四
息のつまる収容所を抜け、赤月瑠璃とゆかいな仲間たち数人に囲まれて、ぼくは青龍学院のすぐ近くにある黒川病院(事実上反乱軍の軍病院)へと護送された。
古い鉄筋コンクリート製ながら設備は最新、そして院長である
ぼくと夢葉は、最上階である七階の病室にて再会した。夢葉は敵軍の人間であるにも関わらず、最上階の個室というかなり手厚い待遇を受けていた。東陽家の威光は政府軍反乱軍問わず有効なのだろうか。
「縁人さん」
麗那先輩によってばっさり斬られた腹部には、極太の包帯が着物の帯のように
夢葉はぼくの顔にできた
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。私が足手まといになったばかりに、こんな」
感極まったのか、夢葉の眼から涙がぼろぼろとこぼれおちた。
「顔を上げてくれ、夢葉。ぼくはあの場に残ったことは後悔してないし、謝られるようなことをされた憶えもない。もうこれ以上、友人を見殺しにするのは嫌だった。それよりも、無事に生きててくれて、うれしいよ」
「このご恩は一生忘れません」
涙声でそう言うと、夢葉は無事だった右腕で眼を覆い、
「それより夢葉。可能なら教えてくれないか。白虎学園に戻れない
そう、もし夢葉との再会が叶ったら、こればかりは確認しておきたかった。しかしここは敵地のどまん中で、ぼくは捕虜。夢葉が真実を話せる状況でないことはわかっている。あまり期待はできないが。
「そのことに関しては、私から話そう」
ふいに入り口の方から若い男性の声が聞こえ、振り向くとそこには二メートル近い長身、七三分けに四角い黒縁眼鏡、学生というより大手企業のエリートサラリーマンのような外見をした大男が、学ラン姿でぼくの眼の前に現れた。腰には立派な装飾が施された
「なんですか。あなたは」
感動の再会シーンに無粋な横槍を入れた男に対し、ぼくは不快感むき出しの顔で訊ねた。
「私の名は
そう言って、大和十三と名乗った男は、ぼくに手をさしのべた。握手を求めている。拒否しても特にメリットはなく、また握手というのはある程度相手の力量がわかるともいうので、ぼくは素直に応じることにした。彼の手はとても大きくて分厚く、ただ者じゃない感じが伝わってきた。
「そりゃどうも。で、どんな口説き文句で夢葉を洗脳したんです」
敵に囲まれている状況だというのに空気を読まずにとげとげしい発言をするあたり、またぼくの悪い癖発動。しかしこればかりは性分なのでどうしようもない。大和十三は豪快にうわっはっはと笑い、続けて言った。
「君は本当におもしろい男だね。敵軍でなければ今すぐにでも友達になりたいくらいだ」
「質問の答えになってないですね」
ぼくが
少し間を置いてから、大和十三はその重厚そうな黒縁の眼鏡を、人差し指でくいっと持ちあげて位置を正し、そして言った。
「誰しも、心の底ではこの不毛で悲惨な戦を終わらせたいと願っている。私も、瑠璃くんも、そこにいる東陽夢葉嬢も。そして、君も。そうだろう?」
「まあ、そうですね」
しかし誰しも、というのは
「夢葉くんはこちらへ来るべくして来た。我々革命軍の理想は、本来は現在の政権を奪い、西側諸国からの支配を脱却し、この国を真の独立へと導くこと。だが我々が不屈の精神で戦い続けた結果、内戦は長期化し、この国を
「まるでぼくらが一方的にケンカをふっかけてるような言い草ですね」
「半分はそうだな」
大和十三の眼は、その重厚な黒縁眼鏡の奥から、しっかりとぼくの眼を見据えていた。
「我々革命軍も一枚岩ではない。我が青龍学院にも継戦を望む者たちはいる。彼らは刺し違えてでも、国民を犠牲にしてでも、この国を真の独立へと導くべきだという。日本の将来の繁栄と、志半ばで散っていった者たちの死に報いるためにも、この国に真の自由と太平を築いてやるのだ、と。そして、この学園の意思決定を行っている連中のほとんどがこういう〈継戦派〉だ」
「けど、何だかんだ言って結局あんたらも政府軍と戦ってますよね。志はちがってもやってることは同じだ。ぼくらにとっては、〈反乱軍〉に継戦派も停戦派もないですよ」
「そうだ。しかし、それは君とて同じだろう」
「そうですね」
ぼくは淡々と返答する。
「だからこそ、我々はこの茶番に終止符を打つために、行動を起こすことにした。夢葉くんをこちらへ招いたのはその布石だ。私のプランを話したら、彼女は喜んで協力すると言ってくれた」
ぼくは思った。夢葉は疑うことを知らないのか、と。いくら戦を止めたいとはいえ、白虎学園の特権階級である自分に敵が何か話を持ちだしてくれば、裏があると考えるのが普通だろう。
「私は
夢葉が付け加えた。
「彼とは幼い頃から交流がありましたので。彼がどんな人間で、何を考えて行動しているのかも、だいたいわかります。いつも学園の生徒たちに向けている表の顔とはまったく別の、う」
傷が痛んだのか、夢葉は着物の帯のようにぶ厚く巻かれた包帯の上から腹をおさえ、
「もういい、君は休んでいたまえ。私が彼に説明する」
「ごめんなさい。少し休みます。縁人さん……お願いします。今は、彼らの話を聞いてほしい。あとで詳しく私の方からも
「わかったよ。いいから、君は休んでて」
ぼくがそう言うと、夢葉は苦しそうに頷き、ふたたび眼を閉じる。
本当は敵の大将の言動など信じる気は
「円藤くん。君は、何のために戦う?」
大和十三は、ぼくに問う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます