第九話 ルック・イズ・エレガンス! 騎乗のキミの美しさに約束を(後)

「お嬢の為のレースってか! こりゃあまた、突然おったまげる事を言ったな!」

「ダンタリアンさん。俺は相手の心を、ただ情に訴え掛けるだけで動かせるとは思っていません。やはり、それ相応の行動と成果を手土産にする位でなくては」


 丁度アクアレーナが走りを終えて戻って来た。


「久し振りにこのコースで騎乗させて頂き、感謝の念で一杯です。有難う、おじさま」

 走りの高揚感からか、目の輝きが違う彼女。とても健康的な魅力を放っていて、なんていうか、美しいっていう言葉が似合うってそう思う。


 なのに俺と目が合った途端、そんな自分を隠すかのようにまたぎこちない表情をする。


「あ、あの、どうでしたか?」

 言葉数が少ない! いや、流石にこの場合は自分の騎乗姿がどうだったのかって事だと分かるけどさ、それでももうちょっと前向きなアピールの仕方が有るだろう!?


 なんだろう、彼女のこの微妙な態度はさ。恥ずかしがってるって感じとも違うんだよなぁ……。


「とても凛々しくて、それに綺麗だったよ。キミの新しい一面を見れて、良かったって思ってる」

 真剣にそう答えたけど、勿論これは俺の本心だけど、なんていうか少し大袈裟目に言ったのも確かだった。


 なんか嫌なんだよね。折角相手の真剣さを見てそれに感じ入ってたのに、肝心の相手の方がそんな自分を誇ってくれないのってさ。

 だから俺の方で多めに感想をという訳だったんだ。


「――レ、レン様ぁ!」

「うおわっと!」

 俺の褒め言葉が嘘では無いと理解したアクアレーナがようやく明るい顔になったと思ったら、いきなり飛び掛かるように抱き付いて来られたのである。


「そんな風に褒めて頂いて、私この上ない喜びに心震えて居りますわ!」

 あーそうか、良かったよ本当にさ! でも急にそういう突進系の迫り方をするのはやめて、物凄くビビるから!


「……俺っち、馬を厩舎に戻してくるわ。少ししたら作業員の事務所に行くから、それまで二人で時間潰しててくれるか?」

 俺達に、というよりアクアレーナに気を遣ったのか、ダンタリアンさんはそう言って馬を連れて行こうとする。


「……ニホン人の兄ちゃん。さっきの事、ちゃんとお嬢から聞いとけよ」

 ――違った、やっぱり俺達二人共に対してだった。


「レン様、おじさまと何か話されたのですか?」

 アクアレーナがきょとんとした顔で俺を見てる。


 ……まあ良いか。俺もさっきのぎこちない顔だった彼女の事が、気になってはいるから。


「うん、フレイラ家の、キミの力をここら一帯の人達に示す為に馬のレースを開きたいっていう事と、後は……キミがこのセイリン牧場に連れて来たっていう、かつての花婿候補の事についてちょっとね」

 俺が恐る恐るといった感じで答えると、やはりというか彼女の表情がみるみる内に引きつった。


「レン様っ! 昔の事は、全て終わった事なのですっ!」

 レースの事よりも、そっちに取り乱すんだ……。これは相当、自分の過去の事を思い詰めているんだろうね……。


「う、うん、俺もそうだと思うよ」

 うむむ……。こんな風な分かり易い反応を見せられたら、そりゃあ自惚れとかじゃなく、彼女が俺に対して昔の花婿候補の事を負い目のように思っているって分かる。


 はぁ……。この如何にも重たい思いから来る話、本当に聞かなきゃダメ?


「私の、取るに足らない昔の失敗談などはっ! 貴方様のお耳に入れるまでも無い事なのですぅ!」

 あー、また俺がイジメてるみたいな空気になってきたよ……。


「いやこれはあくまでダンタリアンさんとの交渉の為に、以前ここで起きたキミと、その終わった花婿候補との出来事を聞いておきたいっていうだけの事だから」

 俺は全く気にしていないという事を前面に出した言い方で、アクアレーナを諭す。だって彼女がこんななんだから、俺の方でしゃんとしてあげなくちゃ駄目だろう?


「……そ、そうでした、か。では、お話します、ね?」

 ビクビク震えながら、なんとか声を絞り出す感じでようやくそう言ってくれたアクアレーナ。


 やはり、改めて触れると重いなぁ、エンゲージリンクでの過去十回の失敗というものは、さ。


「――実は、エンゲージリンクで来訪頂いた御方の内一人目から三人目までの男性と、セイリン牧場に来た事が有ったのです。その、デートとして……」

 あー、そういえばダンタリアンさんがそんな事言ってたな。


「一人目の方は最初はデートという事に喜んでおられました。けれど馬には苦労せず簡単に乗れると思っていたみたいで、乗りこなすのに練習が必要だと分かると途端に興味を失われてしまいました」

