1章45話 知らない言葉

「……ここがヨーヘイさんの家……」

「ちょっと違うところはあるけど大体は同じだよ? どうかした?」


家に入ってキョロキョロし始めたリサにそんなことを聞いてみた。少しモゴモゴしたけど当然だよね。よく良く考えればリサは俺達と同じ日本人ではない。いわば異世界人なら見るもの全てが目新しいんだろう。


キョロキョロしたのを止めると頬に手を当てて俺の手を掴んできた。


「これって?」

「あー、これはテレビっていうんだ。今は見れないけど地震が起こる前なら暇潰しに使えたんだよ」

「……四角い箱なのに……」


部屋の片隅のテレビはブラウン管ではないから薄い。それでも見たことがない人には四角い箱だと思うんだな。……ブラウン管のテレビを見せたらどうなるのか見せてみたい。


「お兄ちゃん! あれを見せてみたら?」

「これか……いや、好むか分からないな」


とりあえず唯が手渡してきたものを受け取って中身を出す。


「……うん? 丸くて薄い……」

「まぁ、見てなよ」


テレビに備え付けられた部分に押し込んでリモコンを操作する。大丈夫、電気は通っているみたいだ。いや、当然だけどな。拠点のレベルが高ければ快適に暮らせるだけの場所には出来るし。


なんなら農業とかも出来るから生きていく分には困ることがない。部屋の接続場所を指定すれば全拠点を扉一つで繋げられるしな。MPの消費もないし。


「おお! 入った!」

「俺の好きなテレビ番組だよ。気に入ってくれたら嬉しいわ」


テレビで流れ出したのは某国民的アニメの未来から来たロボットの話だ。俺はこの番組と次に流れるアニメ番組がとても大好きだ。弱くても、勇気がなくても、頑張れば人生を楽しく出来る。そんなことを学べるし多少の癒しにもなるし。


今回の話は地震が起こる少し前に放送されていた映画だ。今でも主人公の男の子が立ち上がるシーンは頭から離れない。勇気がない少年が勇気を出す。それがどれほど難しいか俺がよく分かるからね。


「……この男の子、馬鹿だね」

「そうだね、それがあるから面白いんだ」


いつの間にか椅子に座っていたリサの隣に座って他の三人にも座るように合図する。立ちながらだと楽しく見れないからね。五つのコップを出してから全員にりんごジュースを注いでテレビの音量を上げた。


全員が席を立ったのは映画が終わってのことだった。計二時間程度の映画を食い入るように見るリサは次の録画されていたアニメのCMを眺めていた。ボーッと、まだ映画の中身を反芻しているように。


「……面白かった」

「そっか」

「……ヨーヘイさんって本当にリサとは違う世界の人なんだ……」


どこか寂しそうなリサの頭を撫でる。

無理だ、こんな悲しそうな顔を続けられたら俺の心が持たない。そんな生まれた場所や環境が違うからって悲しそうにされたくはない。


「だからどうした? 今は同じ世界の住人でしょ? 俺もリサも、唯も、莉子も、菜沙だってそうだ。一人じゃないんだよ」


テレビを消してコップを洗い始めた菜沙に空の、俺とリサのコップを手渡す。昨日はキテンとリサの家でご飯を食べたのだから、今日は拠点内でご飯を食べるのも悪くはなさそうだ。食材もまだまだ残っているし。


「……うん! ありがと!」

「一人だと寂しいもんな。少なくともリーネさんの病気のことが終わるまでは一緒にいるから安心してくれ」


リサの笑顔に少し照れてしまう。

俺は俺でやらなきゃいけない事があるからずっとここに、なんてことは出来ないけど期限を決めて一緒にいることは出来る。やりたいことはあるけど急いでいるわけじゃないし。


程よいところでリサの頭から手を離し魔法の準備を始める。悪いけどリサの家への拠点の設置は不十分だから一度、戻ってから繋げるしかない。一人の分だけMPの消費は少ないし繋げてしまえば無償で行き来出来るしね。


