scene78*「かけっこ」
“ノンちゃんはかけっこ遅いから出なくていいよ”
そう言われた事を、ふいに思い出した。
この季節、やだ。
【78:かけっこ 】
「じゃあ、クラス対抗20人リレー、このメンバーで決定なー」
6限目のLHRでの体育祭の種目決め。
黒板にリレーの並び順にメンバーの名前を書くと、体育委員のカケイ君が楽しそうに言って、私は内心、どうしよう、と思った。
どうしようどうしようどうしよう。 あとでちゃんと言わなくちゃ。
適当に割り振られてしまったけれど、私は亀並みに足が遅いんだ。
そして昔それを理由に、ごくわずかな間だったけれど、友達とうまくいかなかった事があるんだ。
6限目終了のチャイムと共にみんなはお喋りしながら席を立つ。
はしゃいだ周りの声とは裏腹に私の心は冷え切っていて、掃除に行く途中のカケイ君を呼び止めた。
「カケイ君!あのっ、お願いがあるんだけど……」
「ミタニさん、どうしたの」
「えーと……リレーのメンバーから外してくれない……かな……」
「え?何で?だってメンバーが結構カツカツなの知ってんじゃん」
きょとんとしながら尤もな疑問をかけてくるカケイ君に、私は申し訳ないと思いながら本当の事を話そうとした。
「……そう、なんだけど…分かってるんだけど、実は……」
「カケイー!!!早く来いよぉ!!」
廊下から他のクラスメートの男子がカケイ君を急きたてるようにして呼んだ。なんて最悪のタイミング。カケイ君は声をかけてきた友達のほうに振り向いてひと際大きな声で返す。
「おう!今行くって!ミタニさん、別にメンバーチェンジについて、それは良いんだけど、できれば代わりの人見つけてね」
「あ、あの……うん。わかった」
「じゃあ、また何かあったら言ってね」
「……うん……呼び止めてごめんね」
「じゃあね」
「うん」
カケイ君は友達のほうへ駆けだした。
サヨナラのつもりで出した右手は中途半端に出かけたままで、止まった。
それからも私は掃除をしながらリレーの事ばかり考えていた。
代わりの人を見つけなきゃいけないのは当たり前だ。でも、クラスリレーだなんて、これに名前が載らない人はこの種目に出たくないのであって、一応代走OKのルールとなっているけれど、走りたくないから代わりにもう一度走って、なんて頼みづらい。
その中で唯一頼めそうな友人が頭に浮かんだ。
もうこの子しかいないかも。うん。面倒見が良いし一度頼ってみよう。
とりあえず掃除終わり次第すぐに捕まえて、ファストフード店でまずは接待をしようと考えた。
放課後のファストフード店は、学生で店内は混んでいた。
偶然席があいたところに友達と座ると、目の前の彼女は早速シェイクのストローに口をつけた。
頃合いを見て、まどろっこしいイントロはナシにお願いにあがる。
「カナエちゃん……あのさぁ、リレー」
「あ、その日あたし無理。イトコの結婚式だから。土曜日の大安」
「えぇ―――――っ!!??……ど、ど、ど、どうしよう……」
カナエちゃんはシェイクをかったるそうに飲んでいる。
「なに、どうしたのよ。にしても、シェイクってこれマジでやだ。ストローつまるし」
じゃあ何でいつもそれを飲んでるんだろう、と思いつつもその味だけが好きなのだそうだ。
カナエちゃんを食べ物で懐柔する以前に、もはや初めからムリだった交渉だという事が分かり肩を落とす。もしかしたらムシがよすぎるってことで天罰を下されたのかもしれない。
私は結局、事の顛末を話すことにした。
しかし話し終えると、カナエちゃんは私が思ってもみなかった事を言いだした。
「ノンさ、この際克服してみりゃいーじゃん」
「え!!??……だけど、絶対私の番でみんなテンション下がるよ……本当に遅いんだもん……」
「でもカケイだったら、代わりいないならとりあえず走れ、って言うよ」
「……そうかな」
「アタシだったらそう言うもん。ましてやカケイは体育会系でしょ?」
「まぁそうだけど……」