「そうなんだ。まあそりゃあゲームとかみたいにボタン押したらすぐ乗れるって訳にはいかないよね」


「レン様凄いっ! どうしてその方がそう思われていたと分かったんですか!?」

「ええ!? 俺は想定出来る範囲の話をしただけで、本当にそうだとは思って無かったんだけど……」


 それは流石に異世界転移を舐め過ぎじゃないかと思うぞ、一人目……。


「二人目の方は常に私に甘く優しい言葉を掛けて下さる人で、ガチャ二回目にして良い引きをしたかもしれないと内心嬉しく思っていましたが……」

 いや、それきっと体が目当てなタイプと思う。


「その人やたら肩とか触ってきたりしてなかった?」

「レン様はもしかして過去がお見えになるのですか!? 確かに、これはボディ・ランゲージだと言っては触れておいででした」

 やっぱり。ニホン人でそんな風に積極的に出来るのは大したものだとは思うけどさぁ。


「しかしその方は私にか弱いイメージを持たれていたらしく、自分が不慣れな乗馬を私がすぐにやって見せた事に気分を害されてしまって……」

「まあ、他人の理想の女性像にとやかく口を挟むのもスマートじゃないから、その人の好みに言及するのは避けるよ。でもキミにとってはきっと災難だったろうね」


 精一杯のフォローを入れながら、アクアレーナが俺にこの話をしたがらなかった理由がもう完全に分かっていた。


「一人目、二人目の方との経験から、ニホン人の男性はきっと守ってあげたくなるような女性がお好みなのだろうと、その時はそう判断しました」

 うーん。間違っているとまでは言わないけど、今は男が女に抱く理想も細分化されてるから、どうだろ?


「しかし三人目の方は、逆に母性溢れる女性が理想で在られたのです」

 ママみか。そこでママみ好きが来たのか。


「でもそう言いながらも更に、私にとってこれは異文化が過ぎると心打ちのめされた事がありました。その方は、母性を感じつつも見た目は子供っぽい女の子じゃなきゃ嫌だと仰られたのです」

 あー、バブみの方だったか! ママみの派生タイプだ!


「私が苦心しながらもか弱い女性を演じた所、そんな頼り甲斐の無い女の人は嫌だ! しかも見た目全然子供っぽくない癖に!――などと、散々な言われようをされてしまって……」

 これは流石に話に聞くだけでも酷い男だな。寧ろなんでエンゲージリンクで彼女との運命を認められたんだよ。


「私は決して男性の見た目だけに囚われはしませんが、その人はそれは見目麗しく、ニホンでもエリートコースから道を踏み外した事が無いという、個人としては非の打ち所が無い方でした」

「――っ! な、成程……。純粋に、本当に女の趣味趣向だけがキミと合わなかったのか。辛い話だね……色んな意味で……」


 きっとその三人目は、自分の人生では努力も欠かして無かったんだろう。だったら、自分の好みを追い求めるだけの権利は持ってるんだ。そういう事なんだ、うん……。


「色んな意味で辛い……。そういう意味で言うならば、この三人の男性との悲喜こもごもの一部始終をダンタリアンおじさまに見られていたのも羞恥に苛まれる一因でした」

「あっ、それはそうか……」


「おじさまにはニホン人の男性が、私の事を持て余しているようにお見えになっていたのです。だから、レン様にも最初に素っ気無い態度を……」

 確かに物凄く値踏みするみたいに俺を見てたね。そういう経緯からだったのなら、まあ理解は出来るよ。


『またお嬢を悲しませる奴が来たんじゃないかと思ってよ』

 頭の中で、ダンタリアンさんがそう言ってくる映像が浮かんでしまった。


「私自身、ニホン人の花婿候補の方々に対し自分をどう見せれば良いのか、乗馬の特技を見せてどう反応されるのかが、不安になりだしてしまって……。レン様が私の騎乗を褒めて下さった時もすぐには素直になれず、申し訳有りません……」


 い、いや……そういう事なら、別に俺はキミを責めたりしないさ、うん……。


「レン様にとっては、面白くない話でしたでしょう? ごめんなさい、やはり話すべきでは無かったんです……」

 アクアレーナが俯き加減に謝ってくる。――くそ、なんか心が痛いぞ。


彼女はあくまでその時々の花婿候補に対して、一生懸命向き合おうとしていただけで、しかももうそれも過去の事になっている。


でも彼女自身はそれを今でも気にしていて、自分の恥のように思っていてきっと話すのがキツくって……。


確かにこの牧場での問題として、ダンタリアンさんと交渉をする上では俺も知っていた方が話に深みも出るけど、でも正直彼にはもうちょっとアクアレーナの気持ちに配慮するデリカシーさが欲しかったって、俺はそう思う。


 だから俺は、俺のスタンスをきちんと彼女に示そうと決意した。


「ううん。少なくとも、ダンタリアンさんとの交渉では何がなんでも結果を出すっていう気になったよ」

「レン様……」


 彼女は、俺が何故自分の話でそう思ったのかを理解しかねているみたいだった。

 

