第十四話 カウンター・アタック! この世界に二人で目に物を見せる(後)
「くうぅうあああ!」
アクアレーナの叫び声が、俺の心を激しく掻き乱す。
「待ってろ、すぐに手伝うから!」
何がって、そんなの光の槍を引き抜く事に決まってる!
「来ないでっ!」
「なっ!?」
彼女の痛ましくも、気丈な声が俺を拒んだ。
なんでそんな、泣きたくなるような事を言うんだよ――!
「この世界で起きるどんな障害からも、私が貴方を守ってみせますわ! それが、私が貴方をこの世界へとお招きした、私の責任なのですから!」
……なんか、物凄く、腹の立つ事を言われているって、俺はそう思う! ただでさえ俺は今泣きそうなのに、その上、俺のこれまでの彼女への思いを踏みにじるような事を言われているって、そう思う!
身を挺して自分を庇ってくれている女に対して、何を酷い言い草をって思う奴がもし居たとしても、そんな事は俺には一切関係が無い。
だってこれは、俺とアクアレーナの二人だけの問題だから! これまで共に行動して、一緒に汗を流す事だってした男と女の絆の問題だから!
「――うるさい! この先自分の花婿として、俺の事をどうこうしたいっていうのなら、そんな妖術になんか絶対負けるんじゃない!」
キミは強くて賢い女なんだろ。婚活に必死で、時々嘘も吐いて、なんか雰囲気は貴方の後ろに三歩下がってますみたいな感じをしつつも、実は自分こそが俺の事を上手く動かしてるって思ってる。――それ全部、この俺にはお見通しなんだぞ!
そんなキミの強さと賢さが、ニホンでシュウに振られて失意の中に在った俺に、もう一度やる気を出させてくれたんだろ!
「レン様っ……!?」
「キミの戦いは、キミの為でなきゃいけないんだ! 他の誰かの為に安易に犠牲になるのも仕方無いなんて、そんな考えはニホンでうんざりする程見てきてる!」
自分の欲求を出さず他人にすぐ迎合していく考えも、状況に依っては正しいかもしれない。俺にもそうする時は有る。
でも、違うんだよ。今は違う。今は犠牲の心じゃあなく、欲求の心でなくちゃいけないんだ!
「私の、為……?」
「キミの願いはなんだーーー!」
今更聞くまでも無い、なんて俺は思わない。同じ事を何度も聞かされたって良いじゃあないか。
男はただでさえ、直接言って貰わなきゃ分からない生き物なんだ。俺はそう断言する!
「……私の願いは、貴方と添い遂げる事ですわーーー!」
アクアレーナの瞳の、眼力の強さが、光の槍から受ける苦痛を凌駕していってるって分かる。左手の痣が、俺のとは違う感じで優しく光っているのも。
そうさ。キミのその女としての自分を曲げないどストレートな欲求が、俺は――
光の槍が勢い良く引き抜かれて、その槍も周りの槍も弾けるように消滅した。
「――好きだ」
……あ。
「レン様、今、なんと仰いました……?」
聞いてたっ、アクアレーナが聞いてた! 苦痛から解放されてすぐのまだ呆けたような状態なのに、流石こういう所、目ざといっ!
