船降る星のストラグル

あたりけんぽ

第1部 来し方より訪れし者

第1章 遭遇

[1-1] 必ず見つけ出す

 未来を切り拓く力、と彼女は言った。

 だから、その力が世界の破滅を招いたのだとしても――


   〇


 早朝。

 空に陽光が差し込み、藍色と茜色のグラデーションが描かれる。

 赤道に形成された宇宙デブリ群の円環リングはまだはっきりと見えていた。


 やがて街並みに陰影がつき、屋上のソーラーパネルが煌めき出す。

 聞こえてくるのは機械の稼働音だけだ。都市〈アグリゲート〉の住民たちはまだ眠りの中にあった。


 イナミ・ミカナギはひとり、ビルの屋上に設けられた給水タンクのかげから、その光景を見つめていた。


 寒冷化地帯の朝だが、彼には凍えている様子がない。ダウンジャケットの下はインナーウェアとデニムパンツという薄着であるにもかかわらず、だ。


 青年には似合わない、女性用の黒縁眼鏡をかけている。実際、視力の衰えがないイナミには必要のない矯正器具である。


 そのレンズを通して、視線は〈アグリゲート〉の中心に立ちそびえる巨塔に向けられていた。


 人々が〈セントラルタワー〉と呼ぶ塔は矢尻型の構造物で、全体の半分ほどが地中に埋もれている。それでも、全高は地上二五〇メートルに達していた。


 つまり、元々は地上人が建設した物ではない。根元の補強に加え、外壁から放射線状に伸びるワイヤーと支塔によって直立を維持されている状態だ。


 内部には稼働可能なエネルギープラントが存在している。

 太陽光発電技術が『復元』されるまで、人の暮らしはプラントに依存していたという。


 ブロック構造も改修され、現在は『人類再興機関』の本部施設として再利用されていた。あの巨塔は〈アグリゲート〉の中枢にして象徴なのだ。


 イナミには理解できない光景だった。

 文明を破壊した『漂着物』に対し、なぜ人々は恐れを抱かないのか。


 吐き出した白い息が、盆地に吹き込む風にかき消される。


『動き』を待ち続けること、数日。

 腕時計型情報端末リストデバイスが耳障りな通知音を奏でた。


 イナミは黒縁眼鏡をインナーウェアの襟に差し挟み、指先でリストデバイスに軽く触れる。宙に赤色のホログラムウィンドウが投影された。


《警告。ミダス体の反応を確認。発生地域は――》


 イナミはウィンドウを消し、示された地域へと振り返った。警告に叩き起こされた人々の悲鳴がここまで届く。


「クオノ、必ず見つけ出すからな」


 決意に満ちた呟きを残し――

 助走をつけて屋上から跳び下りる。


 短い黒髪がふわりと浮き、そして身体は重力に捕まった。

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