「ごめん。これに関してはさ、キミの為っていう思いからじゃない」

 話を、考えを伝える為には可能な限りシンプルな言い方を心掛ける。


「はい……。私も、自分の為と思って頂けるなどとは考えて居りません……」

「そうじゃあない」

 俺の言葉は、彼女からすれば唐突だったかもしれない。

「えっ?」


 でも俺は、彼女を落ち込ませるつもりは無いから。


「あの俺より大人なここの主人ダンタリアンさんに……俺が、自分が見てきたどのニホン人の男よりも凄い奴なんだって、思い知らせたくなったんだ。だからこの交渉はあくまでキミの事だけど、でももう俺の事でもあるんだよ。――だから少しもキミが気に病む必要は無いからさ、あの綺麗な騎乗姿のように、堂々として欲しい」

 俺は、きっとまたテンションがおかしくなっていたんだろうね。


「……レン様ぁ、格好良いですぅ!」

 なんかアクアレーナが、めっちゃ蕩けた表情で俺を見てた。


 これは予想外だった。だって俺はどっちかというと自分勝手な情熱テンションを燃やしてるだけで、彼女は落ち込みはしないけどきっととするだろうと思ってたからだ。


 ――でもまあ、良いか。彼女のテンションの波長が俺のそれと違和感無く混じり合ってるのが、なんか心地良いって思えたから、さ。


「そろそろ、事務所の方に行こうか」

「はいっ」


 ※


 事務所に入ると、そこにはやはりダンタリアンさんが戻っていた。


「よおお前さん、きちんと話は聞けたか?」

 のっけからそれかよ。だからせめてアクアレーナの前ではその話題を出してやるなっての。


 アクアレーナが何か言いたそうだったのを制して、俺が彼に文句を付ける。

「良い歳した男女の事には、余り干渉し過ぎないのが男の粋ダンディズムってものですよ」


 ちょっと皮肉めきながらも、俺はあくまで小粋にウインクを織り交ぜながら言った。

「ほっ。こりゃあ、一本取られちまったわい!」


 ダンタリアンさんは俺の粋を分かってくれたようで、目を丸くしながらも鷹揚な笑みで返してくれた。

 これもまた、言わぬが花ってヤツである。本当ならアクアレーナの為に、一発殴ってやりたい気持ちも有ったけどね。


「それで、俺の提案を受け入れてくれるかどうかは決めてくれたんですか?」

 空気がこっちに上向いてる内に話を進めていく。グズグズしていて場が冷めてしまっては勿体無い。


「その事なんだが前向きに考えても、俺っちの力だけじゃあ他に参加者を募集するのは無理だ。それにレースを開くってんなら、勝った奴には賞金も出さなきゃあいけないしな」

「……確かに。有力な出資者スポンサーが必要になりますね」


「ああ。だからよ――」

 ダンタリアンさんは、俺達に覚悟を促すかのように声を低めた。


「俺っちがゲトセクトさんに、面白い事を考えてる奴が居るから是非会ってやってくれって内容の、紹介文を書いて送ってやるよ。兄ちゃん、アンタの事さ。後はアンタが直接あの人と交渉してくれ」

「おじさま、それは――!」


 アクアレーナが彼に待ったを掛けようとした。

 けど彼女も結局はそれしか無いと思ったようで、それを踏み止まる。


「――ゲトセクトさんの協力が得られれば、きっとレン様のお考えも実現しますわ。あの方は、一筋ならではいきませんけれども……それでも私はレン様を信じます」

 不安げに呟くアクアレーナに、俺は力強く微笑み返す。


 約束するよ、騎乗のキミのあの美しさと――心強さにさ。キミがこれまでの花婿候補とのやり取りから受けた無念さを、俺が少しは晴らしてあげるって。


「有難う。ダンタリアンさんも、ご協力感謝します」

「俺っちはあくまで口利きするだけだ。……あー、それとな、お嬢はさっき乗ってたあの馬マスカルポーネを貰って帰ってくれ。上手くレース開催を決められた時の為に、早い内から走りに磨きを掛けといた方が良いだろう? あれは決して悪くない馬だからよ」


「有難う御座います、おじさま……。またこうしておじさまに気に掛けて頂けるなんて、夢のようですわ……」

 アクアレーナはダンタリアンさんの気遣いを、噛みしめるようにして頭を下げた。


「よせやい。礼なら、その兄ちゃんに言ってやってくれ」

 彼は頭を掻きながら、彼女に照れ臭そうな顔を向けていた。


 結局俺が馬を手に入れるって目的は果たせそうに無かったけど、でも今回は別に良いってそう思えた。


 どうやらほんの少しだけ、彼女に対する自分の思いを素直に出せるようになったらしいダンタリアンさんにさ、俺はちょっと胸が熱くなってたから。


 フレイラ家で暮らさせて貰ってる事の恩も、少しはアクアレーナに返せたとそう胸を張れたからね。


 ――第九話 完――

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