「まぁ、行ってくるわ。十分もあれば帰ってくるから安心して」

「私も!」

「唯は残って部屋の整理ね。必要なものと不必要なものを分けておいた方がいい」

「そうですよ。私一人に洗い物を任せるなんて酷すぎます」


唯が「えっと」と言いながら冷や汗を流し始める。唯は家庭的なことはできるけど、それをするかしないかは別だ。要は面倒だから菜沙に任せようとか思っていたんだろ。


「菜沙みたいな家庭的な女の子がタイプだなぁ。一緒にいて安心できるし」

「そっ……そんな……光栄です……」


頬を染めながら純粋な笑顔を浮かべる菜沙が超絶可愛い。本当にお嫁さんにしたい人が殺到しそうなくらい良い笑顔だ。言ったかいがあったな。


「あっ、後、洋平先輩の洗濯物とかあるんだけど、それでもやりたくない?」

「やる!」

「じゃあ、一緒に片付けようね」

「うん!」

「いや! 待て待て!」


首を傾げて「へっ?」とか言っている二人を可愛いとか思いながら止める。なんて言った。なんで俺の脱いだものを持っている。俺は一度も二人に、いや、俺以外の人に渡した記憶がない。


確かに洗濯機もあるし洗剤もある。なんなら普通に暮らすことが出来るという言葉が伊達じゃないほどに、いろんなことが出来てしまう。再現されているのは俺の家だから、俺の着ていた服も再現されている可能性はゼロではない。


「俺の脱いだのどこで手に入れた?」

「……秘密です」

「そんな可愛く言ってもダメだって! さすがに女子に自分の脱いだものを洗わせたいとは思わないよ!」

「大丈夫だよ! 私がいっつも洗っていたでしょ?」

「そんな記憶ねぇ!」


洗ってもらった記憶が一切ない。

ってことはなんだ? 俺は無意識に唯に洗濯物を頼んでいたのか? いや、そんなことをした覚えはないし……。


はぁ……でも、こんなことを言い始めたら唯は止まらないんだよな。……諦めるか。


「今度から任せるから無断で盗むのはやめてくれ」

「おっけー!」

「後、今日の夜に話したいことがあるからそのつもりでいてくれ。前に約束していただろ。過去のことを話す。唯だって家にずっといたわけじゃないだろ。現に俺と唯のいた家は分かれていた」

「……そうだね」


俺と唯の暮らしていた家は違う。

ずっと違うわけではなかったけど、あの親に愛されていたのは明らかに唯だ。それは良い意味ではない。ほぼほぼ悪い意味でだ。


俺の家に母がいたことはあるが、それは俺の家では不倫する場所にちょうど良かったからだ。まず俺は部屋から出ないからな。イチャイチャするには適している。唯の前や夫の前でなんて出来ないだろうし。


そう考えれば家賃を払っていたり養っていた理由はいくらか分かるが、まだ少ない。


唯は父親に嫁にされるためだけに育てられていたようなものだ。下手をすれば莉子だってそうなっていた可能性もある。


「全部を話すよ。今まで頑張っていた御褒美だ」


いつの間にか部屋に戻ってきていた莉子と、そして皿を洗っていた唯と菜沙が静かに息を飲んだ。リサもその空気感からか静かにしていた。


「まぁ、固くならなくていいよ。少なくとも三人に教えることは俺が頑張ることをやめた理由でしかないから」

「……余計に構えてしまうけどね」

「唯すら知らないことばっかりだ。胸糞になるかもしれないから嫌いなら聞かなくてもいい」


三人とも首を横に振った。

本当は墓場まで持っていこうなんて思っていたけど、そうは言っていられないよな。どうせ早いか遅いかの違いなだけだ。


俺はいたたまれない気分になった。

だから悪い気はしていたけどキテンのところまで転移して逃げさせてもらった。着いてすぐにキテンに驚かれたのは言うまでもない。


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以下、作者より


延ばし延ばしにしていた主人公の過去のフラグを立てておきました。一応はこの先に関係してきます。次回は一週間以内に投稿出来るように頑張ります。

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