第十五話 ベリー・ショート・ホームカミング! ニホンと俺とキミ達と
同じく次元の狭間を超えたのであろうリサベルさんのナビが聞こえる。
「なんだここはー!? こんなの全然見た事無い、見た事無いぞー!」
いや、ナビかそれ……?
ただただ驚きまくってる彼女だけど、その彼女の声は周囲にも聞こえている訳で、なんというか人の視線を集めるのが得意だな彼女はってそう思う。
ていうか、リサベルさんが乗ってるグリフォンの足になんかくっ付いてるぞ。
「レン様、あれはガウバ台地で岩盤を落とした妖術師です!」
アクアレーナは姿勢的に俺の後ろが見え易いから分かったようだった。めっちゃ目を見開いて妖術師の方をガン見している。
「リサベルさん、次元の歪みに入る前に奴を捕まえてたのか。機転が利くね」
「あのやり手のゲトセクトさんが、なんだかんだと厳しくしつつも目を掛けているだけはありますわね」
そうかもね。これで
さて、俺はアクアレーナに手短に、次の行動を伝えておくとしよう。
「痣の力を溜め次第、また次元の歪みを開いてゼルトユニアのコース上に復帰するからね」
「えっ?」
ん?
何故かアクアレーナが不思議そうな顔を見せて、俺の方が驚いてしまう。
「どうしたの?」
「い、いえなんでもありません!」
いきなりオーバー気味にそう言って来て、なんか余計に変な感じだ。
「とにかく、なんか走っている方が力の回復が早いから、このまま速度は落とさないようにしよう」
それに後ろの選手達も状況に戸惑いつつも手を抜く事無く走っているみたいだし、ここで抜かれてしまう訳にもいかないから。
リサベルさんのナビだ。
「先頭を走るレン選手に引っ張られるかのように、皆一生懸命走っています。こんな何処ともしれない異世界に放り出されても、誰一人レースを捨ててはいません!」
そうか、或る意味俺が皆を先導してしまってるのか。
「おい、待てニホン人ー!」
後ろから、あのバロウズ選手の声が聞こえる。あいつも、俺があの岩盤に作った次元の歪みに飛び込んだのか。
「俺のチートの力を信用してくれたんだな!」
あくまでスピードは落とさずに、前を向いたまま彼と話す。だからこんな大声になる。
「お前、やる事がえげつ無さ過ぎるだろっ! 次元を越えるなんて、岩盤を砕く以上に反則的じゃないか!」
「そんなどっちが凄いかなんて事はどうでも良いよ! 俺はただ、とにかく自分の目の前の障害を乗り越えたかったっていうだけさ!」
「……くっ!」
「反則的だとか、せこいとか、言いたかったら好きに言ってくれて構わないぞ!」
バロウズはもう何も言い返して来なかった。ただ、それでも馬への手綱捌きを緩めたりはしなかったらしい。寡黙に俺の後を追っている。
「レン様の背中って頼りになりそうで、他の人からもきっと目が引き寄せられるような強さが有るから、だから追い掛けずには居られないんですよ、きっと」
アクアレーナがそんな推察を披露してきた。その言葉にはなんか情熱が籠っていて、ちょっと恥ずかしいって感じる。
「そんな大層なものじゃないさ。俺はただ単に、自分の目の前の問題と向き合い続けてるっていうだけだよ」
「そういういざという時に我武者羅になれる所こそが、この上なく頼れるのですわ」
アクアレーナはそう言って微笑みをくれるけど……うーん、やっぱり良く分からないや。
ていうかファリーリー、もっと高度の高い所に路を作れなかったのか?
この路は立ち並ぶビルを避けるように所々波打っていたりカーブが有ったりと、結構走行に難が有るんだ。
そんな事を思っていると、突然頭の中にファリーリーの言葉が響いてきた。
――いきなり言われて、それでもすぐに路を作っただけ有り難いと思って下さいー。それにあまり高度が高いと、酸素が薄くてレンさん達人間や馬は酸欠になってしまいますよー!――
あーそういう問題は確かに有るか。
――ていうかなんで姿を見せないんだ?――
――ニホン人の格好をして普通にニホン人に紛れてる時ならともかく、レンさんの近くで宙に浮いてる姿なんか見せて、それでもしネットに流されたりでもしたら今後ニホンに来難くなるでしょー!――
――成程、ごめん。でも本当に感謝してるよ――
――まあ女神として頼りにされるのも悪い気はしませんよ、ふふん――
あ、なんかビルの窓から凄い数のニホン人がこっち見てる。
丁度そのビルを回り込むようにカーブを走ってて、その最中はビル内の人達と俺達の距離が近くなってるんだ。――うん、思いっきりスマートフォンでパチパチ写真取られてるね、俺達。
俺ももしニホンにずっと居たままなら、ああやってすぐに不思議なものを撮ってただろうなぁ。まあ今は俺がその不思議なものな訳だけどね。
「レン様、ニホン人の皆様の事を懐かしくお思いですか?」
「ちょっとはね。でも今はそれどころじゃないからさ」
「でも、どうあれ故郷に帰ってきたのですよ? このまま、なんなら私も――」
「アクアレーナ!」
俺は彼女の言葉を遮って怒鳴った。彼女が俺をどう思って気遣ってくれているのかは分かるよ。
でも――
「は、はいっ」
「このままレースを捨ててニホンに帰って暮らそうとする男が、キミの好みのタイプなのか!」
「い、いいえ! 決してそのような事は!」
「俺はこれまでずっとキミ自身の世界で、その中の価値観や家の事情の中で、それでも自分を懸けて戦ってきたキミだから、今大事にしたいって思ってる!」
「レ、レン様ぁ……!」
「俺は、俺はどうしようもない位に格好つけな性格だ!」
「はい、存じておりますわ!」
そうさ。――自覚したんだ、だから過去の交際で俺は、幸せを掴み切る事が出来なかったんだって。
俺がもっと、例え格好悪くてもその分他人の共感を得易い男だったなら、きっと色んな事が楽になっていただろう。相手からももっと、愛して貰い易かったかもしれない。
でも、俺だって自分らしい自分で居る事が好きだからさ。だから、こんな自分を受け止めてくれる女はとてもかけがいの無い存在なんだ。
「世界を越えてキミと出逢って良かった」
「私も、貴方様との縁を誇りに思っています」
「この思いが有れば世界が何処でも関係無い。思いが紡がれた世界が、自分の居るべき世界だ」
「レン様! レン様は、最高に格好良いですわっ!」
美麗な言葉を沢山並べられるより、彼女の、アクアレーナのこのたった一言の『格好良い』が、俺にとって価値が有るってそう思う。
「力が溜まってきた。アクアレーナ、皆にも伝えてあげてくれないか」
アクアレーナはこくりと頷いてから、大きな声で上げた。
「リサベルさん、選手の皆様! まもなくゼルトユニアへの次元の歪みが開きます。帰還の為に備えていて下さいませ!」
アクアレーナの言葉を受けたリサベルさんのナビが聞こえる。
「選手の皆さん、ここは陣形を整えて走りを乱さずに行く事をお勧めします!」
うん。切羽詰まったこの状況に最適の、とても簡潔な案内だ、リサベルさん。
――ファリーリー!――
――はいはーい――
――ここからゼルトユニアに転移する地点を、レースコースの中へと調整する事って出来るか? 勿論あの岩盤よりは向こう側にだ――
――えー、いっそゴール間近にすれば良いのにー。そしたら今向こうで走っている選手も自動的に追い抜いて一位で勝ち確ですよっ――
そんなんじゃあ後でゲトセクトさんに難癖付けられるのがオチさ。彼は俺達がニホンで走っている様子もちゃんと見てるだろうからね。
――いや。とにかくあそこのリサベルさんに、どの辺が良いか聞いてきてくれ――
――もー、私完全にパシリで涙目ですー――