「それかさ、カケイに特訓してもらえばいーじゃんよ」
「えぇっ!??無理!そんなの無理だよっ!!」
するとカナエちゃんは物凄い速さで(本当に!)ケータイのアドレスを探しはじめた。 そして私が止める隙もないぐらいにアッという間にカケイ君と電話が繋がった。
「あ、カケイ?今あいてる?体育祭のことで今すぐに相談したいんだけど。 ってゆーか駅前のマックにいるから今すぐきて。今すぐだよ。関係ねーよ一大事なんだよ。 うん?え?うん。そう。交差点を左に行ったとこのマック。 馬鹿、そこモスじゃねーよ。前からずっとマックだよ。チャリなんだから5分以内で来い。じゃね」
そして一方的に切ってから、「あいつチャリで反対方向だからあんまわかんなかったみたい」と、何食わぬ顔して、通りの悪いシェイクを飲んでは再び顔をしかめた。
私は口をあんぐりあけたまま、カナエちゃんのその即行っぷりに驚いていた。
たしかに前から豪胆なところがあったりするけれど、こんな事をサラリとやってのけてしまうカナエちゃんは怖いものなしな子なんだと思った。 あの物凄い一方的な電話はきっとカナエちゃんだから許されるものであって、私がそんな事をやったらヒンシュクものだ。
5分より少しかかって、すぐにカケイ君がきてくれた。 カナエちゃんと一緒の私をみると、カケイ君は意外そうに驚いた。
「あれ?ミタニさん?」
「ノンがリレーの特訓をしてもらいたいんだって」
「ちょっとカナエちゃん」
「あー、別にいいよ」
「え!!??」
私はリュックを片側だけにかけて立ってるカケイ君の顔を思わず見た。
カケイ君は笑顔を浮かべて何にも知らなさそうな顔をして私のほうを見てくれた。
それが何だか急に恥ずかしくなって、顔が赤くなるのが悟られる前に下を向いた。
「ちょっとノン、アンタ自分でいいなよ。じゃあたし家帰るから」
「もう行っちゃうの!??」
「だってあたし関係ないもん。何で最後まで居なきゃなんないの。じゃーね」
「おう。じゃーなコジマ」
さっさと片付けて行ってしまったカナエちゃんを私は止める事もできなくて、 代わりに向かいの席にカケイ君はリュックをおろすと財布だけ出して、「ちょっと腹減ったから買ってくるわ」と、私を残しカウンターへと行ってしまった。
「で、特訓がしたいと」
「……ハイ」
「ってゆーか、1週間ちょっとで早くなるの無理だから順番でなんとか出来るよ」
「でも、私ホントに遅くて……」
「じゃーミタニさんの後、俺が走るよ」
「でもカケイ君は足が速いから他の人のも……」
「どっちにしろ当日こねー奴いるから何度も走る事になるからいいよ」
「そうなんだ……」
少しだけ素っ気無く感じた言葉にビクッとしながらも 、何とかなりそうな事実にほんの少し、ホッとした。
それにしても目の前のカケイ君はハンバーガーをバクバクと食べている。 話しながら次々と平らげる。
ハンバーガーにチーズバーガー・ポテトのLとナゲットにコーラのこれまたLサイズ。
男の子ってすごい食べるんだなぁとぼんやり見ていると、あからさまな私の視線にさすがに気がついたのか、すっかり綺麗に食べ終えたカケイ君と目が合った。
するとカケイ君は言った。
「そんなに心配しなくたって、誰にも文句言わせねーから。ミタニさん、得意じゃない走りを頑張ってやるんだからさ!大丈夫だって。ぜってー」
その言い方が、自然だけどとっても爽やかで、最後に向けてくれた屈託ない笑顔にドキドキしてしまった。
私は「あ、あ、ありがと!」と言って、ろくに残ってもないのに、無理にオレンジジュースを飲んだ。
少しだけ、ほんの少しだけだけど、ネガティヴは消えて、ちゃんと体育祭のリレーを頑張ろうと思った。
そして頑張って、バトンをカケイ君に渡そうと思った。
( いとも簡単に魔法の言葉で操られてしまったようです )
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