀委員が介入するような事態になれば、その団体は多かれ少なかれ活動停止になるようだ。どんな問題も許さないという事らしい。普段ならば、各部活は問題が起きたとしても、部内でもみ消そうとするのだろうが、このマネージャーさんはどうやら、陽菜ちゃんとやらが犯人ではない、と思っているらしい。しかし、面と向かって部長と対立する気にはならず、かつ活動停止も避けたいので、執行部に泣きすがったというところか。


 萌菜先輩が俺に「私が話を聞くから、君は他に犯人がいそうにないか考えてくれ。もし他に知りたいことがあったら言うと良い」と言った後に演劇部部長と話を始める。

「では、問題の整理をしましょうか。鞄があったのは上手袖でいい?」

「ええ」

 部長は不承不承といった感じであったが、萌菜先輩と話をすることを受け入れたようだ。

「鞄が確かにあったのは何時まで?」

「私がここに来て、置いた時よ。部活の開始時刻に出たから、四時だったかしら?」

 そう言って演劇部のマネージャーのほうを向く。

「はい、確かに四時でした」

「それであなたが陽菜を犯人だと考える理由は?」

「この子が一人で上手袖に入って行ったのを見たからよ」

「それは何時?」

 陽菜が答える。

「上手袖を出たのは四時五分です。委員会が長引いて部活の開始に遅れてしまったんです」

「それは確かに正確な時間なの?」

 萌菜先輩は陽菜に聞きなおす。

「はい。上手袖のあの時計を見ましたから」

 陽菜が指さすその先には壁に掛かった時計があった。萌菜先輩はその時計の時刻と自分の腕時計の時刻を見比べる。俺も同様に確かめたが、時間は一致している。

「それがおかしいって言ってんのよ。あんたが舞台に出てきたのは、とても私たちの五分後だったとは思えないわ」


 このイライラしやすそうな部長が実際の五分を、十分や、十五分のように感じてしまうというのはありそうなことだと思うのだが。

 萌菜先輩は冷静に、

「ステージ横にある時計で確認しなかったの?」

「舞台からじゃ時計は見えないのよ。確かめてごらんなさいよ」


 萌菜先輩が舞台に出て、俺と雄清もそれに続いた。

 確かに舞台横にある時計は舞台の下に降りなければ、見ることはできなかった。

 上手袖に戻って、萌菜先輩は質問を続ける。

「陽菜が出た時に部長さんの鞄はあった?」

「ごめんなさい。よく見ていないんです。急いでいましたから」

 萌菜先輩は少し考え込むようにして、

「北村さん。それだけで陽菜を犯人と決めるのは少し乱暴じゃないかしら」

「じゃあ、他に誰が出来たっていうのよ。もし誰かが他に上手袖に入ったら、絶対わかるわよ。私ずっと上手袖の前にいたんだから」

「あらそう。それで無くなったことに気付いたのは何時なの?」

「四時半に休憩に入った時よ」

「舞台袖に入るのに、別に舞台に上がる必要はないわよね。ほら舞台の下からでも扉を通って」

「それもないわ。この子に聞いてよ」


 北村はその場にいた、一人の女子生徒を萌菜先輩の前に連れてくる。

「あなたは?」

「バスケ部のマネージャーです」

「どうしてあなたが舞台袖に誰も入らなかったことが分かるの?」

「はい、私ずっと扉の前に座ってましたから」

「四時前にも誰も入らなかった?」

「はい、入りました。三時五十分に出てきた人がいます」

「よく細かい時間まで覚えていたわね」

「はい、その人に時間を聞かれたので。……四時十分前ねって、確認もされましたから」

「四時以降に上手袖に入った人はいないわけね」

「はいそうです」

 

 すると、北村が勝ち誇ったように言う。

「ほら、犯人は陽菜しかいないじゃない」

 萌菜先輩は軽くスルーして、

「ところで、上手袖は全部探したのかしら。結構雑然としているけど」

「探したわよ。くまなく」

「もう一回探してみたら?」

「ふん」

 そう言って、北村は上手袖をもう一度探し始める。いや正確には探させるというべきか。俺たちも一緒に袖を見回る。それなりに大きい鞄だと聞いていたから、ありそうな場所を見るのにそれほど時間はかからなかった。