「な、何も言ってないよ!」
「いいえ、言いましたし、この耳でしっかりと聞きまし、た――?」
アクアレーナが、突然力を無くしたように倒れ込んだ。
「アクアレーナ!」
俺は急いで彼女の元に駆け寄って、その体を抱き起こす。
「だ、大丈夫です……。でも、少し疲れました……」
「少しじゃないだろう!」
「……かなり、でしたわ……」
申し訳無さそうなのか微笑んでいるのか、どっちつかずな表情の彼女の、そうなる気持ちが分かってしまう。
「馬を走らせるのは、無理だね」
「はい。でも貴方を守れたから……」
それで満足ですって、そう言いたげな彼女の顔。言えば俺が怒るかもしれないと分かってるから、言わずに居るんだろうな。
「……バカ」
俺はアクアレーナをそのままそっと抱きかかえて立ち上がる。
「レン様、私を置いていって下さいませ!」
彼女は俺がどうするつもりなのか感じ取ったのかもしれない。
「そうだね。キミが言ってる事の方が正しいかもしれない」
そういう意味では、これは俺の我がままでしか無いんだって自覚はしてるよ。
「レン様……」
俺は彼女を自分の膝の上に乗せた状態で馬に乗る。
「俺にしがみ付いててくれ、膝の上にサイドサドルみたいにして乗るイメージでさ」
ここまででかなり時間をロスした。巻き返すのは正直困難に違い無い。その上、アンスリウムにとっては人間二人分の重量はその走りに影響も出るかもしれない。
それでも俺はそのまま馬を走らせ始めた。
「レン様は勝負を捨てて、私との思い出作りの為に走って下さるのですか?」
俺の首へ両手を回して組み、寄り添うように顔を胸へと埋めているアクアレーナが聞いてきた。
「そんな訳無いさ」
「……だと思いました」
俺の答えに彼女が微笑む。最初は嫌がっていても、いざやり始めてしまえば意外とこうなるものさ。この女だったら応えてくれると感じた女程、ね。
ふと周囲の景色を見る。ここまでアクアレーナと二人で走ってきた景色だ。
「この世界に、目に物を見せてやる。俺とキミ、二人で優勝してね」
そう言って、俺も彼女に微笑みを返す。
アクアレーナはマスカルポーネに「しばらくの間待っていてね」と告げてから、俺へと向き直った。
「もう。貴方は怖い御人ですわ――」
そうかな。でもそんな事を、何処か嬉しそうに言ってくるキミも大概だけどね。
「いっくぞ!」
「はいっ!」
俺とアクアレーナの声に反応するように、アンスリウムが一気果敢に走り出した。
彼女の、俺の首へと回している左手の痣が淡く光って、その力が優しく俺を包み込むみたいだった。
その優しい力が俺の光る右手の痣から、アンスリウムへと移っていく。
なんか、愛馬の走りが一段、また一段と速くなっていってる。
「これもチートなのかな?」
「さあ? 私にとっては、こうしてレン様と共に走っている事だけが今の全てですわ」
アクアレーナが恍惚とした表情をしているのを見て、俺もチートに関してはどうでも良くなった。だって結構勇気を出してこの反則的な力の事を聞いたのに、彼女の方はまるで気にしていないんだからさ。
でもそうだね。もしこの力を反則だとか卑怯だとかって
安易な共感なんて欲しくない。排他的になってる訳でも無い。
このカガミ・レンとアクアレーナ・ユナ・フレイラは、元から心の方が鍛えられているのさ。だから他の人が気にするような事でも、割と平気で受け入れたりしちゃうんだ。
でもそれはお互いに辛い過去を乗り越えて、その上で出逢ったからこそでさ。
エンゲージリンク――世界を跨いだ婚活なんて、関係無い人間からすればおふざけも良い所って思うかもしれない。当事者の俺だって、最初はそう思ってた。
でもさ、実際に接して、アクアレーナはそんなおふざけだという思いを掻き消す程の良い女だって分かったんだ。少なくとも俺の心には彼女の個性がぶっ刺さった――だから真剣に向き合おうって思った。
彼女はきっと他の結構な数の男達からは、実際に付き合うのを遠慮されるタイプの女だろうってそう思う。
彼女は自分の心に正直で居る事を周りに隠さないし、自分の思いを伝える時にちょっと演出とか入れたりする。そんな強くて賢い女だから、大体の男からは避けられてしまう。
きっと現実に彼女みたいな女と出逢えば、その心の強さに感心はしたとしても、お近付きになろうとまでする男は少ない筈だ。強く賢い女との付き合いは、男にとっても相応の覚悟が必要になってしまうものだから。
