scene3*「森の中」


「森ガール」とやらになりたい私。

そんな私と、「森の中を歩きたい」という彼氏。



【3:森の中 】



「あ~マジでこの女優さん可愛いんだけど。最近映画にもひっぱりだこの子だよね。ホラ、この服とか超カワイイし」

「あーハイはい。森ガールね、森ガール。略して森ガ」

「何かそんな風に略されるとイラッとするんだけど」


部屋で一緒にご飯を食べた後のコーヒータイム。

私はファッション雑誌に夢中で、ごろごろしながら読んでいた。彼氏はかったるそうにテレビを見ながら私を茶化す。いつもと同じ光景だ。


森ガールというのは、北欧の物語や、森の中にいるような雰囲気の服装をする女の子だ。

レースとかブーツとかニットとか、カジュアルでナチュラルで、それでいてガーリーな感じ。

しかし、そんな事を彼氏に説明すると

「うっわ。なにそのギョーカイ用語みたいなの。わっかんね~」 とバカにする。

そのくせナチュラルな女優さんのほうが好みなんだから、またそれでイラッとしちゃう。


「なぁ」

「ん?」

「じゃあさ、今度その森ガみたいな格好して、森でも歩いてみようか」

「え~。何それー。てか森ガはやめろ、森ガは」

「いいじゃん」

「じゃあ、気が向いたらね」

「気が向いたらじゃ困るんだよ」

「はぁ?」

「森の中、歩こうぜ。ガチで」

「頭打った?どしたの?」

「打ってない、打ってない。で、歩く?」

「あーはいはい。分かりましたよ」


投げやりにそう言ったら、いきなり爆笑された。

その状況が私にはまったく理解できず、問いただすと、彼は笑いながらこう答えた。


「俺の仕事さ、装丁のデザインじゃん?それでこないださ、本屋である小説の表紙が目に留まったから手にとったわけ。恋愛短編集だったんだけど、中身も大事だからちょっと読んでみたんだよ。その中で、ある作家さんのストーリーの中に、こう書いてあったんだ。

どこかの民族かも俺忘れちゃったんだけどさ、要はそこの民族で「君と森を歩きたい」って言うのは「セックスしたい」って意味なんだって。

逢い引きできる場所が森しかないとこなのか、人目につかないでデートしたりセックスできる場所がそこしかないから、昔からそこの民族の間じゃ、そういう意味なんだって」



バカじゃないのか。

思わずそう言うと笑いながらもゴメンごめんと、起き上がった私の頭をポンポンと撫でた。


ああもう。果たしてそれは、その国では、愛の言葉なのかどうなのかしら。

なんかこういうバカな部分も、私は大好きなんだろうな。だけど悔しいから、


「アンタと森の中なんて、迷って出られないから遠慮しとくわ」


意地悪にそう返してやると、彼はまた、笑ったのだった。





( それは「結婚貧乏」というアンソロジーでした。 )

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