scene83*「おもちゃ」
もしかして私の気持ちにも気付いてるんだろうか?
多分、絶対に気付いてる。
だから私にこんなに強気で出てくるのだ。
だったら私もとことん応戦してやろうじゃないの。
【83:おもちゃ 】
「え!!??付き合ってるって、いつから!!??」
私は素っ頓狂な声を挙げるなり、思わず読んでいた漫画をテーブルに置いた。
放課後の生徒会室。
同じ生徒会メンバーである二人……会計担当で同級生のユウマと、書記担当で同じ剣道部後輩のイクは、なんともまぁ幸せそうにニヤけて私に報告をしてきた。いや、しまりのない顔でニヤけてんのはイクだけか。
ユウマは相変わらずの無表情なままで「そういうことだから、とりあえず会長には報告しとくかなと思って」と淡々と言った。
今日は重要な集まりがあるわけでもなく、かといって部活も月の休みの日に当たっているので要は暇な日だ。
暇すぎて結局時間つぶしに生徒会室で漫画を読んだりお菓子を食べたり、寛いでた時にちょうど二人が仲良く入ってきたのだ。
ユウマは本当に絵にかいたような真面目なやつだ。まさに生徒会の勘定奉行。
いつも無表情に無愛想な顔しながら暇さえあれば読書か勉強をやっているような変人で、そんな彼が『適当・お気楽・お調子者』の3拍子が揃ったイクと付き合うなんてまったく予想外だった。
イクとは部活も一緒だし、実は家も近所の幼馴染だったりもする。イクの良い部分も沢山言えるし、間抜けなエピソードもたくさん知ってるくらいに仲が良い。
だからこそ、その二人の組み合わせに驚くばかりだった。
「てゆーか交際に発展するほど仲良かったっけ?」
私の素朴な質問にイクは「うふふ。なんか、気が付いたら?って感じ?」と、わざと恥じらう素振りで答えると、ユウマがすかさず「気付いたらっていうか、まぁ試験対策ノートの清書とお菓子の報酬が元だし」と冷静に訂正した。
「もぉー!ユウマ先輩さぁ、もうちょっと夢膨らませて話しましょうよ!」
「お前が言うと捏造入りそうだし」
「いやいやいや!二人とも、何の説明にもなってないし!」
勝手に進める漫才のような掛け合いに、思わず割って入らずにはいられなかった。
よくよく聞くと、クソがつくほど字が汚いユウマの試験対策ノートを、見かけによらず字がものすごく上手いイクに清書してもらって、そのごほうびにユウマからお菓子を貰ったのがきっかけで付き合う事になったらしい。
たしかにそう言われれば、試験が終わってからユウマの雰囲気がすこーし柔らかくなったり、私に負けず劣らずガサツなイクが何だか最近可愛いの意識して頑張ってるって部活でも話題になっていた。
……かといってこの二人が……。イクが迫ったのか分からないが、かといってユウマも嫌々なわけではなさそうなのを見ると、何と言ってあげたらいいか分からなかった。
「なんか……結婚式にきた親戚のおばさんみたいな気分。今」
「えぇ!?やだ、アンちゃん!結婚なんてまだ早いって~。まぁその時にはアンちゃんも呼ぶから♡」
「おい、お前どんだけ妄想働いたら飛躍してそこ行きつくんだよ」
「ちぇー。ユウマ先輩、つれないなぁ」
調子よく恥じらうイクに手厳しいツッコミを加えるユウマは、恋人同士と言うよりも夫婦漫才みたいだ……。
二人とは近しい分にやっぱりどう考えてもピンとこないけど、二人が律儀にも打ち明けてくれたのだから素直に二人を応援してあげよう。
……にしても、知った以上は何となく気まずい私は、用事があるふりして早々に退散しようと思った。
それにこの二人も、私に報告?するのでちょっと緊張していたみたいだし。
私は漫画を棚へと戻して、鞄をひっつかみながら「私、用事があるんだった!」と席を立った。もちろん嘘だ。
しかし二人は「じゃあまた明日~」と何の疑いもなくひらひらと手を振る。……まぁこの分だと二人きりで教室に残っても変な事は起こらなさそうだ。きっとイクは普通に漫画を読むし、ユウマは相変わらず勉強をしはじめるだろう。
私は二人に別れを告げて生徒会室を後にした。
……あーあ。なんか中途半端な時間になっちゃったなぁ。
部活がないからこそ、真っ直ぐ家に帰りたくないのに。かといって何の娯楽もなしにカフェで時間をつぶせないし、仲の良い友達は運動部が多いしでみんな部活中だ。
今まで部活と生徒会の仕事一筋でやってきたぶん、自分の時間の過ごし方のバラエティの無さにちょっとへこみながら、下駄箱から靴を出したところで「あれ?アン、お前今帰り?」と声をかけられた。
それはよく聞き馴染んでいる声のはずなのに、思わず胸が跳ね上がった。
声の方を振り向けば、男子剣道部主将のタツヤがいた。
タツヤも今帰りなのか、鞄を持っている。短めの髪は珍しくワックスをつけていて、それが普通の男子高生ぽかったので変な感じがした。だって私の中のタツヤのイメージは子供の頃から、胴着と頭に手ぬぐい巻いてる時の姿だから。
同じように下駄箱から靴を取り出したタツヤに「うん。そう。ねぇ、道場寄ってく?」と聞いたらタツヤは案の定「もちろん。お前も出るだろ。稽古」と聞いてきたので、私はそれについ「あ――……うん」と答えてしまった。しかし内心、返事をしてしまいすぐに後悔。
今日くらい剣道から離れたいんだってば!……って言えたらどんなに良いか。タツヤがあまりにも当たり前のように言ったもんだから何となく「行かない」とは言えなかった。もう返事してしまった以上は後の祭りだ。
