蝶の目

プリンぽん

第1話 蝶の目

「それって複眼ってこと?」

「いやいや、君は人間だから脳の構造がそれには適用しない」

「んじゃあれ? ドローン飛ばすみたいに上空から見下ろせるとかそんな能力?」

「それも違うね。だって君には空を飛ぶ能力はないからね」


 なに言ってんだこのおっさん……

 俺はイラ付くと抑えがきかないたちで、蛇みたくパイプ椅子に足を絡ませコンコンコンコンと鳴らしてやる。舌打ちも何回かやった。でも目の前のおっさんはびびってなくて、涼しい顔でわけのわからない話ばかり続けている。



 この都心の超高層ビルに呼び出されてもう6時間になる。受付に20人も並んでいるのはどっかの銀行か病院のようだった。俺のかっこうを見て美人の受付嬢はまゆを片方だけあげて応対し、許可が下りたらしいことを心底びっくりしましたと言わんばかりの笑顔で58階に向かうように告げた。

 おっしゃる通り乗り込んだエレベーターに警備員が同乗して、ピタッと横に立ち、肘に肘をくっつけてきた。腹が立ちそっと押しかえしてやると警備員はびくっとして少し離れた。

 あは。こいつも仕事だ。悪気があるわけじゃない。働くのは金の為。俺がこのビルに来たのも金の為。マネーマネー。金さえ貰えば、こんな内部が街みたいでそのくせどこもかしこもいい匂いのする奇妙な空間からはとっとと立ち去るだけだ。トイレが奇麗だからうんこだけはでっかいのして帰ればいい。そう思っていた。


「なんなんすかいったい? 俺は遺産を受け取りに来ただけっすよ? なのに、いきなり血は抜かれるわ、MRIとCTスキャン両方されるわ……ここ病院? なんで商業ビルにMRIがあるのかはどうでもいいっすわ。それより何時間そんなくだらない話を聞かなきゃならないんすか。もう小切手でも土地の権利書? でも受け取ってさっさと帰りたいんすけどね、弁護士さん」


 威圧が効かないなら下手にでたほうがいい。弁護士なら怖い連中と渡りあった経験もあるのだろう。


「残念ながら小切手も土地の権利書もありませんね」

「はぁ? じゃあなんだ。こっちは会ったこともない爺さんの遺産が貰えるって聞いたからわざわざ電車賃使ってここまで来たんだぜ? ふざけんな。それともなんだ、爺さんが借金でもしていて、その肩代わりでもさせようってか? マグロ漁船に……そのための健康診断か? こらっ! 相続放棄の知識くらいこっちにもあるっつうんだよ。親がいなくて高校中退だからってなめんなよ? 弁護士さんよぉ」


「私は弁護士ではないのですよ。あ、もちろん弁護士資格はもっていますがね。本職は頼まれた仕事を頼まれた通りやるだけの便利屋です。あなたが19歳になられたら、こうするようにと依頼されたまでなのです。でもそれじゃあんまりだ。ここに100万円あります。これは遺産ではありません。遺産はもう受け継がれたようで、これはいわば……私からの手間賃です」


 おっさんはマホガニー風を気取った合板の机の上で、折り畳まれた布を開いた。









「ほんとうに受け継がれたのでしょうか?」

 隠し扉から男が現れ、の机まで近づき、座る男に話しかけた。


「ああ、そのようだね」

 座る男は放心したように答えた。


「蝶の目……」

「話している途中で私の本性を、徐々に開放していた。だが平常心だった。普通ならしょんべんを漏らしているはずだ。そしてなにより、 ”君からあなた” ……呼び方が変わった……私のね。無意識にだよ。受け継がれた証拠だ。恐ろしい」

 








 






 




 


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