ファリーリーはそんな事を言っていたが、そのノリの良い口調はそんな状態も楽しんでいるという事が隠し切れていなかった。
まあそれ位おおらかじゃなきゃ、世界を跨いでプライベートをエンジョイするなんて出来ないだろうけどね。
上空でリサベルさんがなんか独り言みたいにして話している。ファリーリーが姿を見せずに、思念の声で神のお告げみたいな感じで彼女に話し掛けているんだ。リサベルさんの方は、きっと彼女に合わせて思念で会話する事に慣れてないから声に出てるのだろう。
リサベルさんのナビが聞こえる。
「えー、ゼルトユニアへの帰還先はトロット草原の坂下り地点となりましたー!」
トロット草原に敷かれたなだらかな坂下り路、その先は最終地点のケンガレイの街のメインストリートだったな。
アクアレーナが俺に告げる。
「馬にとってのストレスも少なく、後は如何に最後の力を出し切るかに掛かった局面、といった所ですね」
「確かに。あの妖術師の邪魔立てに想定外のこのニホンのビジネス街ルートは、馬達にとっては相当堪えるものだったろうね」
後者の方は、ほぼ俺の仕業ではあるのだけれど、こればかりは仕方が無い。あのままガウバ台地でレースが中断していたよりは、遙かに良いのは間違いが無い。
ただ、どうやら俺のアンスリウムだけは、体力的な疲れはともかく、気迫に乱れなどは特に無いようだった。
物凄く目まぐるしく状況が変化していたというのに、なんていうかこいつにはまだまだ底の知れなさを感じるかな。
でも、だからこそ頼もしいけどね!
「ブルルッ」
俺の思いが伝わったのか、アンスリウムも何処となく喜んでいそうだった。
さあ、右手をかざして次元の歪みを作るぞ。
「参りましょう、レン様」
「アクアレーナ、ちょっと嬉しそうだね」
「不謹慎かもしれませんけれど、貴方様がゼルトユニアに戻ろうとしてくれるのが、その……」
どうあれ俺がゼルトユニアに戻る選択をした事に、とても感じ入っているらしい。
「不謹慎だとしても良いのさ。嘘偽り無く俺を思ってくれるキミの心の声が、そう言ったのならね」
「レン様……」
「どんな時でも品行方正じゃなきゃいけないなんて、そんな風に誰かを縛る資格なんてそもそも誰にも無いんだから」
「――はいっ!」
次元の狭間を作り出す。その時、また彼が俺を呼ぶ声が聞こえた。
「おい、カガミ・レン!」
なんだよ、わざわざ名前で呼んできてさ。
「バロウズ選手、何か?」
俺が返事をすると、少しの間の後でバロウズはこう言ってきた。
「……有り難う。お前の力に、感謝する!」
「……」
――そっか。
俺は、つい声を張り上げてこう叫んでしまった。
「ゼルトユニアの騎乗の戦士達! 俺はニホン人だけど、キミ達と一緒に走れた今日の事は誇りに思ってる!」
テンションおかしくなると、俺自身自分で何言ってんだろって思うような事を言っちゃうんだけどさ。でも今、凄く胸を張れているよ。
俺は再び、自分のチートの力で開いた次元の歪みの中に全力で飛び込んでいった。
※
次元の狭間に入ると、流石に空間の圧力で話をするなんて余裕は無くなってしまう。
ただ、この女神様は別だけど。
「レンさん、今後は一人で次元の歪みを開くのは遠慮して貰いますからねっ。私が居なかったらどうなっていた事か!」
「俺だってこんな一大事をそうぽんぽことやりたくないよ」
今回は賭けの要素が大きかったのは分かってる。最悪ニホンに転移した直後に誰かニホン人を轢いてしまってたかもしれないんだ。機転を利かせて空に路を作ってくれた彼女には、本当に感謝してる。
「でももし貴方がニホン人を轢いてたなら、或いはその人は異世界転生をする事になっていたかもしれないですねー」
それ俺は笑えないよ……。
「そういえば、一つ気になってた事が有ったんだけど」
「なんですかー?」
「キミはニホンがあくまで地球っていう世界の一部に過ぎないって知ってる筈だけど、それなのになんでずっと、まるでニホンが一つの世界みたいに言ってるんだ? 地球をよく知らないであろう、ゼルトユニアの人達ならともかくさ」
「あー。そこは解釈が難しい所ですねー」
「解釈――?」
「世界、なんて言葉はそもそも多くの生きとし生ける者達の間でも、とても曖昧な感じで使われてるものなんですよ。レンさんは地球が世界の事だと言いましたけど、それなら宇宙は貴方の住む世界とは違う事になるんですか?」
「え……。そう言われたら、返事に困るけど……」
俺が宇宙を目の当たりにするなんて事はまず無いけれど、でも同じニホン人の中には宇宙船に乗って旅立った事も有る人が居てる訳で。なのに俺が自分の物差しだけで宇宙は別の世界だ、なんて言っても良いのかとは思うよ、うん。
悩む俺に、ファリーリーはこう続ける。
「でもその答えは結局、言っても良いし言わなくても良いって事になると思うんです」
「なんだよ曖昧だなって、あっ!」
彼女は笑顔で頷いた。
「はい、さっき私が言ったのと同じですね。要するにその人自身が強く認識している範囲の場所が、その人にとっての世界という事になるんです」
「成程……」
「もっと身近な話で例えるとですね、ニホンの眼鏡を掛けた女子高生が或る日コンタクトレンズを初めて付けた時、世界が変わって見えるよーって凄く明るい顔で言ったりしますよね。それだって本人がそう思ったのなら、確実にその子の中での世界は以前よりも変化しているんです」
「うん、それも確かに間違いじゃないね」
分かる、分かるよ。俺はそういう時の当人の気持ちを茶化したりするのは嫌いだからさ。
「まあ、私としてはそこに眼鏡だったその子の事が好きだった男の子が登場して、すったもんだが有るお話が好物だったりしますけど、ふふっ」
……うわぁ、なんか気持ちの悪い笑みを浮かべてるよ。でもファリーリー、めっちゃニホンのマンガとか好きそうな感じはしてるよな。
「ごめん、キミの性癖の話は今はどうでも良いかな」
「あー、レンさん私に対する扱いがぞんざいですよー」
そんな事言われたってさ、こっちが怒ったり必死で居たりする時にも、いつでもそんな軽い調子なんだからそこは或る意味しょうがないというか。
「とにかく、そういった観点で見た場合ニホンはニホンだけで十分に、他の世界から見て一つの世界を形成してると見なされているんですよ」
「そっか。でもあまり、異世界の人相手に誇れるような世界じゃあ無い気はしてるけどね」
「仮にそう思っていたって、それこそレンさんも含むニホン人一人一人の、これからの努力次第でニホンの印象はどんな風にも変わっていくんじゃないでしょうか? ニホンに居る人、ゼルトユニアや他の異世界に行った人……その両方の、ね?」
「うん。そうだね、頑張らないといけないな」
「レンさん。私は生きとし生ける者達を、世界が違うからという曖昧に過ぎない理由で断絶してしまう事が好きではありません。私が生み出した異世界転移の業エンゲージリンクには多くの問題が有ると自分でも認めていますが、それでもそれ以上に私は、人の縁の力を信じたいんですよ」
彼女の言葉に俺は微笑んだ。
「まったく。神様の広大な尺度で語られても正直反応に困る部分も有るけどさ、でもその考え方で人間の事を見てくれているっていうのは、俺としては嫌じゃあないかな。――自由気ままな女神様だと思うけどさ、でもそれでも人間に対して、何らかの形で手を差し伸べようとしているんだもんね」
ファリーリーもまた、俺の言葉に微笑みを返す。
「はい。勿論ですよー」
こんなちゃらんぽらんな返事の仕方でも、頼もしいって思えてしまうんだから本当に不思議な神様だよ、キミって奴はさ。
「じゃあそろそろ行くよ、ゼルトユニアへ」
「せめて貴方がきちんと最後まで走れるよう、この後はちゃんと家の方で見守ってますね。女神ファリーリー特注仕様の4Kテレビで!」
ちょっ! 最後にまた妙なワードを出してくるんじゃないよ、ったくもう。女神特注って、一体なんの電波を受信して映るんだかさ。
まあでも、きっと最高の瞬間を女神のお茶の間にもお届けしてやるさ。
次元の狭間を超える。さあ、次がファイナルステージだ!
――第十五話 完――
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