2019.11 TEXT Love For Sale

■2019.11 Love For Sale


 木嶋佳苗を巡る言説についての雑文です。

 失われたサイトの話をするのは主催者の方の意向に反するかもしれないが、私がこの雑文を書こうと思ったきっかけは、『蜜の厨房』というやおい論のサイトの日記を読み返したことだった。

 2012年の『蜜の厨房』の日記に、木嶋佳苗に関する記述があった。木嶋佳苗は『首都圏連続不審死事件』の犯人であり、現在死刑囚として東京拘置所に収監されている。婚活で知り合った男性から金を騙し取り、練炭自殺に見せかけて殺した三件の連続殺人事件の犯人であり、2ちゃんねるのネットウォッチ板で偽セレブな生活を書き綴ったブログをウォッチされていたブロガーでもある。現在も支援者によって本人のブログが更新されているので、興味がある方は検索してみてください。


 私は事件については数冊の本を読んでギブアップしたので、木嶋佳苗本人を深く考察するつもりはない。私にとって興味深かったのは、女性問題の識者が木嶋佳苗に一斉に反応したことだった。それも、興味や好意や嫌悪がないまぜになった状態で。木嶋の裁判には女性の追っかけなどもいたという。

『蜜の厨房』の主催者である蜜さんも木嶋に興味を持っていたのか、と私は今さらながらに感慨に耽ったのだった。


 木嶋佳苗に関してはノンフィクション・フィクション含めてさまざまな本が出ているので、事件の毒に当てられてへろへろしている身としては、まだ毒の少ない木嶋佳苗に関する周辺本について、個人的に思うところを書いていきたい。


 北原みのりさんの『毒婦。』の最後に書かれた疑問に、私は胸を衝かれた。


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 結局のところ、私たちは、未だに女のセックスや女の容姿、つまりは女であることを取り扱いかねているのかもしれない。なぜ女は身体を売って悪いのか、なぜその職業がこんなに貶められているのか、なぜ男は買い続けるのか、結婚に私たちは何を求めているのか、無償のセックスで女は何を得られるのか。女はこの社会でどう生きれば、愛されるのだろう。自由になれるのだろう。

 私には佳苗が、全く違う価値観の女を2 人抱えたまま、全て1 人で、その答えを出しているように見えるのだ。それは不気味なほどの冷酷さと冷静さで。怖いほどにたった1 人の世界で。とんでもなく不気味な方法で。


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 北原さんは木嶋の殺人を『ケア殺人』という。結婚を前提に、母親のように男性の面倒を見て、セレブな料理教室で磨いた料理の腕でおいしい料理を提供し(食材も料理教室の費用も男から出させたものだ)、素晴らしいセックスのテクニックで性的な欲求を満たし、睡眠薬と練炭で文字通り「眠るように」迎える死を看取る。


私がしてさしあげたことの対価として(お金を)いただいただけです


 一貫して容疑を否認する木嶋佳苗の供述である。

 木嶋の「してさしあげたこと」は、婚活する男性が抱いている「理想の女性像の現出」である。

 男性が望む「理想の女性像」を演出することに木嶋は非常に長けている。それは2018年に木嶋が三度目の獄中結婚をしたことでも窺える。

 「理想の女性像」を演じてお金を貰う。お金を貰えなくなったら命を貰う。

 『「愛」の対価にお金と命を貰って何が悪いのでしょう?』

 木嶋の「してさしあげたこと」への確信の強さが私は気持ち悪くてしょうがないのだが、「理想の女性像」を演じて対価を貰うということは、市井の女性たちがふだん行っていることでもある。

 ただ、男性の命が貰えるほど自分の「ケア」に価値を見いだしていないだけだ。女性が自分の「ケア」にそれだけの価値を見いだしたら、世界はシリアルキラーだらけになるだろうし。


 木嶋佳苗に関する私の印象評は、「よくこんな面倒くさいことができるな」だった。

 私は、日本という法治国家で法を守って生きていくほうが、そしてエシレのバターを自分のお金で買うほうが、絶対に得だし楽だと思う。100グラム千円前後のバターである。高級食材に高級車、そしてそれを見せびらかす似非セレブなブログ。倫理的に云々というよりも、私は嘘を維持する膨大な労力を考えるだけで面倒くさい。自分には、こんな悪の才覚はないと思う。


 上野千鶴子・信田さよ子・北原みのりの『毒婦たち』に、援助交際についての河合隼雄の発言の話がある。河合隼雄は、援助交際を『魂を著しく傷つける』ものとして批判したそうだが、それを読んで私は、「売春して魂が傷つかない女が出てきて都合が悪いのは男ですものね」と思った。

 愛情のあるセックスと売春の区別をつけるのは女の意志だ。セックスを「愛情による行為」と「強姦」に分けるのが女の意志であるのと同じように。男からは女の意志を覗き見ることはできない。男はつねに女の見えない意志に翻弄されている。女が売春をしても傷つかない精神構造をひっそりと育てているとしたら、男は女の愛情の有無を見極める根拠を見失ってしまう。

 だから女が売春をして魂が傷つかなければ困るのは男ですよね、と思う。

 援助交際で買春した男も『魂を著しく傷つける』行為をしているはずだ。売春した女の「魂」を問題とし、買春した男の「魂」の問題を語らない非対称性はどこから来るのだろう。


 では、女性が援助交際をしてほんとうに『魂を著しく傷つける』のだろうか。


 女性がそう思うのならば、そうなんでしょう。ねえ、アドラーさん?


 同じく『毒婦たち』の北原氏の発言。


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結婚を含めた男との関係のなかで、自分のセックスの価値と男の経済とを交換したことない女なんていない


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 この世界で自分の「値札」を意識しない女は存在するのだろうか。

 女には、一方に自分の「値札」に疑問を持たず、あるいは「値札」に気づいてもせっせと「女子力」を磨く人種がいて、その一方で、自分の「値札」に気づいて鬱屈を抱える人種がいる。


 木嶋佳苗は自分の「値札」がとんでもなく高いと自分で信じている人種なのだろう。

 世間的に見れば結婚詐欺にはとても向かない「デブ」で「ブス」な三十四歳の女が、自分の「愛」が三人の男の命よりも尊いと思える高慢さ。

 その高慢さにどこかで惹かれる人間もいれば、嫌悪感を抱く人間もいるのだろう。私は木嶋佳苗の目くらましには到底ついていけないと思う。だから木嶋のブログも目が滑って見られなかった。


 今回はここまでです。お付き合いありがとうございます。

 自分でも微妙だと思いますが、たぶん続きがあります。

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