現場監督らに暴行された影響で全身が痛い。幸い骨折はしていないようだったが、蓄積した疲労と相まって動く度に地獄の激痛にさいなまれる。しかしおかげで午後の強制労働は免除され、収容所の一室で休めることとなり、その間だけぼくらの班に課せられたノルマも軽減されることになった。捕虜に対する私刑リンチと過酷な労働環境が青龍学院の生徒会に知れ渡り、今後不定期で抜き打ち監査が入るようになる(と、赤月瑠璃が言った。彼女は青龍学院生徒会の副会長だ)、らしい。

「食事を持ってきました。残さず食べてくださいね」

 収容所の一室で死んだように横になっているぼくに、どういう風の吹き回しか、赤月瑠璃が夕食を持ってやってきた。いつもは看守が持ってくる。

「珍しいね。青龍学院生徒会副会長様がわざわざこんなところで捕虜の餌やりに来るなんて。左遷させんでもされたのかな」

 意地悪く皮肉をこめて質問してやったつもりだったが、赤月瑠璃は真顔で返してきた。

「左遷はされていません。が、あなたに個人的な興味はあります」

「なんだって?」

 まったく予想してなかった回答に、ぼくの大脳は茫然ぼうぜん自失と思考を停止、代わりに大量のクエッションマークが占拠した。赤月瑠璃の眼にはさぞかし間抜けなぼくのつらが映っていることだろう。

 が、そんなことはどうでもいい。赤月瑠璃には是が非でもいておきたいことがある。

「夢葉は助かったのかな」

 感情を伴わない淡々とした声で、ぼくは彼女に問う。

「ええ。我が校には腕利きの名医がいますので。左腕もちゃんとつながりましたよ。ただ、傷跡きずあとと左腕の後遺症だけは残ってしまうそうですが」

 ぼくは仏頂面で「そう」とだけ返事をしたが、内心ではき物が落ちたかのごとく安堵あんどのため息をつき、胸をなでおろしていた。とりあえず、夢葉の命が助かった。今はそのことだけでもお腹いっぱいである。

 赤月瑠璃は抑揚のない機械的な声で、続けた。

「あなたが残って止血処置していなければ、あの場で出血性ショックを起こして死んでいた、そうですよ。残って手当した甲斐がありましたね」

「皮肉のつもりかい」

 ぼくは殺気も隠さずに赤月瑠璃をにらみつけたが、彼女は揺るがず、「素直にめたつもりです」とだけ言った。

「冷やかしなら、さっさと消えてくれ。でないと食事ものどを通らない。寿や酉野先生を殺した君の顔を見ているだけで、ぼくは胃のむかつきが収まらなくなるんだ。ここから出られるなら、今すぐにでも君を殺してるところだよ」

 そう。ぼくは忘れてはいなかった。

 さっき赤月瑠璃に助けられこそしたものの、そんなことでぼくの親友や恩師を殺した罪が帳消しになるはずもない。

 赤月瑠璃は相変わらずの無表情で反論した。

「誰のことを言っているかわかりませんが、あなたも戦場で新田にったを殺しましたよね」

 新田。たぶん、ぼくが〈赤〉の討伐作戦で頭を踏みつけて殺した、あの坊主頭のことを言っているのかもしれない。読者の皆さまはもうお忘れになっているかもしれないが。

「戦場で敵を殺すのは普通のことです。でないと、自分が殺されますからね。ですが味方や非戦闘員を殺すというのは論外です。あの女は狂っています」

 あの〈首刈り〉が意外にもまともなことを言った。

「麗那先輩のことを言っているのかい。あの人にとっては、戦いがすべてなんだよ。ぼくや夢葉の命よりも、自分の眼の前にある愉悦ゆえつを最優先する」

 そう、紅麗那に弱点はない。そしてぼくは彼女のそんな強さ、暴力的と形容していいほどの真っすぐさ、自分の欲望に従う正直さに、惹かれたのだった。恋というより憧れに近かったかもしれない。麗那先輩が夢葉を見捨てるのは、ずっと彼女を見てきたぼくには予想できたはずだ。その気になれば、麗那先輩から夢葉を守ることもできたんじゃないか? 自分の身を犠牲にすることで。寿同様、ぼくはまた、我が身かわいさに友達を見殺しに……

 自分の弱さがとことん嫌になってきた。江口先生のいる保健室なら、彼女の胸(Fカップ)の中で気の済むまで赤ん坊のように号泣してやりたいところだったが、ここはあいにく反乱軍の収容所、そんな弱みを敵に見せるわけにはいかない。耐えなければ。

 ぐうう、と、ふいにぼくの腹が鳴った。昨日から何も食べていなかったので、正直腹が減っている。ぼくはかまわず、皿を手に取り、飯をむさぼるように食べはじめた。赤月瑠璃はそんなぼくを、まるで珍しい動物の生態でも観察する学者のように、じっと見つめていた。胸くそ悪かったが、かまわず食べ続け、平らげた。

「よく噛まないと消化に悪いですよ」空っぽになった食器を受けとり、赤月瑠璃はそう言った。

 そして次に、彼女は独房の鍵を開け、扉を開けて入ってきた。襲いかかってやりたかったが、あいにく手足にかせがかけられていてかなわなかった。

「何のつもりかな。拷問でもする気かい」

 ぼくは思わず身構えたが、赤月瑠璃は首を横に振った。

「東陽夢葉が眼をましました。彼女はとてもあなたに会いたがっています。あなたは捕虜なのでそれはできないと言ったのですが、そうしなければ自害すると言い出したので」

「なんだって?」

「特別措置として、これから彼女と面会をしていただきます」

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