第13話 自由恋愛なお仕事②

 猫ふんじゃった、猫ふんじゃった、猫ふんだら、お池にはまってさぁ大変!

 俺は思考を明後日の方向にぶっ飛ばした。


 ここは場末なのに奇妙な演出がなされている。一応は男女の出会いの場だからか道の両脇に釣り下げられた赤い紙灯籠かみどうろうほのかに暖かく幻想的な雰囲気さえ醸し出している。でも見上げれば、向かいの飲食店の二階窓からは成り行きを面白がる客のニヤついた顔が覗く。やっぱり場末だ。だがこんなディープゾーンに来る客だけに動じてはいない。騒いでるのは物影に隠れヒソヒソと囁く、住人達だった。

 仲裁もせずに……それはざわざわと重なり合いまるで波音のように聞こえてくる。


 ここにチクる奴はいないと、そう判断をして改めて状況を確認した。

 必死に止めるヤン・クイを余所にひも野郎の殺気は収まっていない。

 

 そしてうずくまっているおっさんもくすんではいない。怒りなのか嫉妬の感情なのかそこにはちらちらとメラつく炎が見え隠れしている。


 つまりこのままひも野郎がエスカレートすれば警察沙汰。そしてこの男を逃がしても確実に警察に駆け込んで、ここは暫く営業停止。神は選択肢を用意していない。



「ちょっとこのスマホ持ってて、頂戴っ!」

 急に声をかけられてポカンとしているルビーとサファイアだったがいち早くヤン・クイが我に返り俺のスマホを怪訝そうに受け取った。


 俺は腰に手を当てて、小さくスキップしながらおっさんに近づいた。こんな時は、相手の予想外の動きをするのが得策だ。殴り合いになれば、俺が負ける恐れもある。

 案の定、おっさんは毛虫を見るように怯えている。その手に数枚の万札を握らせ、俺は耳元で魔法の呪文を囁いた。


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 おっさんは先ほどとは別の種類の怯えで目を瞬かせ、腰を上げてその場から起き上がった。そして俺がうなずくと小走りに逃げていった。


「おいっ! なにしてくれてんだ?」

 遅れて我に返ったひも野郎がすごんできたが、黙って金を差し出した。


「はぁ! なんだこれは?」

「なにって借りてた金だよ。それとさっきのおっさんが遊んだ分も」

「…………はぁ? なんでおまえが? それにあの金は……」

「借りた金は返す。あぶく銭が入ってさ。さっきのおっさんの分は……まあいいや、どうせあぶく銭だから」

「どうやって?」

「あ、そうそう。これだけはもうちょっと借りとくよ。なにせ片目は格好悪いから」

 金の出所には答えず、俺はサングラスのブリッジを人差し指でそっとあげた。片目と言う言葉に気が咎めたのか「チッ!」と舌打ちだけを残してひも野郎はその場からぷいっと、どこかに消えていった。問題は……すべて解決した。

 スタンディングオベーションが起こり、鳴り止まない拍手の中、周りにわらわらと人が集まって来て熱い抱擁……とは、だがならなかった。

 イベントが終わったことを詰まらなそうに二階の窓が閉められ物陰から人が仕事に戻りざわめきが収まっただけだった。ほの赤い道に、俺とヤン・クイだけが残った。


「……ヒロユキ。あんたジャンなんかと付き合ってるから遂に盗人になったのかい? 情けないよ。あんたはさえない男だけど悪いことだけはしないと思ってたのに……」

「いや、誰がさえない男やねん。ヤン姉さん言い過ぎっすよ。これは仕事……まあ、仕事はこれからだけど……真っ当な金……いや真っ当でもないんだけど」


「国籍もないのにスマホなんか買って……」

「いや人をなんだと思ってるんっすか、毎回毎回からかって! それより彼氏さん、どうしちゃったんです? いつもの雰囲気じゃない」

「この前の一件でヒロユキがマリオに一目置かれたからじゃない? あの人マリオにあこがれているから……それよりお金ほんとに大丈夫? スネークアイに渡ったからもう返してって言っても通用しないよ?」

 俺はあえてマリオって誰ですかとは問いたださなかった。


「姉さんには恩がありますからね。それに……これで踏ん切りが付きました」



















 

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