十五

 夢葉と黒川先生を救出したぼくたちは、乾さんたちとの合流地点であるポイントCへ向けて、地下水路を北上していった。しばらく歩くとだだっ広い貯水場が見え、通路の出口手前で霧崎が立ち止まり、ぼくたちを手で制した。

「隠れて」

 霧崎の指示に従い、ぼくたちは通路の出口から顔だけ覗かせ、辺りを見まわした。

 白い学生服の集団と、ぼろきれまとった地下の住人たちが、何やら口論をしているようだった。

「よくもやりやがったな。政府軍の犬が」

「先に手を出したのはそちらですよ。そもそもこの地下水路は市の所有であって、あなたがたは不法占拠の犯罪者です」

 ひときわ目立つ金色の肩章のついた豪奢ごうしゃな制服に身を包んだ、長身の美男子が言った。

 白虎学園生徒会書記・星野桜児ほしのおうじ。白虎学園司令部に所属する特権階級のひとりで、家柄のよさとその甘いマスクから主に女生徒から〈王子様〉と呼ばれもてはやされていたが、その女癖の悪さから鈴子のように毛嫌いしている女生徒もいた。

 星野の足元には、どてっぱらに大穴を開けた住人の死体が転がっていた。おそらく連中の誰かに大口径の拳銃か何かで撃たれたのだろう。以前ぼくが夢葉の奪還作戦でこの地下水路を利用したときも物いに遭ったが、そうでもしなければ彼らは生きていけないという悲惨な現状がある。

「ああああ。やめてよして」

 住人の中年男性が、大相撲の外国人力士並に肥満した巨軀きょくを誇るひとりの女生徒に抱きかかえられ、悲鳴をあげていた。

 巨大女生徒は、そのまま自らの体ごと彼を押しつぶすように地面にねじ伏せた。

「うっ」

 あまりの重圧に耐えきれず、中年男性は失神してしまった。

千代野ちよのさん。無意味な暴力はおよしなさい。私の美学に反する」

 星野が千代野なる巨大女生徒の肩に手を置くと、彼女は反転し、そのまま星野を抱きかかえんと両手を大きく広げた。

「あ。や。やめなさい」

 慌てふためいた星野が腰に下げたこれまた豪奢な金の彫刻が施された高価たかそうな刀の柄に手を触れると、千代野は我を取り戻したのか、大の字に広げた両腕を下ろした。

 霧崎が眉を寄せて言った。

迂回うかいするしかないね。数が多い。私ひとりならともかく」

「道はわかるのかね」と、黒崎先生が霧崎に訊いた。

「この地下水路の構造は全部把握してる。むしろ把握してないあんたらの方がおかしいわ」

 小馬鹿にするように霧崎はわらったが、本来この複雑な日出川ひづがわの地下水路の正確な構造を把握しているのは、水路の設計図を所有している白虎学園の司令部だけだ。今回ぼくら赤鳳隊の地下アジトの脱出ルート出口付近にピンポイントで部隊を配置できていたのもそのせいだろう。以前任務で地下水路を利用したときに設計図を見せてもらったが、複雑に入り組んでいて一朝一夕で憶えられるようなものではなかった。まして今はあの任務から一年近く経とうとしている。乾さんに教わった脱出ルート以外は忘却の彼方である。


「おまえらも政府軍の犬か」


 唐突に背後から声をかけられ、ぼくの心臓は口から射出されんばかりに暴れ狂った。そしてふり向いたときには、もう霧崎のナイフが地下の住人の喉元を切り裂いていた。彼は死んだ。

 だが今の騒ぎで、当然連中にぼくたちの存在はばれてしまった。

「プリンセス・ユメハ。見つけましたよ。皆さん、彼女を捕まえるのです。彼女を生け捕りにした者に百万円差しあげましょう。銃を使ってはなりません。他の者たちは殺してもかまいません」

 口に薔薇ばらくわえた星野王子様が、気障きざったらしく体をよじったポーズで部下たちに命じた。

 わらわらわらわら。

 統率のとれた動きで、刀や槍を抜いた白虎学園学生兵たち十数人がぼくらに向かって襲いかかってきた。

 ぼくのワルサーと霧崎のウージーが同時に火を噴き、連中をなぎ倒していく。

 たたたた。

 ぱあんぱんぱんぱん。

 しかし、もともと予備の弾倉まで持ってきていたわけではないので、四、五人殺した時点で残弾が尽きてしまった。

「だめだ。逃げよう」

 霧崎が我先にとウージーを投げ捨てて反転し、連中に背を向けて走りだした。敵はまだ十人以上残っている。夢葉や黒川先生を守りながら彼らを倒すのは難しいだろう。ぼくらは霧崎に続いて反転し、走りだした。

 どすどすどすどす。

 ものすごい足音を立てて、すさまじい勢いで巨軀きょくの女生徒・千代野がこちらに向かってきた。そのあまりの気迫に地下水路全体で地震が起きているかのような錯覚さえ憶えた。

「逃げられませんよ。こう見えても千代野さんは百メートルを十一秒台前半で駈ける俊足の持ち主です」と、星野が解説した。

「きゃあ」

 足を負傷していた夢葉はたちまち千代野に背後から抱きかかえられ、持ちあげられてしまった。

 そしてそのまま、千代野は自らの体ごと夢葉を押しつぶすように地面にねじ伏せた。

「うっ」

 あまりの重圧に耐えきれず、夢葉は失神してしまった。

「夢葉」

「振り向くなバカ。走れ」

 霧崎が強引にぼくの手を引っぱった。

 失神した夢葉にわらわらと群がる白虎学園の学生兵たち。

「プリンセス・ユメハは確保しました。発砲を許可します」

 星野が淡々とそう言うと、彼の部下たちは一斉に拳銃を抜き、ぼくらに向けて発砲してきた。

 走らなきゃ。

 逃げなきゃられる。

 悔しさに歯みしながら、ぼくは走った。

「夢葉。必ず君を助けに行くからな。必ずだ」

 すでに気絶していたであろう夢葉に、ぼくは無駄と思いつつも叫ばずにはいられなかった。

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