scene40*「お花」



私が花屋で彼を見かけたのは、それが初めてじゃなかったの。

あぁ、私にもうちょっと勇気があったなら。



【40:お花 】

  


「俺、サイジョウ。よろしく」

「……モトミヤです。よろしく、です」


同じクラスになって、委員会決めで同じ委員になったとき、はじめてきちんと挨拶した。


サイジョウくんはあの頃よりずっと背が高くなってて、髪も染めてピアスなんかもあけてて、ちょっと違う人みたいだった。

だけど話す声は、少し低くなってもあんまり変わらない気がする。

そうさせるのは元気の良い話し方をするからだろうか。


それと同時に、やっぱり、と思った。

やっぱり覚えてなかった。


当たり前だ。だってもっと小さかった頃のことだもの。

学校も違ったし、それまで全然会ったことなんてなかったわけだし。

それなのに同じ高校になっただけ、奇跡ってものだ。



高校に入学してまだ数週間。

桜はあっという間に散ってしまい、まだ皆が新しい友達と恥ずかしそうに接する中、サイジョウ君はもうクラスで知らない人なんかいないってくらいに色んな子と仲良くなってた。


そんな中でのホームルーム。

誰と組んで何をやるか様子を見ながらの委員会決めや係決めはちっともスムーズにいかなくて、むしろ立候補しちゃったほうが早いんじゃないかって思ったほど。

普段人見知りなくせにそういうのは立候補しようなんて矛盾してる性格かもしれない。

けれど、みんなが嫌々押しつけ合い、最後は自分にまわってきたりするほうがもっと嫌だった。

しかもそれが体育関係や文化祭実行委員だったらなおさら最悪だ。

だから私は勇気を持って、おそるおそる手を挙げたのだ。

……一応、なるべく地味そうな「掲示委員」に。



手を挙げるやいなや皆に注目されてしまい、もちろんものすごく恥ずかしくて小さくなっていたら、この状況に先生も困っていたのか「おっ!立候補とは素晴らしいな!」と声をかけてくれた。

その言葉に安堵した時、意外にももう一人「はい」と男の子の声がした。


声の主に注目すると……なんとサイジョウ君だったのだ。


それにクラスが思わずざわついて、私はぽかんと口を開けて驚くしかなかった。

サイジョウくんは何食わぬ顔して手を挙げたままだ。



「え、まさかのサイジョウかよ」

「サイジョウがやるんならあたしも手挙げればよかった~」

「先生ぇ~これって定員2名は変動しないんすか?」

「委員に関してはどれも各クラス2名って決まってるからなぁ。てことで、掲示委員は立候補してくれたこの2名で決まりだからなー。あとは立候補なら早いもん勝ちだぞお前ら」

「え、じゃあ俺、美化委員やるわ」

「お前が美化委員とかウケんだけど!汚部屋の住人が美化とかwww」

「うっせーし!」

「あはははは!じゃ、私は国語係やりたいでーす!」

「ユキがやるんなら私も一緒に国語係やるし!」


先生のあっという間の決のもと、みんなそれぞれ好き勝手な会話しながら次々と係や委員が決まっていく。

サイジョウ君の行動からスルスルとしたクラスの流れに、さっきまでの停滞していた雰囲気が嘘みたいだった。


HRは無事終わって、休み時間になった。

次の教科の準備をしていると、私の机の横に誰かが立つ気配がしたので顔をあげたら、そこにはサイジョウ君がいた。


「あ……」

「どーも」


私は何か言わなきゃと思いつつも、あんまりにも急だったせいで、ちっとも言葉が浮かんでこない。

むしろこういうときどんな会話をすればいいのか分からなくて言葉を失っていると、サイジョウ君のほうからしゃべってくれた。


「俺、サイジョウ。よろしく」

「……モトミヤです。よろしく、です」


名前言わなくたって知ってるよ。

だって君、クラスで人気者だし。

私の名前のほうこそ知られてないかもしれないけれど、と心の中で付け足す。

オウム返しのような言葉しか言えない自分の会話力の無さに悲しくなってくると、サイジョウ君が自分のポケットから私の机に何かを置いた。

コトッと音がしたそれを見ると……コーラ味のキャンディだった。

また見上げると、サイジョウ君はちょっとだけ照れくさそうにしながらも目をそらさずに言った。


「お近づきのしるしに。多分俺、テキトーだからメーワクかけると思うし、今のうちに謝っとこうと思って」


最後まで言うと今度はふいっと目線を外して、恐縮しっぱなしの私に「じゃ」と頭を下げて廊下にいる賑やかな友達の輪へと向かってしまった。

私の机にコロリと転がるコーラ味のキャンディ。

なんとなく、コーラって部分が彼らしいなと思わず笑みがこぼれた。



その後、サイジョウ君は見事宣言どおりに委員会の集まりには顔を出さなかった。

どうやら堅苦しい会議の場は苦手なようだ。

逆に私はそういうのに出席するのは苦じゃないタイプだから別に気にしなかった。

委員会への出席は私だけのことがほとんどだったけれど、そのかわりクラスに掲示物があるとほとんどサイジョウ君がやってくれた。

もちろん委員会内容の伝言程度だけど、彼と少しだけ会話するようになった。


サイジョウくんは賑やかなグループにだいたいいるけれど、私が何か伝えようとすると察して近づいてきてくれたりするし、私のたどたどしい伝え方にもゆっくり相槌をうちながら最後まで聞いてくれる。