だって私の家こそが、剣道の道場なんだから。
私はそこの一人娘で、タツヤは小さい頃からの道場仲間。
小学中学は学区の関係で学校は一緒じゃなかったけど、高校は偶然にも同じだった。もちろんイクもタツヤにとっては同じ道場仲間の幼馴染だ。
タツヤは私よりもずっと本気で剣道が好きで、性格もマジメ。本人的には大学も剣道で強いところに行き、ゆくゆくは警察官になり剣道も一生続けたいらしい。……そこまで思えるのって本当にすごいなぁ。
私なんて、気がつけば父にやらされていたってだけで、もちろん毎晩稽古もつけられるから私の意思とは関係なしにそこそこ強くなってしまうし……。
床で脚は痛いしとにかく胴着は乾きにくいし防具は臭いし腕は太くなるし、いくら防具つけてたって面くらえば頭は痛いし視界は悪いしホントに最悪だ。夏は暑いし冬は寒いし、どこも剣道部の顧問は鬼のように厳しくて怖い人ばっかだし。
……良いことと言えばカラオケで声を出す時には気持ちよく出せるくらいか?
ああ、それと竹刀ケースを肩にかけてる時はまず痴漢されないとかかな。
つまり剣道やりながら本当は愚痴しか出てこない。
それが嫌で生徒会に入って生徒会長にまでなったのに。正直私は部活よりも委員会のほうがずっと好きだ。
「ほら、アン。行くぞ」
現実逃避をしているとタツヤはもう昇降口から振り返っていた。私はため息をつくと、進みたくない一歩を無理やり前へ出した。
「お前さ、もっと家の稽古に顔出せよ」
帰りながらタツヤは痛いとこをついてきた。私はむっとしながら言い返す。
「もっとって普通に出てるし。部活以外の休みも出てるし、生徒会で部活あんまり出れない時は夜も素振りさせられてるし。二足のわらじで女子主将もやってんだから褒めて欲しいよ」
「イクってもう道場やめたんだよな。あいつも遊びに来ればいいのに」
「あー、だめだめ。イクは道場ではやる気ないし部活で充分だって。あと書道教室もずっと通ってるし。今から師範のお免状とる為に頑張ってるみたいだよ。期待されてるみたい」
「へー。すごいな。たしかに道場の名札も辞めるまでは新しい奴のあいつが書いてたもんな。やる気ない割にはけっこう多忙なんだな」
「あと彼氏できたしね」
「はぁ!!!??誰だし!てかアイツと付き合ってくれる男がいるのかよ!そっちのがすげぇ!」
「あんたね~……。生徒会会計のユウマだよ。あんたと同じクラスの」
「へー……って、はぁ!!??え、あのユウマと!?……ユウマ頭打った?」
「だよね。超意外」
「ていうか、生徒会的にはアリなの?委員内恋愛?」
「まぁあの二人ならイチャつかなさそうだし支障なさそうだから大丈夫じゃない?」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」
「ウチは部内恋愛禁止だもんなー。今の時代なのに」
「……ほんと……っ」
ビックリして、息を変に吸い込みそうになった。
タツヤが、歩きながら小指と薬指だけ絡めてきたから。
かすかに触れあった指先の熱に、くらくらしそうになる。
タツヤがこんなことをするようになったのは、去年あたりからだ。私が生徒会を理由に部活や家の稽古にあまり出なくなってから。
その頃から、二人きりになった時に、とくにこういうさりげない瞬間に指に触れてくるようになった。
はじめは指が当たっただけかと思った。そうしたら違った。
指先だけ軽く触れるように繋がれて、いくら鈍い私でもそこでハッキリと気付いた。
タツヤは私のことが好きなのかもしれないって。
子供の時から稽古の合間に遊んだり、中学だって学校は別だけど大会で顔を合わすたびに話したりしてたし、タツヤが傍にいることは私にとっては普通の一部だった。その中で、一つだけ普通じゃないことが加わった。
それがこの状況。
けれど、私は困った事にそれが全く嫌じゃない。それどころか、指の熱を感じるたびに柄にもなくドキドキしてしまっている。そしてそれは日増しに大きくなってきている。
だから、普通じゃない。
今もドキドキしながら横目でタツヤを窺うけど、指なんかちっとも絡めていないような涼しい顔をしている。
それが私はすごく悔しかったりする。だって私だけが余裕ないみたいだし、まるで試合で有効打を打たれてしまっている気分だ。
「そういやさ、こないだのテストどうだった?」
急にふられた全く関係のない話題に反応が一瞬遅れてしまうも、私はこの間の点数を思い返した。
「まーどっちかって言えば良かったほうかも。それに生徒会長が赤点なんかとれないしね。タツヤは?どうせ剣道で推薦貰えるから受験も大丈夫じゃない?」
「いやいや、今は昔と違って努力しないと大学いれてもらえねーし、他にどんだけ強い奴がいるっつんだよ。真面目に受験しますー。お前こそどうすんだよ。一人娘」
うっ、と思わず言葉に詰まる。
そう。一人娘だからこそ、お父さんは私に跡を継いでもらいたいのだ。そして私も子供の頃から意識してきながら生きてきた。正直、試合成績や学業成績・学校活動を総合しても推薦はもらえるし、偏差値がやたら高い大学さえ狙わなければ受験しても受かると思う。その範囲で、大学剣道部のあるところを受ければいいだけの話だ。
……けどなぁ。
愚痴しかでないのに、そんなお教室にどの保護者が通わせたいと思う?
