夜腕(ナイトアーム)

39塾長

Act1,トーキョー・キチジョージ

 ここはトーキョーの住宅街の一つ「キチジョージ」。この町でボクは、新しい自分と出会うと同時にボクの身体がおかしくなってしまった。

 ボクは一ノ瀬玲二いちのせれいじ、高校入りたて。勉強は人並みにできて運動神経は中の下といったところ。そんなボクには一つ大きなコンプレックスを抱えてる、それは「存在感が無さすぎること」だ。いつも集団行動する時、誰にも呼ばれずに一人になることが多い。今日もそうだった。ボクだってたまには目立ってみたい。小さい時から今に渡って大好きなアニメや特撮のヒーローの様に一度でもいいから活躍して目立ってみたい…多分無理だろうな。

 …そう思ってた。

 時々ボクは気分転換で夜風にあたって星を見ながら近くの公園まで散歩することがある。今日もボクは夜道を歩いて気分転換してた時だった。疲れてるのだろうか、何か真っ黒いモヤのようなのがいくつか見える。オバケかな?だとしたら見えるのおかしい。じゃあ猫とかの小動物?でも不自然に浮いてるし…昨日までこんなものは見えなかった。一体何なんだ?するといっぱいいるうちの一匹(?)がボクに気づいて近づいてきた。どう考えてもこれは危ないものだ。すぐに逃げようとしたらしたで何かしてくるに違いない。少し考えすぎかもしれないけど、これくらい警戒しないとヤバいやつかもしれない。そっと動けば相手を刺激しないで済むはず…深く考えすぎてたその時だった。黒いモヤが襲い掛かってきた。危ない!と感じたその時だった。横からスーツを着た少しチャラそうな男性がモヤに突進して一撃で消滅させた。助かったのはいいけど彼の身体はどうなってるんだ?顔の左側は真っ黒になっていて左目も変な形になっている。左腕はクワガタみたいのがついてて…これは一体どういうことなのか…

「大丈夫?その様子だとヤツに取り憑かれてないね。」

「あ…ありがとうございます。あの、今のは一体…。」

「あーその説明は後にしよっか。ここに居っぱなしは危ないよ?さっきみたいなのがいつ来るか分かんないし、家まで送ってあげるから落ち着いたら説明するよ。」

 …いろいろブキミに感じたけど、この人は悪い人じゃなさそうだ。ボクは彼と一緒に帰り道を歩くことにした。

 彼の名前は才賀陽介さいがようすけさん。ドーゲンザカという街の出身のサラリーマンだそうだ。チャラチャラした雰囲気に見えるが、すごく仕事ができるらしい。彼はこの町に営業に来ていてその帰りだったそうだ。

 陽介さんと互いに自己紹介した後、ボクは彼の不思議な能力のことが気になって仕方がなかったので、勇気を出して聞いてみた。

「俺の能力の前にまずあのバケモンのことから説明したほうが分かりやすいからそっから話すな。アレは『ネガシャドウ』ってね、人間や動物、モノのストレスや裏の心につけこむおっかないヤツでね、取り憑かれたら心を失って見境なく暴れるようになってしまうんだ。取り憑く前でも厄介なのに取り憑いたあとなんか凶悪さが増して警察でも手に負えない存在になるんだ。…そんなものどうやって倒すんだって?そこで君が気になっていた能力の出番。ネガシャドウに対抗できる能力、それがさっきの『夜腕ナイトアーム』。さっき見たろ?俺の左腕がクワガタみたいになってたアレ。こいつでネガシャドウをうまいこと攻撃すればヤツらを撃退できるってワケよ。別の物で例えるならネガシャドウという『ウイルス』を夜腕という『ワクチン』で撃退するってカンジ?」

 …なんとなく理解した。

「それで、その夜腕はどうやって手に入れるんですか?」

「あーそれ聞いちゃう?まぁいいけどさ。これ元々ネガシャドウなんだよ。こいつが取り憑いたとき、完全に侵食されるまでに心の底から前向きな事を全力で考えてネガシャドウを倒すって強い心を持つんだ。そうすればヤツの悪の心に打ち勝ってヤツの邪心を除いた力を手に入れることができる。これが夜腕。ちなみに俺クワガタの夜腕だったけどどんなタイプの夜腕が手に入るかは定かじゃないのよ。」