それがすごく優しくて、初めて会った昔のことを思い出してしまう。

それを言おうか考えてしまうけれど、私が心で静かに迷っているうちに彼は賑やかな輪へと戻ってしまうのだから、それはそれでいいのだと思っていた。



そうして半年以上たった頃。

この日は一緒に暮らすおばあちゃんの誕生日だった。

帰りにプレゼント用のブーケを買うつもりで最寄り駅についた私は、そのまま花屋へと向かっていた。


駅近くにあるお花屋さんは、小さいころから何かお祝い事があるたびにお世話になっている。

顔を出すたびにオーナーさんの奥さんが花のような明るい笑顔で出迎えてくれるので、子どもの頃から大好きなお店のひとつだ。

だけど、今日はお店に入る手前で思わず心臓が跳ね上がりそうだった。


なんと、サイジョウ君が店の前にいたのだ。


うちの制服と、髪の毛がちょっと派手だからすぐに分かった。

あれ?でもサイジョウ君の住んでるところは私の住む町より2駅先なはずと思いながらも、何となく挨拶するのが恥ずかしい私は心構えなんかできずに、不審者みたいだけど近くの電話ボックスに隠れながら様子をうかがった。



サイジョウ君はオーナーのおばさんと話していて、カバンの中から出した小さな紙袋を渡したようだった。

そしてまた何か喋って、もう行くと言ったように手を振ってこちらへ向かってきた。


私は思わず近づいてくるサイジョウ君に背を向けて、ケータイをいじるクサイ演技までして通り過ぎるのを待った。

もちろんサイジョウ君は私に気づくことなく後ろを通り過ぎ、駅の改札へ入って行く。

その背中を見て、知らないうちに息まで止めてた自分があまりにも小心者すぎて、情けないため息がでた。



とりあえず一番の目的の花を買って帰らないと。私は気を取り直してお花屋さんへと入ることにした。

駅前通りに開かれたお花屋さんは昔と変わりなく、店先からはほのかな良い香りがしするので通り過ぎるだけでもなんだか素敵な気持ちになる。

店内に入ればもっと色々な香りに包まれるので、幸せな香りが体の中いっぱいに満ちた瞬間、さっきまでの憂いは消えてしまいそうだった。

店内に入るとおばさんはすぐに私に気がついて、昔から変わらない花のような笑顔で出迎えてくれた。


「あら、久しぶりね~!学校帰り?」

「お久しぶりです。おかげさまで無事に高校生になれました」

「やっぱり高校の制服、可愛いわね。女の子は高校生になると、どんどん綺麗になってくわね~。今日は何のお花にする?贈り物?」

「あ、はい。今日おばあちゃんの誕生日なんです!なので、うーんそうだなぁ……。おばあちゃん可愛い色大好きなので、ピンク色中心にしてブーケ1000円くらいで作ってもらえますか?」

「相変わらず優しいわねぇ。はい!承りました。じゃあちょっとだけ店内で待ってもらってていいかしら?」

「はぁい。お願いします」


さっそくおばさんはピンク色のガーベラをはじめに、明るい可愛い色の花をチョイスして素敵な色の包み紙とリボンを数種類出してくれた。

私は淡いグリーンの包み紙と白いステッチのある赤いリボンをお願いした。

おばさんは手際よくお花を配置しながら思い出したように言った。


「そういえばね、おばさんの甥っ子も高校入学したんだけど、毎日楽しいみたいよ。カナちゃんは学校どう?楽しい?」

「2学期になってもうすっかり友達にも慣れて楽しいです。でも人見知りなんで、あんまり友達多くないかもしれないんですけど」

「まぁ、高校はまだ残り2年間もあるから大丈夫よ~なんかうちの甥っ子の話の後にカナちゃんの顔見たら懐かしいこと思い出しちゃった」

「え、何ですか?」


おばさんは懐かしそうに、だけどちょっと愉快そうな笑みを浮かべながら続けた。


「カナちゃんがまだ小学生だったとき、今日みたいに贈り物にブーケを頼みにきたときに、たまたま遊びに来てた甥っ子がカナちゃんにブーケの花を無理やり選んだことあったなって」

「あ、覚えてますよ。あの元気の良い男の子!あの子甥っ子さんだったんですか?」

「たまたまね、お姉さんから預かってたときだったのよ。あの子張り切っちゃって、カナちゃんが困り顔しながら、それでもあの子がチョイスしたお花にしてくれて良い子だなぁって」

