紙片舞ウ夜宴

遊月奈喩多

第1話 わらわらと集まるは

 都心部から少し離れた、こぢんまりとした街。住平すみひら町と呼ばれるその街に暮らす者たちには、ある共通点があった。これは、それが故にある種の連帯感を持ち、それが故に時にぶつかり合うことのある、彼ら住平町民たちの物語。


 そして今日も、いつものごとく……。


「へぇ、『気まぐれ』の旦那は雨好きなんだなぁ~」

「まぁね。晴れてると楽は楽だけど、雨の日も雨の日でなかなか普段見られないものを見られたりするし」

「そういうもんか? 俺は何だかんだ言って、う~ん……」

「『夜空』は、星が出るような晴れた夜だよね? それも、どこまでも声が伸びていきそうな澄んだ場所で迎える夜が」

「あぁ、それはあるな」


 うんうん、と頷く『夜空』と呼ばれた青年。傍らに大事そうに置かれているギターケースには時計をモチーフにしたと思しきペイントがされており、光り輝いているようにさえ見える。

 リーズナブルではあるもののセンスを感じる着こなしをしており、街に出ればそれなりに人目を惹くであろうルックスの彼は、目の前に座る青年――『気まぐれ』の話を前傾姿勢になって聞いている。


 旦那――と呼ばれているものの、『気まぐれ』も決して年齢が大きく上回っているというわけではない。『夜空』よりも少し年上であることは確かなようだったが、まだ20代半ばといったところだろうか。

 落ち着いた色味の服装は落ち着いた雰囲気のカフェにマッチしており、本人の物腰も落ち着いたものであるため、見た目以上に雰囲気が『夜空』より大人びている。


 温かくサクッとした食感のBLTサンドを頬張る『夜空』が、落ち着きなく店内をキョロキョロと見回す。「どうした?」と尋ねる『気まぐれ』に、少しだけ声を落として答える。


「あのさ、『徒花』姐さんが来るってほんとか?」

「え? うん、まぁまだだから、忙しいだろうけどね。どうしたの?」

「いやぁ、なんつーか、愚痴多そうだな、ってさ」

「まぁ、いま暗めの展開みたいだからね。だからこそテーブル席にしたわけだし」

「大変だなぁ、ってか大変だったなぁ、『気まぐれ』の旦那もさ。あれこそ、食事の場面以外は終始暗めだろ?」

「うーん、まぁねぇ……」


 そう言っている間にもドアは開き、玄関ドアのベルが軽快な音と同時に「おー、いい感じに落ち着いたところだねぇ」という、鈴を転がすような声が聞こえてきた。

「あっ、いたいた! お待たせ~」

 そして、どこか緊張した面持ちの『夜空』と、にこやかな顔を張り付かせている『気まぐれ』のふたりを見つけて微笑む彼女には、どこか周りを惹きつけるオーラに似た何かがあるようにも見えた。

 しかし、つやのある微笑みはテーブルに着くまで。


「あのさ……、最近あたしの展開重くない? たぶんあたしに求められてたのって、そういう百合じゃないんだと思うんだけど」


 ある特殊なものたちの住まう街、住平町。

 古くは墨片すみひら町と呼ばれていたこの街に住んでいるのは、人間ではない。


 この街に住むのは、物語。


 普段多くの目に曝されている物語たちが、束の間の休息をとる街なのである。

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