2021.06 TEXT 『蜜の厨房』さんのこと7 M/OTHER
小泉蜜さんのサイト『蜜の厨房』のやおい論、第七回目です。
今回は『蜜の厨房MENU-2 やおい少女の心理I 幻の墓』をお送りします。
現在「母親らしい」とされていることは、すべてその幻想の産物であると蜜さんは述べています。
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母性というものは、非常に恐ろしい幻想でもあります。
母性の原理とは「包括」です。
基本的にそれは「母子一体」の幻想に支えられているため、母親は子どもが自由に行動することを許さないし、勝手に自分の膝下をはなれることを許しません。自分とほとんど同一化させようとさえする場合もあります。
こどもがママのものでなくなることは、幻想の崩壊、精神のよりどころをひとつ失うことを意味します。「母性」だけにすがって母子関係をつくろうとした親子に関しては、それが決定的な決裂となります。
それを防ぐためには、永遠に「子どもはママのもの」であり続けるか、あるいは母子双方が幻想から抜け出す、それしか方法がありません。
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蜜さんは、やおい少女と母親の関係をこのように規定します。
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(3)『幻想から脱しようとする母親×幻想を守ろうとする子ども』
母性を放棄した母親と、母性愛を欲してやまない少女。
これが「やおい」の土壌です。
しかし母性が幻想であるかぎり、わたしはそのようなハッピーエンドでやおいを書き終えて欲しくありません。
できれば、幸福な一体感は幻のものである、というピリオドを、そこにつけて欲しいのです。
そうしなければやおい少女たちは親殺しという母子分離のための心理ステップを踏むことができず、いつまでもやおいの箱庭のなかで生きていくことになります。
箱庭のなかでは、時間は止まっています。
そこは、永遠の少女だけが住む、幻の楽園です。
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ここからは私の私見と補足です。
母性の「包括」は、C・G・ユングの元型のひとつ「グレート・マザー」に相当すると思います。
「グレート・マザー 」は慈しみ・産み育てるものであり、なおかつ呑み込み・しがみつき・死に至らしめるものであるという二面性を持っています。
「 グレート・マザー」は、愛情に溢れた母親ではありますが、子供を呑み込み束縛する有害な母親でもあります。
母性愛にはこのような二面性があります。
子供は成長するにつれて、母親の二面性を理解することで、一種の「親殺し」をすることになります。
「グレート・マザー」を殺せなかった子供は 「永遠の少年」(プエル・エテルヌス)になります。これもユング派の元型のひとつです。
「永遠の少年」は美しい身体と汚れのない精神を持つ、若々しい精神の元型です。「グレート・マザー」との心理的結びつきが強く、ギリシャ神話のイーカロスのように 英雄として急激な上昇を試みますが、突然の落下により母なる大地へ吸い込まれます。「永遠の少年」は純粋で潔癖な精神を持ちますが、母親から分離することができません。
精神的に潔癖であるがゆえに清濁併せ呑む現代社会に適応することができず、ときには性的な不適合も起こします。
やおい少女の場合、この「グレート・マザー」と「永遠の少年」の関係が、母子のあいだで再演されます。
しかし、前稿でも紹介しましたが、やおい少女の母は近代化によって変質した存在となっています。
前稿で私は、やおい少女の母世代を団塊の世代に設定しました。実際にはそれ以前とそれ以後の世代も含まれると思うのですが、数の多さと研究の多さから、このように規定しました。
団塊の世代は、男女平等を夢見て学業に勤しみましたが、大方の女性には母親になる選択肢しか残っていませんでした。そしてロマンティックラブイデオロギー(恋愛・セックス・結婚の三位一体)を信じて結婚生活に入りましたが、 夫は仕事しかせず、ワンオペレーション(ワンオペ)育児や家事・そして非正規雇用の仕事が当然のように双肩にのしかかってきました。そういう世代です。
団塊の世代の母親は、理想と現実のあいだで引き裂かれた、非常に内圧の高い存在ではないでしょうか。
奴隷であることしか選択肢がない場合と、自由になる可能性がありながら奴隷を続けざるを得ない場合とでは、後者のほうが不満の度合いが高くなります。
団塊の世代とは、「自分が男なみになれる」希望と「母として夫・子供に使役される」現実との板挟みになった、非常に不自由感を覚えた世代ではないでしょうか。
そのような団塊の世代の母親が「母性」を失ったとしても、それは時代の趨勢であり、仕方のないことだとと私は思います。
が、そう思うのは私が歳だけは大人になったからで、母親を信じている子供には、そのような事情を理解することはできません。
ゆえに子供は、あると信じた愛情の枯渇に苦しむことになります。
団塊の世代が理想と現実に引き裂かれた最初の世代であるならば、団塊ジュニア(団塊の世代の子供)は、引き裂かれた母親に育てられた最初の世代です。
そしてやおいを信奉したまま母親になった、最初の世代でもあります。
やおい少女はユングの元型の「永遠の少年」に該当するのではないでしょうか。奇しくも蜜さんは「永遠の少女」と呼んでいます。
「グレート・マザー」の忠実な娘で、母親の愛し呑み込む二面性に巻き込まれた子供です。
今まで見てきた蜜さんの『蜜の厨房MENU-2』の題名は『AN EVIL MOTHERHOOD』です。
次の論考では、『AN EVIL MOTHERHOOD』がどのようなものであるか、考察が進んでいきます。
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