でも、だからこそ逆に彼女の一人の女としての個性が刺さる奴には、それは深く刺さるものなのさ。個性的、というのはそういうものだからね。
俺はさ、彼女という女の個性が好きだよ。
勿論女としての見た目の方も好きだけど。――別に構わないだろ? 俺だって自分の心に正直になってもさ。
俺も、それが自分の大事にしたいと思える相手じゃ無かったとしても、その誰かの個性に対しては出来る限り寛容で居たいなってそう思う。
ましてそれが、その人を想う別の誰かの心にしっかり刺さった個性なら。
「この痣の力も俺達の個性。それを他人の声に惑わされて目を
「私も自分の個性と向き合いますわ。だってまだまだこの個性で、この先の人生を送ってゆくのですもの」
そう言ったアクアレーナが、でもまだ何か言いたそうに俺の顔をじっと見てる。
「どうしたの?」
「レン様は、刺激的です」
……予想してた事の斜め上の事を言われてしまって、ちょっと焦った。
「ど、どの辺りが?」
「これからも共に過ごしていく中で、それを見つけたいなと思っています」
な、なんだよそれ。しかもさらっと『これからも共に』っていう強力な単語を入れるんじゃないっての。
わざと反応に困るような事を先に言ってこっちのガードを下げさせてから、強烈パンチみたいな本命の言葉を言ってくる。演出が巧みなんだから、もう。
そんなやりとりをしてる時、なんか前の方で上から凄まじい大きさの岩盤が落ちてくるのが見えた。
「実力行使もここまで来たらなんか凄いな」
「きっとリサベルさん達も気付きますわね」
案の定、リサベルさんのナビが聞こえる。
「あーっと! 今先頭のイルベール卿が走り抜けた地点に、他の選手達の行く手を防ぐかのように落石がー!?――なんだなんだ、どうやら上に誰か人が居るようだー!」
上を見てみると確かに俺達を付けて来ていた選手、即ち妖術師が居た。
こうまで邪魔をしてくれたお礼はしてやりたいけど、今あいつに構っていたら前に待ち構える岩盤に対処出来なくなる。
「あいつはリサベルさん達がなんとかしてくれると信じよう」
「レン様、まさか痣の力であの岩盤を壊す気ですか? だとしたらそれは聊か無謀であるかと……」
アクアレーナの言う事は分かる。あの岩盤は大きさも厚みも相当だ。
仮に壊せるとしてもどの位の力を放てば良いか――それが想像出来ない。そんな不確定な状態でこの力を使うような事を、この土壇場でする訳にはいかない。
前の選手達が落ちた岩盤に戦意を挫かれてスピードを下げている中を、俺は全力で追い抜いていった。
やがて岩盤の一番近くに居たあのバロウズ選手とも、距離を狭めていく。
「お前、チートの力でセイレーンを倒した次は岩盤まで砕こうっていうのか?」
俺に対しての嫌悪感はまだ持っているみたいだったけど、今はそれ以上にレースの途中リタイアという危機にやり切れなさを抱いているのが感じ取れる。
「いや、俺にもあれを砕くのは無理だよ」
正確には砕ける自信が持てないという事だったんだけど、そんな細かい説明をしている暇は無かった。
「なら何故速度を落とさない!――おい、お前!?」
俺は驚くバロウズを構わず追い抜いた。これで一人岩盤の先を走るイルベール卿の次、すなわち二位になったという訳だ。
「――砕かなくても、あれを突破出来そうな方法は有る」
それは前に使ってみた事の有る方法だ。だから、闇雲な判断じゃない。
アクアレーナが一層強く俺にしがみ付いてくる。
「レン様がそう言うなら……私はレン様を信じますわ」
アクアレーナ、キミは絶対に俺が守る。さっき光の槍の包囲からキミが守ってくれたように。
「ファリーリー! フォローは任せるからな!」
突然叫んだ内容に、アクアレーナがはっとする。
「女神ファリーリー、どうか御加護を――!」
その名前自体が強力な呪文であるみたいに、彼女も叫ぶ。
あのニホン被れの名前を、だけどとても真剣な思いで。
俺は敢えて右手を高く掲げながら力を集中させた。
それは攻撃や破壊の為の力ではなく寧ろ逆の、神秘的な、融和や同調を目指す光。
見た事有るだろ、ファリーリー!
「この力がチートというなら、次元の狭間さえ越えてみせろ!」
それ位の事が出来ないなら、他の誰でも無いこの俺がチートなんて言葉を認めない! アクアレーナを守れないなら、どんな力だろうと俺にとっては意味が無いんだ!
右手から光が照射されて、それを受けた岩盤に大きな文様が浮かび上がった。更にその文様を中心として、岩盤がぼやけだした。
リサベルさんのナビが聞こえる。
「あの空間の歪みはまさか、噂に聞く異世界へ通じる次元の歪みかー!?」
その通りだリサベルさん!
「リサベルさん!」
「ふぁっ!? な、なんですかー」
突然俺に呼び掛けられて素っ頓狂な声を上げる彼女に、俺はこう言い放つ。
「あっちでも実況を頼みます!」
それだけ告げたら、俺は全力で岩盤の次元の歪みへと突っ込んだ。
「ええー!?」
驚くリサベルさんだったけど、彼女は絶対に来てくれる。
あのゲトセクトさんなら、きっと話題性抜群なこの事態を放っておく訳は無い。絶対に彼女に俺を追う命令を出す筈だ!
※
長いようで短い次元の歪みを通る途中、懐かしい声が俺に呼び掛けてきた。
「ちょっとレンさん、なんて事してくれてるんですかー」
ファリーリーだ。流石女神である彼女はこの空間内でもごく自然体で居られるらしい。
痣の力を発揮してる本人の俺がなんとか意識を強く保っていられる中、アクアレーナでさえ意識が薄れてしまっている状態で、なのにこのニホン被れはシックな色合いのワンピース姿で、自然体過ぎて、なんか口元に生クリームまで付けている。
「ニホンで何を食べてたんだ!」
「有名パティシエのお店の絶品スイーツですー。女神の仕事はハードワークですから、ちゃんと自分にご褒美を――」
「お前、やっぱりこっちのレースを見てなかったな!」
「だ、だってぇ、私は私で色々な問題を抱えてて――」
ええい、そんな話を今聞いてる暇は無い!
「ニホンに転移した後で、とにかく車や人なんかと事故らないようにして欲しいんだ。勿論俺達の後に付いて来ているであろう他の選手や、リサベルさん達も含めてね!」
「――ちょっ!? 話振るだけ振っといて、最後まで言わせてくれないとかどんだけですかー! まったく、そんな急な依頼された時の対応なんて、女神の仕事マニュアルにも載ってないんですからねっ!」
「まあそれはそうだろうね。女神に向かって急な依頼をする人間が居るなんていうのがどうかしてるんだから」
「レンさん、それ自分の事! 今貴方自分の事を言ってるんですよっ!」
「分かってるよそんなの! でもな、マニュアル通りにやってますなんてのは仕事が出来ない奴の言い訳に過ぎないんだぞ、ファリーリー!」
とにかく今は何がなんでも彼女の協力を取り付けなきゃいけないから、多少会話が
「もー、レンさんテンションがおかし過ぎですよー! でも言ってる事は滅茶苦茶だけど、その中に物凄い情熱を秘めているのは分かります。ええ、これは女神としてです」
流石、こんないきなりの事態でも人間より遙かに適応力を発揮するのは、確かに女神だからかもしれないね。
「だったら手を貸してくれるよね?」
「はてさて。ところで、そんなに必死になってるのはもしかして、そのアクアレーナへの愛故ですかね?」
「そうだよ!」
迷わず即答した俺に、最初はとぼけた素振りを見せていたファリーリーが一転、力強く微笑んだ。
「その意気や良しっ! 気に入りました、今回は特別に手を貸しちゃいます!」
「助かる!」
よし、彼女の協力も取り付ける事が出来たぞ。
なんとか間に合った、そう思ったのはもう次元の狭間を超えてしまうからだった。
※
一気に広がる空。立ち並ぶビルに、下にはアスファルトの道路――。
俺達はファリーリーがその女神の力で作ってくれた、煌めく空のレールの上を走っている。
凄いな、これなら確かに地上で何かにぶつかる事は無い。
「レン様、ここは!?」
意識を取り戻した上で、ゼルトユニアから一変したこの景色に目を丸くしているアクアレーナへの第一声は、次元の狭間に居る時から思い付いていた。
「ようこそ、ニホンへ!」
言いながら俺は、なんか彼女を自分の地元に招くみたいな心境になっていた。
こういう時ってさ、なんでこう心がむず痒いんだろうね?
――第十四話 完――
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