第19話 ようせいさん……5
あの日――とても現実とは思えない光を捕まえることに成功してから三日経過した。
現在のところ、特に変わった様子はない。母親はいつも通り、親の責務など一切果たさずに男の尻を追いかけて馬鹿みたいに遊んでいるし、借金だけ残して蒸発した父が帰ってきたわけでもない。私の環境は相変わらず腐った沼みたいだ。
金もなく、ものもなく、なんとかその日を凌ぐことを繰り返している。
本当にあの光――『ようせいさん』は幸せを呼んでくるのだろうかという疑いが強くなってくる。
しかし、私は疑いが強くなってくると、説明書に書かれていた『ようせいさんの効果はすぐには表れないかもしれない』という言葉を思い出して、自制をかけて思い直す。
あれは本当だ。詐欺なんかじゃない。
だって本当に『ようせいさん』がいたじゃないか。現にあの光はいま、私の部屋のある瓶の中にいる。嘘のわけがない。嘘のわけが――
だが、そのように思っても、今のところ実感できる効果が出てこないことは事実だった。効果が表れてこないと、どうしても不安や疑念は大きくなってしまう。
本当にこのまま待っていればいいのだろうか?
今までの私の人生では、待っていれば幸せが勝手に来てくれる――なんて虫のいいことを信じられるものではなかった。
いくら待ってもこなかったし、自分からつかもうとしても、私のような存在を許さない、満たされていながら残酷で無遠慮な者たちが徹底的に邪魔をされる――そういう人生でしかなかったから。
何故、社会は――世間は私に対してこうも風当たりが強いのだろう。本当にわからない。どうしてまわりの人間は私のことを邪魔するのだろう。邪魔をする方の人間はなに不自由なく生きてくることができた人たちなのに。
それでも。
それでもあの『ようせいさん』がどうにかしてくれる――そう縋るしか他に手段は残されていない。
『ようせいさん』は私がずっとできなかったことを実現してくれるはずだ。はじめからなにも持っていない私を――手に入れることすら阻まれ続けた私の人生を劇的に変えてくれるもの――そうに違いない。
いや、そうでなければならないのだ。
そんなことを思いながら自宅の扉を開けて中に入ると、見慣れない男物の革靴があることに気づいた。
そこから視線を上げると、いつも通りいい歳して恥ずかしげもなくアホ丸出しな厚化粧をした母親と、見知らぬ男がいる。
男は四十ぐらいの、高そうなスーツをばっちりと着込み、いかにもエリート然とした雰囲気を出して、テレビの俳優と遜色のない容姿をしている。どう考えても金もなにもない馬鹿丸出しで年増の母親が連れ込むような男ではない。
また新しい男を連れ込んだのかこのババア――本当にいい迷惑である。この女が男を連れ込んでよかったことなど一度もないのだ。
私のことに気づいた男は、柔らかな笑みをこちらに向けてくる。何故かはわからないが、それはどことなく違和感を感じる笑みだった。
「やあ、はじめまして。ぼくは――」
「話しかけないでください」
私は男が言葉を言い切る前にそう切り捨てた。確かにいまこの場にいる男は、今まで母が連れ込んできた男とは毛色が違う。
だからこそ信じるべきではない。あの無能極まりない母親に近づいてくる男には必ず下心がある。それがいかにも小綺麗で男前な、エリート然とした男であっても。
私はそれ以上なにも言わずに襖を開けて奥の部屋へと入る。暗い部屋を瓶の中にある光が動きながら仄かに照らしているのを見て、少しだけ心が安らいだ。
大丈夫だ。いまの私には『ようせいさん』がいる。あの瓶の中にいる光が幸せを呼び込んでくれるのだ。だから大丈夫――心配することはない。あの男がどんなやつであったとしても、私がどうにかなるはずがない。大丈夫、大丈夫、大丈夫……。
それでも、母親が男を連れ込んできていることに不安を感じずにはいられなかった。
今まであの女が男を連れ込んできた男にろくなやつはいなかったのだ。
下心丸出しの男、私に暴力を振るってきた男、金もない母親からさらに金を巻き上げようとする三流以下の詐欺師――そんなやつばかりだ。
それでいつも嫌な思いや痛い思いをするのはあの母親ではなく私の方である。煙草を押しつけられて肌を焼かれたことも、強姦されそうになったこともあった。
あの女はいい歳をしているにもかかわらず、未だに自分の責任すら取ろうとしない――そもそも責任を取るということがどういうことなのかも理解できないのだ。
薄い襖の向こうから男と母親の声が聞こえてくる。嫌でも耳に入るその声を聞いていると、かつて連れ込んでいた男に熱湯をかけられて負った火傷の痛みがぶり返してきて、過呼吸に陥りそうになる。
「ねえ、ようせいさん」
私は瓶の中にいる光に話しかけた。『ようせいさん』はなにか答えることなく、瓶の中で淡く光りながら動いているだけだ。
「ようせいさん、私の願いを叶えてくれるんでしょう? ならあいつらのこと殺してよ。あいつがいてよかったことなんてないんだから」
しかし、『ようせいさん』はなにも返してくることはなかった。ただ、変わらずに瓶の中を飛び回りながら、仄かな光をまき散らすばかりだ。
この瓶の中にいる光はどのようにして私の願いを叶えてくれるというのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます