ジャスコ対商店街

アルキメイトツカサ

ジャスコ対商店街 序

 ある日、ジャスコと商店街が言い争っていました。


「さあ、商店ガイ。今日もどちらがよりお客様を呼び込めるか、この私と勝負しなさい!」

「望むところだ、ジャス子! 地域密着型の俺の真価を見せてやるぜ!」


 ばちばちと火花を飛ばす二人。彼らはこのよくある地方の都市に存在する、商店街と大型ショッピングセンターの化身です。二人は犬猿の仲ならぬジャス商の仲。事あるごとにどちらが優れているかを決めるため、力比べをしているのです。


「私こそがこの街の中心。ご家庭の強い味方。時代遅れの商店街などに負けるはずがないわ」


 少女の姿をしているのはジャス子。艶やかな髪が膝まで伸びておりとても美しいです。身に纏っているのは、部屋干し対応カーディガン(1624円(税込)カード会員様はさらに二割引き)。穿いているのはニットオックスタックスカート(クリアランス価格特価1296円(税込))。どれもジャスコで買える安価なものをとても大事に着用しています。


「この町に芽吹いた文化を途切れさせないためにも、絶対に負けやしない!」


 少年の姿をしているのは商店ガイ。血気盛んを絵に描いたような容姿です。身に纏っているのは、学生服(33709円(税込))、足に履いているのは職人が丹精込めて作り上げた下駄(2500円(交渉により値切ることが可能))です。どれも商店街の衣服店と履物店で買える伝統と安心のものをとても大事に着用しています。


 商店ガイとジャス子の前に、一人のお客様が現れました。とても若い男の方でした。


「いらっしゃいませ!!」


 大きな声でジャス子が呼び止めます。ジャスコの接客マニュアルに書かれているような、30度近く上半身を曲げた丁寧な挨拶です。


「あなたの身近の商店街♪ いい物買うていかんかい♪」


 片や商店ガイはちょっと微妙な韻を踏んで、客寄せ踊りをします。


「うわ、びっくりした。なんだ、君たちは」


 どうやら彼はジャス子と商店ガイのことを知らないようです。


「私の名はジャス子。御存知大型ショッピングセンターの化身です」


 ジャス子はサービスカウンターの店員のように丁寧な口調で答えました。


「御存知も何もぜんぜん知らんけど? なんで大型ショッピングセンターが……女の子の姿に?」


 ジャス子ははきはきと答えます。


「ジャスコグループの前身である岡田屋は1887年に創業を開始しました。日本では100年以上の年月を得た物は精霊を宿し付喪神になるとされています。つまり、100年以上経営しているジャスコが精霊化しても不思議ではないのです」

「え、何。きみ、妖怪なの?」


 困惑するお客様。そこへ商店ガイが一歩前に出ます。


「そして俺は商店ガイ! 20世紀の初頭に、零細自営業が集まって生まれた存在! 日本では100年以上の年月を得た物は精霊を宿し付喪神になるとされているんだい! つまり、100年以上存在している商店街が精霊化しても何の問題も無い!」

「日本すげえな」


 こうして二人が精霊化しているのも、日本が高度な経済成長をしてきたからなのです。


「お客様、何をお探しですか?」


 ジャス子が質問します。


「おれ、その、本を探しているんだ」

「でしたら、どうぞジャスコにいらっしゃいませ。我が書店はお客様のいかなるニーズにも答え、決して期待を裏切りません」


 にこにこ。ジャス子の絶対的な自信がその笑顔には込められていました。


「うーん、本当に置いてあるのかなぁ」


 しかし、お客様は眉間に皺。すかさずジャス子は畳みかけます。


「どんな本でも取り揃えておりますよ。映画化決定した小説も、アニメ化決定した漫画も、絵本から旅行書に参考書、雑誌各種まで」

「くっ……」


 商店ガイは思わず怯みます。商店街には書店こそあるものの、ジャスコほど店舗が広くはなく品揃えも十分ではありません。


「ちなみに、その本のタイトルはなんですか?」

「…………」


 ジャス子が尋ねると、お客様は口を噤んでしまいます。何やら様子がおかしいです。


「お客様?」


「『淫らなパワハラ。蕩け盛りアラフォー女上司』……」


 ぽんっとジャス子の顔がアラスカ産生ずわいがに(700g1980円)のように赤くなってしまいます。


 お客様が求めていたのは官能小説でした。


「あるの?」

「そこになければないですね」


 ジャスコでは「ありません」という言葉をお客様に使うのは禁句です。なので、ジャス子は百均の店員のような対応をしてしまいました。


「官能小説、歓迎招待♪」


 すかさず商店ガイが微妙なラップで客寄せ踊りをします。


「商店街の木村書店なら、官能小説はもちろん、ヌード写真もアダルトビデオも取り揃えているぜ!」

「ま、まじか。やったー。おれ、ずっと探してたんだよ。ありがとう、商店ガイ。きみはナイスガイ!」

「イェー!」


 気が合った商店ガイとお客様はハイタッチ。熱い男同士の友情を交わしたあと、お客様は満面の笑みで商店街へと向かいました。


「ふふふ。今の勝負は俺の勝ちのようだな。愉快、痛快、商店街!」

「くっ……女性や子どもが安心して店舗を訪れるよう配慮しているジャスコに、官能小説なんかあるわけないじゃない!」


 ジャス子は唇を噛んで項垂れます。

 それも束の間、二人の前に新たなお客様が現れました。


「ねーねー、キラプリはどこにあるのー」


 お客様はとても可愛らしい幼女さまでした。


「キラプリ……子供はもちろん、大きなお友達にも人気のトレーディングカードアーケードゲーム! あるぜあるぜ。商店街のゲームセンタームメムメに来なよ、お嬢ちゃん!」


 すると、幼女さまは黙り込んでしまいました。しかも、ちょっぴり涙目です。


「……もう行ったよ。でも、『故障中』って書かれていた……」

「あっ……」


 商店ガイの顔がイワシ(500円でパック売りも量り売りも可能)のように青くなってしまいます。


「泣かないで、お姫様」


 ジャス子がすかさず、店内で見つけた迷子をあやすように優しく声をかけます。


「キラプリならジャスコのゲームセンターで絶賛稼動中。きっと、お友達もできるわよ」

「ほんとー? ありがとう、お姉ちゃん! ジャスコ行かなきゃ!」


 幼女さまはるんるんとスキップでジャスコへ向かいました。


「勝負あったわね、商店ガイ。所詮、あなたのゲームセンターは基本無人。メンテも不十分でしょっちゅう機械が壊れていて、クレーンゲームの景品も入浴剤や温泉券など需要がないものばかり。それに比べて、我がジャスコのゲームセンターはスタッフが常駐。人気ユーチューバーも遊びに来てとても楽しい思い出が作れるわ」

「くっ……ゲームセンタームメムメの一人息子が自分探しの旅に出なければこんなことには……!」


 がくっと肩を落とす商店ガイです。


 二人の勝負はその後も続き、お客様を呼び込みました。

 電器屋対決は安さでジャス子が勝ち、グルメ対決ではオムカツカレーライスを擁する商店ガイが勝ち、家具対決では配送料に定評があるジャス子が勝ち、ライブハウス対決ではプロミュージシャンを輩出したことがある商店ガイが勝ちました。


「えーと、写真の現像したいんですけどー」

「それなら我がジャスコ……あっ、6月にテナントが閉店したんだった……!」

「商店街のミナキタ写真館へどうぞー! デジタルカメラはもちろん、フィルムカメラの現像にも対応しているぜ!」


 そして、カメラ屋対決で商店ガイに軍配が上がり、総合的に客呼び対決は商店ガイの勝利となりました。


「俺の底力を見たかい。人情味に溢れる商店街は、マニュアル主義のジャスコなんかにゃ負けるわけがない!」

「ぐぬぬ……」


 豪快に笑う商店ガイを前に、ジャス子はとても悔しがります。


「認められない。良質なサービスを生み出しているジャスコこそがお客様に求められているというのに……こうなったら、直接勝負をする必要があるわね」


 ぞっと、ジャス子の周りに、100年以上の時を経て備わった魔力のオーラが浮かび上がります。


「精霊となった俺たちに備わった力。それをぶつけ合って、どちらがこの街に求められているかケリをつけようじゃないかい!」

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