少年と不思議な彼女(仮題)

虫塚新一

序章・出会いは突然に

 インターネット、今や多くの人間が利用している、世界中が共有できる情報通信網。僕も利用している便利なものだ。

 自転車で通える場所にある商業高校に入学したときのお祝いに、父さんから買ってもらったパソコンを使って、僕はいつもネットの世界へと旅立っていた。

 僕は、いくつか利用しているネットサイトから、まず一つのサイトを選んだ。サイト名は【バウバウ】。ネット上の架空の島で、自分で設定したアバターを操り、相棒の犬と共に、イベントに参加したり、他の人とチャットしたりするサイトである。その島にはいくつも民家やビルがあり、山もあるが、イベント以外ではお粗末な作りであった。サイトの管理人のたけさん曰く、このサイトは実験的なもので、今後アップデートしていく予定らしい。

 僕がこの、非常にのんびりとした平和なサイトを知ったのは、偶然のことだった。【張りすぎた写真館】と言うサイトで知り合った人から教えてもらった。僕はあまりにものんびりした感じに始め利用するつもりはなかったのだが、AI機能のある相棒の犬の反応が面白くて、はまってしまったのだった。

 AI機能と言っても、無料登録で開始できるサイトだけあって、犬が返事をしてくる反応は、あまりにも単調なものだった。しかし、言葉を教えたり、島で拾う道具を与えたり、遊ぶことで、この犬はいろいろな反応を示したり、おかしな独り言をつぶやいたりする。

「今日はどこ行くワン」

「ワンワン、いつか空を飛びたいワン」

「骨っておいしいワン、ご主人様も食べてみるといいワン」

「虹の上を歩いてみたいワン」

「ご主人様、愛ってなんだろうワン」

 これらに僕ははまってしまっていた。リアルな友人から、何が面白いのかわからないと言われたが、まれに哲学的なことを言うので、僕は好きだった。

 このサイトのもう一つの特徴は、普通なら通り抜けられない建物や山の中に入れることだった。さすがに周りの海の中は途中までしかいけないが、僕も含めて多くの人が、そういった中に入って、仲間内だけのチャットを楽しんだり、一人で犬に言葉を教えたり指示を出したりして独自の遊びをしていた。イベントがないときは、僕は一人で犬と一緒にいることが多かった。たまに僕にこのサイトを紹介してくれた、ここのサイトでは『チャットできない君』と名乗っている男性と、チャットすることがあった。チャットと言っても、名称通りこの人もチャットが苦手なため、会話が弾むというほどではなかったが、お互いの近状や【張りすぎた写真館】の話をしていた。


 今日もチャットできない君さんとともに、山の中の空間でお互いの犬に言葉を教えていた。すると、突然サイトの中で声をかけられた。

「こんにちは」

 僕たちは、突然のメッセージにアバターを操作して周りを見てみた。周りには何もない空間があり、自分達のアバターと犬がいるだけだった。おそらく山の向こう側から、僕たちが犬に言葉を教えているメッセージを見かけて、声をかけたのだろうと思った。このサイトでは、設定してないとチャットメッセージが、他の人のメッセージボックスに表示されて、会話とかがただもれになるのだっった。僕は親からネットには気をつけろと言われていたので、あまり他の人と知り合いたくなかったのもあり、僕たちはなるべく人のいない島を選んで、かつ周囲に人がいないのを確認してから、山の中でチャットとかしていた。設定すればチャットの会話を見られることはないのだが、隠しているようで嫌だったので、誰でもわかるようにしていた。そのため今回みたいに声をかけられることがあっても不思議ではなかったが、サイトを利用しだして半年、チャット内容が独特すぎたのと、僕のそばにいる人の名前がチャットできない君だからか、声をかけられることはなかった。


「こんにちは」

 再びメッセージが表示された。すると突然僕たちの前に一人の女性のアバターが現れた。そばには当然のように相棒の犬がいた。犬はかわいらしく着飾っていた。女性らしくピンクを主張とした衣装で、アバターの衣装も似ていた。

「突然ごめんなさい。私、ライトオアダークといいます」

 自己紹介されなくとも、アバターの頭上に名前が出ているのですでにわかっていた。僕たちの名前も頭上に出てるので、この人にも自分達の名前はわかっているだろうけど、彼女にならって僕も自己紹介することにした。

「僕は、カミナリ。こっちにいるのはチャットできない君さんです。名前でわかると思いますが、この人チャット苦手なんで、会話に入ってこないと思いますが、気にしないでください」

「はい、わかりました。よろしくお願いします」

――よろしくされても困るんだけど……

 僕はそう思って、パソコン画面の中でのやりとりを苦笑しながら眺めていた。僕たちはそれから、たわいない会話をしたり、犬の世話をしたりしていた。どうやら彼女もあまり人の多いところが苦手らしく、人の少ないこの島に来て散歩していたら、僕たちのメッセージを見て思わず話しかけたらしい。

「迷惑でした?」

「いや、僕は別にいいんだけど、」

 僕がそうメッセージを送ると、チャットできない君さんからもメッセージが表示された。

「べつにかまわないよ」

 いつもなら漢字で表示させるのに、ひらがなで送ってきたということは、かなり慌ててメッセージを送ったのだろうと思った。実際この後彼女とたわいない会話をしていたときに、チャットできない君さんはめったに会話に入ることはなかった。


 それからというもの、僕たち三人は毎日このバウバウで会って、犬の世話を中心に、このサイトを楽しんでいた。彼女と知り合って一週間後、僕はふと気になって彼女に質問した。

「そういえば、ライトダークさんは、どうしてそんな名前なんですか」

 僕たちは、彼女のことをライトダークと短く縮めて呼ぶことにしていた。

「ああ、これは、なんとなくなんです。なんというか、これを始めたときの気持ちからつけたんです」

「どういうことです」

 彼女からの返事がなくなった。僕は、まずいことを聞いたのかもしれないと思って、慌てて謝罪のメッセージを打ち込んでいた。そのメッセージを出すよりも前に、彼女からメッセージが出た。

「私、自分の知らないところで何かとんでもないことをしている気がするんです」

 僕は、目を見開いて画面の中のそのメッセージを見つめていた。指が動かなかった。彼女の言ってる意味がわからなかった。僕たちは五分ほど無言のままだった。全員の相棒の犬たちが、時より独り言を言うだけで、誰もメッセージを出さなかった。僕はようやく思いきって聞いてみることにした。

「どうしてそんな気がするんですか」

「私、朝起きると体のあちこちが痛かったり、あざができていたりするんです。前の日の晩はなんともなかったし、特にきつい運動なんてしてないのに」

――彼女の話は、虚言なのか真実なのか……

 僕はそう思いながら、彼女のメッセージを一字一句見逃さないように見つめることにした。



〔次話へ続く〕

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