砂時計が落ちる前に

愛色まりん

砂時計が落ちる前に

砂時計が落ちる前に


 ただ何もしないで砂時計を見ていた。物心ついた時にはもう既にそばにあった砂時計だ。

 小さいけれども確かに重い、見た目はシンプルな作りの砂時計。

 そして、砂が落ち切るといつの間にかひっくり返されている。謎多き砂時計……。


 そこにいる貴方、そう貴方よ。ちょっと話を聞いてくれないかなぁ、3分でいいから。ね?


 驚いたりしないで落ち着いて聞いてね。


 ――砂時計の砂が落ちたら私、きっと死ぬんです。


 ううん。きっとではないかな……絶対? 必然……?

 今なら分かるの。何故ずっとこの砂時計はいつもそばにあったのか。お婆ちゃんが傷一つつけるなと言った意味が。


 これは一種の呪いみたいなもの。私は砂時計と運命を共にしなければならないの。


 でもね、これに気づいたのはついさっき――砂時計を初めて自分でひっくり返した時――なの。

 馬鹿だよね。自分でひっくり返すなってあれほど言われてたのにやってしまうなんて、さ。


 ひっくり返すことさえしなければ、私はもっと長生きできたのにね。それこそ、呪いのない普通の人と同じくらい長生きできたのに。


 ……後悔、してるんだ。私まだ言えてない言葉があるの。


 たった二文字なんだけどね? 言えないの。言おうと思ったけれどそれを口にしてる自分の姿を想像するたびに恥ずかしさで自分の体が焼けてしまいそうなくらいに……。


 それにね、彼は恋愛に興味があるんだか、無いんだか、分からないの。


 まだあるのよ。彼はすごく面倒臭がりやで私が遊びに誘っても「家から出たくねぇ。だるいわー」とか言って断ってくるの。

 その割にはなんかあると私を頼ってきたりしてさ。化学の問題とかすぐ聞いてくるんだから。課題とかの期限も全然分かってないみたいだし。

 そんなやつなのに頭がいいからムカつくのよね。

 それに、君を好きな人とか居るかもよ?って言ったら、なんて言ったと思う?「俺を好きになるやつはクズだ」って言ったのよ。本当に……呆れちゃうでしょ? 私に失礼よね。

 でも、デートは結構してるのよ? 良く分かんないでしょ。私たちの関係。3年間クラス一緒だし……まぁ、仲はいいのだけれど何考えてるのか何一つ理解できないの。


 え? 悪口ばっかりで何で好きなのか全然分かんないって?


 ……それは……難問だなぁ。私にもわかんないや。


 でもね、好きなところも沢山あるの。

 ふとした瞬間に見せる子供っぽい笑顔とか。

 授業中に真面目に問題解いてる姿勢とか。(たまに寝てたりするけどね。)

 サボることなら馬鹿みたいに全力を尽くすところとか。

 私が具合悪くて学校休んだりすると「大丈夫?」って連絡くれるところとか。


 具体的にあげたらキリがないからこの辺にしておこうかな。


 うん。そう、そうなのよ。もうすっかり好きになってしまったの。3年間片思いするくらいには。


 でもね……言えないんだぁ。嫌われちゃう気がして。


 それに私ね、別に付き合いたいわけじゃ無いんだ。

 だって、付き合っても何も変わらない気がするし。


 でもさ、こう突然に別れが来ちゃうとさ? なんか、やっぱり伝えるくらいはしても良かったかなぁ……なんて思っちゃうのよ。


 あはは、ごめんね? 別に泣きたい訳じゃ無いんだけれど……。

 もう一生会えないんだ、なんて思ったら悲しくなっちゃった。本当に比喩無しで胸って痛くなるものね。痛いって言うか苦しいって感じの方が近いけれど。


 ん? 連絡しなくていいのか……って?

 彼意外と優しいところあるから心配かけたくないんだ。

 まだ既読、ついてないみたいだし。今連絡してもどうせ返事はすぐに返ってきたりしないよ。


 返事が返って来た頃にはもう私死んじゃってる。きっとね。

 私、彼に辛い思いさせたりとか負担になるのは死んでも嫌だから。


 ワガママな奴って思ったでしょ? 私もそう思う。

 でもさ、ワガママでも無ければ後悔なんてしないんだよ。そう思わない?


 ん? 何? いいアイデアがあるの?

 ちょっと何処に行くのよ。待ってったら……。


 ……引き出し? 引き出しがどうかしたの?

 え? いいから開けてみろって? ……はいはい、分かりましたからちょっとそこ退いてください。


 …………手紙セット……? 懐かしい。小さい頃に交換したりしてたっけ。

 ……もしかして彼に向けて手紙を書けって言ってるの?


 確かに手紙なら彼に渡るとも限らないし、うん。いいかも。


 残りの人生、と言っても後五分もあるかなぁ。彼への手紙を書くことで終わりにしようと思うよ。


 ありがとう。最後まで話を聞いてくれて。私きっとこれで悔いなく安らかに死ねる……かな?



 そう言って彼女は手紙を書き始めた。

 一心不乱に、丁寧に、五分間で書けるありったけを込めて書いた。


 ちょうど五分がたった時、彼女は手紙の封をし終わったところだった。

 笑っているように見えたが泣いているようにも見えた。

 砂時計の砂はもう何処にも無かった。

 彼女の顔を覗き込み頬に一筋の光を確認してから。



 黒猫は手紙をくわえて窓から出ていった。

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