 探していて、時計の下の床のみがきれいに拭かれていたことに気付いた。何とも適当な掃除の仕方だ。どうせ拭くなら、全体を万遍まんべんなくやればよいのに。

 

 一通り見回ってから、萌菜先輩は、俺と雄清を手招きして体育館の外に連れ出した。


「どうだ、深山君」

「どうといわれましてもねえ」

「陽菜が犯人だと思うか?」

「あなたはそうは思っていないんでしょう」

「そうだが、君の客観的な意見が聞きたい」

「……ちょっと来てもらえますか?」


 俺は雄清と萌菜先輩を連れて、体育館の北側、上手袖の外側に向かった。体育館の北側は垣根があり、すぐそこに道路がある。他には何もないので、普段は人気のない所だ。ちょうど上手袖の横あたりに来て俺は立ち止った。


「犯人が誰かはまだわかりませんが、陽菜や他の人が部長の鞄を持って上手袖から出てきていない以上、鞄は窓から出入りしたことになります」

「だけど太郎、何もないじゃないか」

「鞄を窓の近くに捨て置く道理はないだろう」

「ああそっか。……それなら、犯人が上手袖に入るところを誰にも見られずに鞄を盗めるね」

「だが、それには問題がある」

「何が?」


 俺は窓に近づき、手で開けようとするがびくともしない。

「この通り、窓には鍵がかかっているんです」

「なるほど。外から侵入することは不可能か」

「すると、陽菜以外に容疑者がいる可能性も提示できないわけだな」

「残念ですが。……三時五十分に上手袖から出てきたという人の話を聞きたいんですが」

「そうだな。一旦上手袖に戻るか」

 俺は去り際、後ろを振り返り、日中も日が差し込まないために冷たく湿った体育館裏の地面をちらりと見た。


 北村はかなりいら立っているようだった。先ほど、大会前だと言っていたので、そのこととも相まって、イライラはピークなのだろう。


「それで、委員長様、何か考えは浮かびましたか?」

 どうせ、なにも思いつていないだろうという言いぶりで、北村は言い放つ。

「バスケ部のマネージャーさんが見たという人を連れてきてほしい」

 萌菜先輩は気に留めない様子で話す。

「でも私その人のことを存じていないんです。シューズは二年生の色でしたけど」

 とバスケ部のマネージャーは答える。

 それにしても他の部の厄介ごとに巻き込まれている点で、俺とこのマネージャーさんとはにているなあと何気なく思う。ご苦労なこって。


「その人が何をしに上手袖に来たかはわかる?」

「コルクボードをもっていってましたよ」

「コルクボード?」

「はい、そこにあるのと同じものです」

「結構大きいな。なぜ一人で取りに来たのか……」

 バスケ部のマネージャーの話を聞いて、萌菜先輩は少し考えこんでいるようだった。俺は思いついたことがあったのでそのことを萌菜先輩に告げた。

「萌菜先輩、もしコルクボードを運んでいたのだとしたら、他に見た人がいるんじゃないですか?目立ちますから」

「そうだな、聞き込みに行くか」

「それは執行部でやってよ。そんな面倒なことやりたくないわ」

 北村がそう、横やりを入れる。

 

 俺は演劇部に頼もうとははなから考えていない。演劇部の問題ではあるがこの北村が介入したら余計時間がかかりそうだ。それだけは阻止せねばならない。おそらく萌菜先輩も同じ考えだろう。

 しかし、こんな横柄な態度をとられるとさすがの俺でもカチンときた。カチンとは来ても何もしないのがこの俺なのだけれども。だがもし、雄清や萌菜先輩の委員会仲間のためでなければ俺はすぐにでも手を引いていたと思う。


「部長殿はここでゆっくりしているといい。ただ陽菜は借りていくぞ」

「どうぞ」

「あと、バスケ部のマネージャーさんも来てくれ」

 萌菜先輩は陽菜とバスケ部のマネージャーを外へと連れ出した。あんな息の詰まるようなところに、かわいい後輩を置いておきたくないと思ったのだろう。

 

 連れだって、俺達は聞き込みへと出かけた。


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