剣道が嫌いなわけじゃない。ただ、タツヤは警察官になって剣道を続けたい。ユウマは今から勉強して公認会計士になりたい。イクだってちゃらんぽらんながらも実は習字の先生になりたいことを私は知っている。
みんなみたいにやりたいことが出てこないまま、愚痴はあるけど嫌いじゃないからって何の選択権も持たず作らず……私は本当にそれでいいんだろうか?なんて今更ながら考えてしまう。
そして、今この足がまさに将来の場へ行こうとしていると思うと、ますます躊躇ってしまう。
もちろん最後に浮かぶのはお父さんの顔なんだけど。
「ま、剣道教室の先生向いてると思うけどね、俺は。教えんの上手いと思うし、ちゃんと試合でも強いし」
黙ったままの私に、タツヤがふいに言った。
その言葉に私は少し驚いたけれど、タツヤの嬉しい言葉はすんなりと私の中に入ってくる。
そうだ。グルグルと考えてしまう私の不安なんて、付き合いの長いタツヤにはきっとお見通しなのだ。そして私が家の稽古から、今は少しだけ距離を置きたい気持ちも。
歩きながらタツヤは続けた。
「道場で新しく入った奴が一年続いたらさアレあげるじゃん。頑張ったご褒美に。ほんとにちっちゃいミニ竹刀。おもちゃみたいなサイズの」
「ああ、あれ?そうそう。お得意の防具屋さんに作って貰ってるやつ。何気にチビッ子たちには人気あるんだよね。こっちとしては頑張って続けてるだけで充分偉いって褒めてあげたいだけなんだけど」
「それだよ。あれお前のアイデアじゃん?……だから、俺的にはお前が継ぐの良いと思うけど」
「そうかなぁ~?愚痴ばっかじゃん私」
「剣道が嫌いになる寸前のやつの窮地を救うことができるじゃん」
「あははは。てか、そこまで嫌いになったらもう難しくない?」
「そこは生徒会長の女将軍としての威厳を持つんだよ」
「ちょっと!まるで人を鬼みたいに言わないでよね。せめてイクみたいに女帝って言ってよ」
「あはははは。何だそれ。お前イクに何言わせてんだよ」
「勝手にイクが言ってるだけだし!」
「どっちにしろ変わんねーじゃん。似合い過ぎてウケるし」
もうめちゃくちゃだ。だけど私はすっかり笑っていたし、足取りは重いものじゃなかった。
昔っからいつもそうだ。むしろ私が剣道をくじけそうになったときに、一生懸命今日まで繋いでくれたのはタツヤだ。いや、今は唆されてると言うのが正しいか。
タツヤの操作一つで私は笑ったり思い直したり、ドキドキしたり。それこそおもちゃのようにうまく転がされてる。
もしかして私の気持ちにも気付いてるんだろうか?
多分、絶対に気付いてる。
だから私にこんなに強気で出てくるのだ。
私の気持ちをちゃんと全部お見通しだから、嬉しい事を言ってくれるし指だって触れてくる。
既に先手必勝の有効をとっているのを、タツヤはもう分かってる。
だったら私もとことん応戦してやろうじゃないの。
絶対に自分から言うもんか。
指に触れる以外の方法で、タツヤが私の事を好きだと伝えてくれるまで。
絡めている指先の熱を感じながら、読ませてくれない幼馴染に心の中で宣戦布告してやるのだった。
( 乙女に対して、今更言葉で言わなくても分かるなんて思うなよ )
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます