第12話 自由恋愛なお仕事①


「探しもの……か」

 時刻はてっぺん。この頃合いになると売春宿の活気も一段落する。売春宿と言っても女は常駐してはいなくて、そこには明確なストーリーが存在する。

 道ばたで男女が一目惚れして恋に落ち、宿屋の主人に普通では考えられない金額を支払い15分~料金次第で部屋を借り愛をはぐくむ。ことが終わればあっけなく愛は冷め、二人は別れる。つまりそれは金銭授受のない自由恋愛。ま、屁理屈だけど……


 最初に拾ってくれたのはジャンだが、実際に命を救ってくれたのはここのひとだった。厨房に残っていた切れ端のモツをかき集め、鍋にして振る舞ってくれた。最初から、それが目当てだったのだろう。助けたジャンも隣で食っていた。やさしい女たちの城。


 だからその裏手の路地には粘つく排気口がない。二階には、城の唯一の窓がある。

 ぶっとい配管がにょきにょきと生えて狭苦しいけれど、考えごとをするならここが一番落ち着く場所だ。


「探しものは……見つけにくいものですか?」

 新宿から横浜までくる電車の中でも脳裏に歌が流れていた。母親が口ずさんでいた古い歌謡曲。俺はもしかしたら悪魔の契約をしたのだろうか?



 ざわざわ

      ざわざわ                  ざわざわざわ

           ざわざわ      ざわざわざわ

                ざわざわ

 


 

「チッ! うるさいな、こんな時間に」

 裏手の裏手が騒がしい。つまり売春宿の玄関のほうだ。感傷にふけって考えごともできやしない。俺は立ち上がった。


 建物の表に回ってみればなんてことはない映画の撮影だった……そう表現するしかない。チャイナタウンのルビーとサファイア。ひも野郎とヤン・クイが並んで立っている。これほど絵になるふたりはいない。

 ひも野郎は働かないことを除けば、男として完璧だ。スタイル抜群でヨーロッパか中東の血が混じっているせいなのだろう髪は金色がかった褐色で瞳の色はどこまでも深く蒼かった。

 隣に立つヤン・クイも負けてはいない。チャイナドレスから覗く白い足は破壊的な美しさで、こちらは完全なる東洋系だが艶のある黒髪と黒い瞳はその美貌をかえって際立たせている。


 ……でも、高級娼婦とひものカップルなんだよなぁ。


 そして少し目線をずらせば、ふたりの前にうずくまっている日本人らしきさえない中年男がいる。顔を手で押さえている。だいたいこれで事情はわかった。

 映画のフィルムを巻き戻す必要もない。時々、ここではこういうことが起こる。

 同じ仕事をするにしてもランクがある。ヤン・クイなどは売春宿は使わず、清潔な個室が与えられている。客も上等で紹介がほとんどだ。そして料金は後払い。


 だが自分の収入の範囲で遊ぶ分にはいいが、中には限度を超えてはまる客もいる。

 通いに通ったのだから一度くらい許されるだろうと考える。

 この日本人の中年男は、金を持たずに店に来たのだ。



 俺は周りを見渡したがカブトムシはいなかった。いれば即座にもめ事は解決されただろうが、この状況はすこしまずい。客の顔を殴っている。いつもの冷静なひも野郎ならこんなことはしない。威圧だけですませていたはずだ。なのに体からビリビリと覇気をだし、このうえまだ、相手を殺してしまいかねない迫力がある。どうした?


 これ以上、騒ぎが大きくなれば警察も黙ってはいない。普段の目こぼしは通用しなくなる。ここにいる連中は仕事が出来なくなり、ヤン・クイなど特別な存在ではない女たちは食うにも困ることになる。当然、それにぶら下がっている男や子供たちも。

 みんなから恨まれる。そんなことはひも野郎もわかっているはずなのに……



 探しものは……探さなくちゃならなくなった。

 人生はなるようにしかならない。この状況も運命だと割り切ることにした。

 俺はこの瞬間に、悪魔の契約書にサインを入れたのだった。

 



 




 


 


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