第八十二話「脱出」
ばりべりぼり。
突如すさまじい音を立てて、ぼくとヒヅルの頭上の天井が崩落してきた。
「ち」
天井の崩落に気をとられたヒヅルにできた、ほんの一瞬の隙を、ぼくは見逃さなかった。
ずぶり、と、ヒヅルの脇腹に、ぼくの左手の指先が突き刺さった。
「う」
終始澄まし顔だったヒヅルの表情が、初めて
すぐさまぼくの腹にどかんと爆弾が爆発したような強烈な衝撃が襲いかかり、ぼくの身体は電車にでも
「おのれ」
脇腹から血を流したヒヅルは、城の崩壊前にぼくを連れ帰ることは不可能と判断したのか、じりじりと後退し、去っていった。
彼女が去り際に一瞬だけ見せた、悲しそうな顔。
あの〈悪魔の太陽〉が見せたそんな意外な素顔が、ぼくの脳裏に強烈に焼きついて離れなかった。
城の崩壊がいよいよ本格的に始まり、いつ生き埋めになってもおかしくない状況であったが、ぼくはサリーを捜し続けることにした。
大事な家族の記憶すら失ったぼくに、もはや失うものなどない。
サリーはぼくの記憶を取り戻す唯一の可能性であり、何より恩人なのだ。
懸命に炎と
「サリーを発見したぞ」
応援を期待してぼくは叫んだ。が、誰からも応答はなかった。
「サリー、無事か。今助けるぞ。ハッチを――」
そこまで言いかけて、ぼくは〈ブーさん〉の背中に、一メートル程度の大きさの、四角い空洞が開いていることに気づいた。
もしかして、すでに脱出済みだったのか……
ぼくは一気に緊張が解け、脱力感が大きくなり、へなへなと膝から
そりゃないだろう。
ヒヅルと命がけで戦ったのは一体なんだったのか。
「パエトーン。どこだ」
村正の声がしたので、ぼくはとりあえずそちらを目指し、突き進むことにした。あちこち崩れて通路が塞がれており、もはやどちらへ逃げていいものかもわからなかった。
どどど、と、後方の天井が、ぼくを追いかけるようにこちらへ向かって順次崩落してきた。
間一髪。まるで映画のようなタイミングで、ぼくは建物が完全に崩落する数秒前に外へ脱出することに成功した。
「パエトンってば、ずっと出てこないから心配しちゃったじゃない。私の護衛なんだから、あんまり私に心配かけないでよね」
サリーがふくれっ面で言った。城の外で
「いや貴女を探していたんですがね」
もはや怒る気力すらなかったぼくが力なくそう言うと、サリーは驚いたのか、眼を見開いた。
「あら。もしかして、命がけで私を探してくれていたの」
サリーの無神経なひと言に、ぼくは呆れ果てて言葉も出なかった。
まさか今ごろ気づくとは、この人……天然なのか、わざとやっているのか……
「大丈夫よ。ハルバード社のパワードスーツはそんなにやわじゃないし、万が一の時のために脱出装置くらい備えてるわ。常識で考えてよね。もう」
ぼくの気も知らずぬけぬけとそう言うサリーにさすがに苛立ってきたが、ヒヅルとの死闘ですでに満身創痍のぼくはさっさと休みたかったので、口を
「でも、嬉しいわ。ありがと、パエトン」
サリーが突然天使のような笑顔で、ぼくの頰に軽く口づけをした。
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