scene4*「ともだち」
その冗談に、ちくりと胸が痛んだ。
あたしのこと「女の子」として見てくれたっていいじゃない。
【4:ともだち 】
弱ってる相手を見ると、心がキューンと惹かれてしまうことって、本当にあるんだ。
「俺、もーだめかも」
「何言ってんの。リオ、彼氏いないんだしイケるってば」
「だめ。勇気でねぇ。すげーびびってんよ」
「ビビリに女の子はなびかないって!」
一日の終わり、タツミを励ますのはあたしの日課である。
タツミは現在片思い中。お相手はタツミと同じクラスのリオ。
タツミとあたしとリオは高1の時同じクラスで教科係が一緒で仲良くなった。
高2になってあたしだけ二人と別のクラスになって、それでも友情は続くんだと思った。
リオとあたしの友情は続いてるけど、タツミとリオは友情ではない。
少なくともリオのほうは友達でいるつもりでも、タツミはそうじゃないってことを、1学期の梅雨の時期にタツミから相談を受けた。
感想は、正直悲しかった。
男女の間での友情を信じて疑わなくて、タツミがリオにそーゆー感情持つなんてこれっぽっちも思ってなくて、何だか胸が痛んだんだ。
だけどタツミは良い奴だし、リオも彼氏いないって言ってたし、あたしはタツミを密かに応援することにしたんだ。
それなのに、そこで思わぬ誤算が生じたのだ。
報われないと落ち込んででも、頑張るタツミを傍で応援して「タツミを笑わせてあげたいなぁ。私が幸せにしてあげたいなぁ」なんて気持ちを自分が抱くようになってしまったのだ。
正直辛い、と思った。そのことに気付いて早2ヶ月だ。
「でもリオとは話すんでしょ?」
「向こうは何も想ってないから、いたって普通」
「じゃーもうガンガンいけばいいじゃん」
「気まずくなっても嫌だべ」
「恋の代償よ。それくらいは覚悟」
はぁーっとため息をついたタツミ。
こういうとき、歯がゆさにイライラしてしまう。
それと同時に、悲しくなったりもする。
それでも笑顔を崩さないあたしは偉いと思う。
そう思わなきゃこんな役目、嫌で嫌でたまらないよ。
どうしてあたしばっかりタツミの気持ちについて相談にのらなきゃいけないの?って思う時さえある。
だけど仲の良い子に相談すると、そりゃ意見賛否両論になるから、誰にも私の気持ちを打ち明けられなくなった。
そんなこんなで今日もタツミを励まして、タツミは『 頑張るわ 』と暢気に立ち直って、それで明日また報告&相談するのだ。
なんて女々しいタツミ。 あんまりにも鈍感で殴りたくなるよ。
すごく辛くて嫌になるときだってあるのに、そこを可愛いなんて思っちゃうあたしはバカだ。
そんな矢先に、決定的に望みなしの状況が訪れる。
いつものように教卓に突っ伏してタツミが言った。
「俺、もーだめだわ」
「はぁ?またそんなこと言ってんの?」
「リオに彼氏ができた」
「はぁー?……って、えぇ!?い、いつ!?え?!いつの間に!??」
「正確には” 彼氏ができてた ”」
頭の中は混乱でいっぱい。
そんな話聞かなかったし、驚きで真っ白になってるのと、
もしかしたら、って希望が頭に駆け巡っている。
「違う学校の男だと。しかも同じ中学で同じ塾だったらしい。あーあー。参ったっつの。いきなり誕生日プレゼント、男は何がいいかって言われて。……マジ、それこそビビッたっつーの」
ハハハ、と顔を上げて情けなさそうに苦笑いでごまかしてるタツミ。
ばかじゃないの。笑ってるつもりでも、泣きそうな顔してるよ。
なんでリオのこと好きになってんの?なんであたしに気づいてもくれないのよ。
なんで、いっつもあたしなんかに相談するのよ。
何かを言おうとするけど、喉の奥で詰まってるように苦しくて何も言えないあたしに、タツミは悲しそうに笑って「ホントいつもありがとな」って呟くように言った。
しかしその言葉を聞いた瞬間、何だか癪に障った。
それなら私も本当のことを言えばいいのに、どうして優しい言葉をかけてしまうのか。
我ながらつくづく損な性格だなって思った。
「あ、で、でもさ、良い経験だって思えば…いいじゃない。そりゃタツミを応援してたあたしとしては、ざ、残念だけどさ!……タツミにはもっとしっかりした、女の子の方がいいかもしれないよ」
何を焦ってるんだろう。
弁解みたいだこれ。本心じゃないみたいな台詞。
喉がカラカラに乾いて、でもそれ以外に何て声をかけて励ましたらいいか、分からなかったのだ。
すると、タツミはまたしても情けない笑顔で言ったのだ。
「ヒロカみたいなかっこいい奴、好きになったほうが俺にはいいのかな」
「え……」
「なーんつってな。こんな俺みたいな奴しょーがねーべ。ごめん。なんかすげーお前に甘えすぎだよな。ホントありがとな」
「あのね、タツミ、」
「いーっていーって。気を遣わなくってさ。悪い冗談言ってごめん。それにしても失恋って、気弱にさせるもんだな」
失恋で気弱になったからってそんな冗談、マジわけわかんないよ。
私の本当の気持ちが悪い冗談って言われた気がして、胸が痛んだ。
そう思ったら自然と涙がこぼれた。
それを見たタツミから笑顔は消えて、驚いてた。
あたしは何も言えなくなって、気がつけば嗚咽していた。
「タツミのばかぁ~……」
「ヒロカ?ご、ごめん」
「知らないよもう~……っく……」
泣きだしたら、もう止まらなかった。
「冗談でも、そ、そんなことっ……言わないでよっ……本気じゃないくせに……そんなのって……あたし馬鹿みたいじゃんかぁ……」
胸が張り裂けそうだ。鈍感なこいつを殴ってやりたい。
だけれど、タツミも失恋したてで、
そんなタツミから馬鹿みたいな冗談をもらうなんて、
あたしも失恋したみたいだ。
友達以上に見てないから、そんな言葉が言えるのであって……。
全部全部、言ってしまいたいけど、今のあたしにはとにかく無理で。
「なんか……ごめんな……?」
タツミは訳も分からないようにあたしの頭を撫でていて、
あたしもこの恋の意味が分からなくなっていた。
窓の向こうには、秋の眩しい夕日はもうどこにもなくって、群青になりかけた空に一つだけ星が光っていた。
( 恋と友情の在り処 )
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