「前向きな事を考えて立ち向かう…そうすればボクも…。」

「止めときな。」

 何故止められたか分からなかった。どうしてボクは手に入れてはいけないのか全く理解できなかった。すると陽介さんは続けてこう言った。

「どういう事情か分からないけどさ、これはガキの遊びじゃないのよ。一歩間違えたら取り返しのつかないことになるし、ヒーローってのはいつだって死と隣り合わせなもんだ。君にそんな覚悟あるかい?」

 何も言い返せなかった。確かにボクはとても弱気で夜腕を手に入れる条件を持ち合わせてないかもしれない。諦めるしかなかったボクは家の前に着いたので陽介さんと別れて帰宅した。

 …数日後、まさかボクも夜腕を手に入れることになるとは思いもしなかった。いつものように夜の散歩をしていた時だった。帰り道でネガシャドウと遭遇してしまった。危険だ…気づかれないように逃げようとした。だがこの状況、うまく利用すれば陽介さんのような夜腕を手に入れるチャンスになるかもしれない。けど陽介さんの言う通り生半可な気持ちで手にしてはいけない能力…諦めてやっぱり逃げた方が…どうするべきか迷っていた時だった。背後から別のネガシャドウがボクに取り憑いた。この瞬間、全身に言葉じゃ表現できない激痛が走り、ものすごく息苦しくなった。このままだと死んでしまうかネガシャドウに支配されてしまうかもしれない。こんなところで死にたくないし、支配されたくない。…もう迷ってる暇なんてないんだ。ボクは陽介さんの言ってたことを思い出した。

『前向きな事だけ考えろ』

 ボクは苦しみながらも必死に前向きな事をひたすら考えた。「一度でもいいから目立ってみたい。」「憧れのヒーローみたいになりたい。」そして今思いついたこの思い。

『こんなヤツに負けたくない!』

 この三つを力強く、そして心強く思った時だった。身体にまとわりついたネガシャドウが顔の左半分、そして左腕に収束されていき、左目は陽介さんと似たような不気味な光を宿した目になり、左腕はロボットのようなものに変貌した。変貌と同時に激痛も嘘のように消え去った。…やったんだ、ボクは夜腕を手に入れることに成功したんだ!不思議な力がみなぎってくる!今ならネガシャドウを倒せるかもしれない。試しに目の前にいるネガシャドウを思いっきり夜腕で殴ってみた。殴られたネガシャドウは吹っ飛び壁にぶつかると同時に消滅した。これが夜腕の力…まるでヒーローになった気分だ。そう思いながらボクは周りのネガシャドウにラッシュを決め、次々と倒していく。後一体、そいつを倒せば…と思ったらそのネガシャドウは慌てて逃げて行った。勝った。ボクは勇気を出して悪に立ち向かったんだ。気を抜こうとしたその時だった。

「うわぁあああああああああああ!」

 さっきのネガシャドウが逃げた先から悲鳴が聞こえた。あれは逃げたんじゃない、標的を変えたんだ!急いで悲鳴のするほうに駆け付けた。予想が的中していた。さっきの逃げたネガシャドウが人を襲おうとしている!

「な、なんだテメェ!近づくんじゃねぇ!一体何なんだよ!」

 このままだとネガシャドウに取り憑かれてしまう、でもこの距離だと間に合わない!なにか銃みたいに何か飛ばせたら!そう考えながら左腕を前に出した時だった。左手の掌から青白い雷光を纏った球状のものが発射され、遠くにいるネガシャドウに命中し、消滅した。…これも夜腕の能力なのか…それよりもさっきの人は無事だろうか!?ボクは安否を確認しに彼の元に駆け付けた。

「…今のお前がやったのか?すまねぇ、助かったぜ…それよりその目と腕は一体…」

「ゆっくり話してる余裕はないと思います、この時間、さっきのがまだうようよいるかもしれないので早く帰ったほうがいいと思います!」

「お、おぅ、助かったぜ!ありがとな!」

 なんとか避難させることに成功した。辺りを見渡してももうヤツらの気配を感じなくなった。今度こそ本当に勝ったんだ!ネガシャドウにも、弱気な自分にも打ち勝てた…この時本当にヒーローになれたんだという優越感に浸りながら家に帰った。


 ~それから数日後~

(陽介)「あれ?最近この辺でネガシャドウ見なくなったな。まさかあのガキンチョが?…まさかね。まぁいっか、平和が一番だわ。」

夜に出会った謎の生物『ネガシャドウ』、そしてそれに対抗する『夜腕』。能力を得たボクはネガシャドウを倒すべく、闇夜に紛れて戦うヒーローとして新たな人生を歩み始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る