幕間劇参

日本の中心で問題に巻き込まれる

 名古屋は地理的に見て、本州の真ん中にある都市と言ってよいだろう。その証拠に、中京という別名までついている。

 京、中京、東京。

 混ぜてみると、なかなかしっくりくるではないか。名前からして、名古屋は日本の首都にふさわしいではないか。真ん中の都である。

 工業生産額は日本一を誇り、近年の成長は著しい。三大都市圏の中で一番勢いのある、地域と言っても過言ではない。

 よって、次の遷都はおそらく名古屋だ。未来の首都、名古屋。実質もはや首都。

 

 そんな首都(予定)の足元に立地する、質実剛健しつじつごうけんを校訓に掲げる我が、神宮かみのみや高校は、進学実績もることながら、放課後の部活動も大変盛んである。

 高校の部活の花形と言えば、幾分か下火になったとは言えど、高校球児達が繰り広げる野球であろう。予選には受験を控える三年生も応援に行き、教職員も野球部の試合結果を気にする。

 そんな球児たちの声が校庭に響き、それに合わせるように他の部活動の声が聞こえてくる。


 もちろん盛んなのは運動部だけではない。一部の文化部の練習の雰囲気は体育会系そのものである。

 夏の暑さも去り、ようやく秋めいてきた十月、練習を終えた俺はウォーターサーバーで水を飲みながら、そのような激しい文化部の一つである、演劇部の面々を見ていた。


 上級生の厳しい声が飛び、下級生が縮こまっている。こう言う情景を見ると、いつも思うのだが、萎縮してしまうような雰囲気は部活をする上で役に立たない、むしろ害悪であると。

 だからといって俺は、声を張り上げる御仁ごじんに、提言することもなく静かに見ているだけなのだが。


 しかし、糾弾するような声の、話の内容を聞くに、ことはそう単純なものではないようだ。


「いったい誰なの! 正直に名乗りでなさい」

 上級生が強い語気で言う。どうやら誰かが何か良からぬことをしたらしい。

「人のものを盗るなんて、最低よ。人間性を疑うわ」

 窃盗か、物騒だねえ。ぎゃんぎゃん騒いでいるのはおそらく、ものを盗られたとか言う御仁なのだろう。ことがことなだけに周りの上級生らしき人達も、彼女をなだめられないでいる。


 それにしても、この学校ではよく窃盗が起こるなあと思う。俺が知っている限りで、携帯電話の窃盗と、佐藤の二つの件とで三つも今年のうちに起きている。どうにもこの学校は俺に平穏な高校生活を送らせたくないようだな。


 それはそれとして、目の前で起きている事件が俺に飛び火しないうちに、さっさっとずらかろうと思い、足早に水のみ場を後にした。

 犬も歩けば棒に当たるとはよく言ったものだが、棒が見えても避けてしまえばいいのだ。たとえぶつかったとしても、後ろに下がり、頭をさすりながら、一歩横にずれればうまくすり抜けられるものである。演劇部内で問題が起ころうと、所詮部外者でしかない俺は関わらなくていいはずであるし、関わろうとしても(もちろんそんな気は全く無いが)関係者はいい顔をしないだろう。

 高校入学以降、数々の問題に仕方なく巻き込まれてきた俺ではあるが、未だに、平穏な高校生活を諦めてはいないのだ。

 

 部室に戻り、着替えを済ませ、少し休憩をとってから、いざ帰ろうとしたところ、雄清が部室へとやって来た。

「よかった、太郎、帰ってなくて」

「今帰るところだ。山岳部員は暇ではないのだ」

「それはごもっとも。でも帰る前に少し手伝ってほしいことがあるんだけど」

「……何だ」

「実はちょっと問題が起きてね」

 俺は嫌な予感がした。

「演劇部の話じゃないだろうな」

「知ってるのかい? なら話が早い」

 俺はようやく悟った。棒に頭をぶつけてしまえば、決してそれから逃れることはできないのだと言うことを。

「犯人見つけろってか?」

「まあ大体そんな感じだけど、ちょっと違うかな」

「何だよ」

「かわいそうな、無垢な市民を救ってほしいのさ」


 雄清曰く、演劇部の二年生の鞄が紛失し、ある一年生の演劇部員に嫌疑がかけられているらしいんだが、雄清と同じく、生徒会執行部の構成員であるその一年生は、普段の生活態度から見るに、到底そのようなことをする人物ではないらしい。本人も犯行を認めてはいないのだが、部内でアリバイがなく、かつ、犯行時刻と予想された時間に、盗難場所へ近づいた人間が他にいなかったために、その一年生が犯人として疑われているらしい。


「盗まれた鞄は大きいのか?」

「そう、聞いてるよ。多分僕や太郎のザックと同じくらいの大きさだと思う。色はピンクだったかな」

「鞄は今どこにある?」

「それがわかんないんだよ」

「ふーむ」


 俺はその容疑者の子のことを知らないが、雄清が信を置くからには、それなりに誠実な人間なのだろう。もちろん雄清に言われるがまま、その生徒を完全に白だとするのは早計だが、とりあえずはその生徒が犯人ではないと仮定して考えよう。


「太郎、助けてくれるのかい?」 

 俺の考える素振そぶりを見て雄清は言った。

「一応考えてはみるが」

「頼むよ、女傑のご意向でもあるからね」

「……萌菜先輩か」


 綿貫の従姉いとこ、綿貫萌菜は執行部のトップだ。執行委員の一人が濡れ衣を着せられるのを黙って見てはいられないのだろう。萌菜先輩に頼まれるからと言って張り切る俺ではないが、いい加減な仕事はできないなと思った。

「まあとりあえず、現場を見に行こうか」

「そうだな」

 雄清と二人で、演劇部の活動場所である体育館へと向かった。


 体育館の入り口に行くと、萌菜先輩が立っていた。

「深山君来たね。また君たちに手伝ってもらうことになったが、よろしく頼むよ」

 もはや問題に首を突っ込まざるを得ない段階に来ていたのは分かっていたが、何となく、言われるがままに手伝うのが少ししゃくさわったので皮肉を言ってみたくなった。


「萌菜先輩、勘弁して下さいよ。俺たちは推理クラブじゃないんですよ」

「おや、文化祭の時の記事は見事なものだったのだが?」

 あれを推理と呼ぶのには、気が引ける。結局俺たちのしたことは、他人の過去を暴き、傷口に塩を塗ったようなものだから。

「それとこれとは話は別でしょう。他の事ならまだしも、どうして俺たち山岳部が、警察のまねごとをしなければならないのですか」

「おかしいな。さやかは確か、君がこういうのは得意だと言っていたんだが。それに」

 そういって、萌菜さんは俺の耳元に口を近づける。

 近い近い近いい匂い。こしょこしょと唇を動かされ、背筋がゾクゾクとする感覚を覚えた。

 けれど、その言葉に、ひやりとしたものを感じる。

「山本君は君がさやかと旅行したことを知らないんだろう。君がこの件に役に立つと判断した理由を詳しく話さなくてはならないのだとしたら、そのことも言わないと……」

 と意味ありげに目配せをしてくる。ヤバい、顔が近い。みずみずしく艶めかしい唇が、プルプルしているのが分かる。間近で見ると余計に肌のきめ細かさが……

 ……じゃなくて、ばらされたくなかったら素直に従えという事か。前々から思っていたことだが、同じ綿貫家の人間でありながら、綿貫さやかと萌菜先輩とでは性格が全く違う。

 結局こき使われている点では同じなのだが。


「別に俺はやましいことなんて」

「……そうか、じゃあ、この間、栄で私と買い物したことについて、うっかり口が滑ってしまっても仕方ないな。やましいことなんてないはずなんだから。さやかはどう思うだろうな」

 そういって、意地悪く笑う。

「分かりましたよ。手伝えばいいんでしょう」

「よろしく頼む」

 そう言って、事情を知らない人間から見れば、一目惚れしそうな笑顔を俺に向ける。

 ……全くこの御人は。


 雄清は俺と萌菜先輩との会話を不自然に感じたようで、

「何の話をされたんだい?」

「別に、簡単な取引さ」

「なんだよ」

「それは言わん」

 親切にしたことがかえって足枷あしかせとなるとは、全く辛い世の中である。


「それで現場はどこですか?」

「上手袖だ。来てくれ」

 萌菜先輩が体育館のステージ側に向かったので、俺たち二人も後ろについて行った。


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