「あははは。忘れないですよ。だって、私何にもお花決められなくて、あの子がいて助かっちゃったくらいです。たしか色とりどりのお花になった気がします。お友達のピアノの発表会にあげる花束だったんですけど、お友達も綺麗って喜んでくれましたし」

「なら良かった!実は甥っ子もさっき寄ってくれたんだけどね……ってそのブレザー、もしかして同じ高校かも。はい、ブーケできあがり!」

「え……」


出来上がったブーケを持ってくるりと向いたおばさんは、私のブレザーを改めて確認して「やっぱりそうだわ」と一人納得していた。

じゃあ、さっき、サイジョウ君がここに寄って話してたのはもしかして……。

私は意を決して聞いてみた。


「あの、もしかして甥っ子さんって、サイジョウ君ですか?」


するとおばさんは「まぁ!」と驚いてから「なんだ、知ってたの?そうそう、マコトよ~。カナちゃん、マコトと同じクラスとか?」と鋭いところを突いてきた。私は他に答えようもなくて、正直に言った。


「……はい。サイジョウくんと、同じクラスで、委員会も同じだったりします」

「なんだぁ!もっと早く教えてくれれば良かったのに~!マコトも全然そういうのは教えてくれないからなぁ」


私はカバンからお財布をだしてぴったりお金を支払う。おばさんから受け取ったブーケからうっとりするようないい香りがした。


「……さっきの、私がちっちゃいときの話、サイジョウ君って覚えてないですよね」


何となく心の声がポツリと漏れた。

私はすぐ我に返って「いや、何でもないです」と言うと、そんな私の慌てぶりにくすりとおばさんは頬笑み、信じられないことを言った。


「覚えてるわよ。あの子」


「え!!?」


「だって、高校入学してから『花屋で会った女の子が同じ教室にいた!!』って興奮して教えにきてくれたことあったもの。まぁ、うちの花屋も色んな人くるし、どこかのお母さんと一緒に来た女の子なのか、違うお花屋さんでの女の子なのか分からなかったから、それがまさかカナちゃんだとは……って、たった今繋がった気がして私もちょっとビックリしてる」


その言葉に、目の前に星が落ちたようなキラキラした感覚がした。

ちょっぴり恥ずかしいような、でもすごく嬉しいような何とも言えない感情がパァーッと心を駆け抜けていく。

私はたまらずに言った。


「同じです!私も同じクラスにサイジョウ君いて、あの時のお花選んでくれた男の子がいる!ってビックリしたけど……でも覚えてるのが私だけだったらって思ったら、それについては話しかけづらくて……」

「まぁ、あの子も照れ屋なとこあるからね。あの時もカナちゃんがバイバイした後に、あの子どうしたかな、お花喜んでくれたかな、またきてくれるかなってすごいソワソワしてて面白かったんだから。これも何かの縁だと思うし、良かったらマコトと仲良くしてあげてね」

「……はい…あの…ありがとうございます!」


おばさんの優しい言葉に、何だか胸がきゅっとなる。

そして、さっき話しかけずに隠れてしまった自分が恥ずかしくなった。

心なしか花束を抱える腕に少し力が入りそうな自分に気づいた。



お礼を言ってお花屋さんを後にする。

おばさんは優しく手を振ってくれたのを見て、私ももう一度お礼を言って手を振った。

サイジョウ君と話すなんてまだ少し緊張するけれど、もしサイジョウ君が本当に覚えていたら……。

春の委員会決めの後、どんな気持ちで私の机に挨拶にきて、あのコーラのキャンディをくれたんだろうかと考える。

もしかして彼も、私は覚えていなかったらっていう同じ気持ちだとしたら……。

思わず立ち止まる。


「……ちゃんと、話せるようになんなきゃ」


そうして、もっと仲良くなって昔の話ができたら。


同じ教室になってから知らず知らずにサイジョウ君を目で追ってしまうことや、他愛なくする会話一つでもドキドキしてうまく答えられなくなってしまうこと、いつも私だけしか覚えてないのかなって切ない気持ちになっていた。

だけどもうちょっと話せるようになって、仲良くなれたらその行き場の分からなかった気持ちの答えが、見つかるかもしれない。


私はクラスでは大人しいし、サイジョウ君は賑やかなグループだから簡単に話に行くのは気が引けるけれど……


でも、いつも後ろ姿しか見ているだけしかできない自分は、やめようと思った。




「うん!明日は、ちゃんと挨拶しよう!」


誰もいないのを良いことに、声に出してみる。

不思議と声に出したら、何だか出来そうな気持ちになってきた。

自分の心は自分が一番応援してあげなくちゃ。


サイジョウ君はびっくりするかもしれないけれど、それでもいいや。

小さなことだけれど、できることから勇気を出そう。出すんだ。

そう決意して私は足早に歩き出す。

早く明日へ行きたいみたいに。




( 女の子は、決めたらどんどんつよくなる )

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