ライバル令嬢登場!?12

♢ ♢ ♢











「レイ君をどうする気!?」


 勢いよくノアの方へ体を前に押し倒すと両腕がロープに引っ張られ、それ以上進むことができない。ぐいっとロープが腕に食い込んだ。


「あんたって見かけによらず、無鉄砲なところあるんだな」


 目を見開き意外そうな顔をするノア。


「私に化けて、レイ君に何かするつもりでしょ!?」

「そう食いつくなよ。綺麗な顔が台無しだぜ?」

「茶々を入れないで!」


 唇を噛みしめてキッと睨むとノアは『だーかーらー』と語尾を強めて


「受けた依頼の内容以上のことは俺は知らない。そして、あんたをここで足止めするのが俺の今の役割だ」


そういって肩をすくめる。嘘をついている様子は見られない。


「じゃあ、このロープを切って!!」

「話聞いてたか?切ったらあんた第三王子のところに行くだろ?」

「だったら!!?」


 縛られたままぐいっと両手を勢いよくひっぱるとノアは『怖い女。噛みつかれるかと思ったぞ……』と呆れたような表情を浮かべる。


 駄目だ、いくら力を込めてもこのロープを裂くだけの腕力は私にはない。ロープで擦れたところを無駄に痛めるだけだ。


「無理に引きちぎったとしても、俺が止めるし、そこの扉の前にはクライアントの仲間たちがいる。自力でどうにかするなんて考えない方がいい」


 そして私に窘めるように『大人しくしていれば、俺も手荒なことはしない』と続けざまに言った。


(そんなこと言ったって……)


 自分のせいで誰かが危険にさらされているなんて。レイ君が危険な目に合うかもしれないと思うと胸が締め付けられる。


 最後に見たレイ君の笑顔が脳裏を過り、思わず下唇を噛んだ。


♢ ♢ ♢


『レナ姉は、ベル・フォーサイスよりも魅力的だよ』

『笑った顔、照れた顔、優しい声色、レナ姉の全てが“僕”は愛おしいんだ』


 あのときの無邪気な笑顔が脳裏に焼き付いて離れてくれない。


♢ ♢ ♢


 そんなことを思っているとノアは意外そうに問いかけてきた。


「あんた、レイ・ガルシアのことが大切なんだな?」

「え?」

「今の自分の顔見てみろよ?」


(私の顔……?)


 思いもよらない言葉に、私は大きく目を見開いて、ノアの紅色の瞳を見返した。そして、彼は静かに告げた。


「今にも泣きそうな顔をしている」


 彼の瞳に映る私は――、今にも泣きそうな顔をしていた。


「他の奴より拘束されている自分の心配をするだろ、普通」

「それは……」

「いつまで拘束されるのかとか自分はどうなってしまのかとかさ」

「…………」

「そんなことを考えたら、大抵の人は、大人しくしてるだろ?」


 ノアの言葉に言い返す言葉も見つからない。確かにノアの言うとおりだ。


「レイ君が……心配だったから……」


 けれども、自らの恐怖よりもレイ君が危害を加えられたらと思うと、そちらの方が恐ろしい。絞り出した私の言葉に


「へぇ」


と胡坐を書き直してどこか感心するような声を出して、左の膝辺りに自らの左肘を置いた。そして、その左の手のひらに自らの頬を置いて首を傾げて、『なるほど……』とどこかおかしそうに笑いながら


「あんた、レイ・ガルシアに惚れているんだな?」


衝撃の一言を放った。


「ほ、ほ、ほ!?」


 それが突拍子もない一言だったから思わず素っ頓狂な声が出た。おまけに言葉にならない。しかも、一瞬で顔に熱を持った。両耳が非常に熱い。


(私がレイ君に惚れているって!?)


 そんな私にノアは


「違うのか?」


と投げかけてきた。


「違う、違う!!」


 私は食いつくように否定した。


「本当か?」


 そういって訝しげに私を見るノアに、『うん、本当!』即答して続ける。


「レイ君は9つも下で年の離れた弟みたなものよ。だから、心配して当たり前でしょ?」


 そうだ。これは弟を心配する姉心のようなものだ。危険なことに巻き込まれて心配しない姉はいない。自分で言いながら、その通りだと自らも納得していると


「でも、あんたたち婚約者なんだろ?」


ノアは不思議そうに尋ねてきた。


「それは……」

「それは?」

「その……」

「その?」


 言葉の詰まった私の言葉を首をかしげてノアはそっくりそのままオウム返しに繰り返す。そんなノアに私は思うがままを口にした。


「それは、きっと他の婚約者の防波堤……とか?」

「とか?」

「行き遅れたアラサーが可哀そう……とか?」

「とか?」

「あとは、婚期を逃したアラサー令嬢をからかっている……としか」

「それ、俺がやったけど、あんた信じてくれなかったじゃん」


 私の言葉に呆れたように突っ込むノア。そして、『ふーん』と言いながら唇をわずかに突き出しながら


「まぁ、確かに、9つも違ったら婚約者っていうより、年の離れた姉弟って感じだもんな」


と言いながら右手に持った煙管をくるりと回す。『でしょ?』と私が言うと右肘を胡坐の上についていた彼はぱたっと右肘を倒して私に向き直って


「まぁ、あんたが“姉”として心配しているなら、さほど心配しなくていいと思うぞ」


と言って煙管の煙を大きく吸い込んだ。


「え?心配?」

「レイ・ガルシアだよ。レイ・ガルシア」


 首を傾げる私にノアは二度同じ名前を言った。


(え?レイ君に心配いらないって……)


「なんで、そんなことが言えるのよ?」

「それは……」

「レイ君に危害が加えられないって!」


 私が目を細めて訝しげにいうと『まぁ、言ってはいけないって言われてはないし、契約違反にはならない……か』と小さく独り言ちで


「『ガルシアの妖精』」


脈絡もなく唐突にそういった。私とノア以外いない部屋の中でやけに大きく響き渡る。


(『ガルシアの妖精』って……)


長い緑色の髪にブラウンの愛らしい瞳を思い浮かべた。それもつい先ほど見たばかりだ。思いもしなかった彼女の名前を聞いて目を大きく見開いていると


「それが今回俺のクライアントだ」


彼は確かにそう言った。


「ベル・フォーサイス」


 私は信じられない思いで彼女の名前を口にした。


(彼女は私に化けて一体、何をするつもりなの?)



♢ ♢ ♢





同時刻――


 黄金色の髪をなびかせ、浅葱色の瞳に怪しげな光を灯した妙齢の女が一人の少年の背後に歩み寄り


「……――レイ君」


そして、彼の名前を呼んだ。

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