序章7話 菜沙と俺

売店の扉は閉まっていなかった。


つまりは売店のおばちゃんは逃げ出したのだろう。物を取るのなら好都合なだけだが。


「唯、菜沙ちゃんを頼む」


俺は唯が頭を縦に振ったのを確認してから菜沙を下ろした。もう立てるみたいで安心して、売店の中へと体を滑り込ませる。


一応、異次元倉庫の中の時間経過は遅いらしい。今、異次元流通のスキル欄から確認した。


レベルが最高まで上がれば、時間経過をなくすることもできるみたいだ。レベル上げも視野に入れないとな。


レベルが高くないとこの世界では生き残れないだろうし。


「そういえば俺以外の人もステータスを持っているのか」


持っていないのなら何か条件があるのかもしれない。


例えば……敵の撃破でレベルが上がるとかか。もしくは明日になれば自動で獲得できるとか。


「大体、こんなものでいいか」


日用品、ティッシュとかそこら辺と、ペンなどの必要そうな物。後は食料とお金だ。


一応、七万と五千円あった。少なめだけど、これだけで鋼の剣を買えるからありがたい。


と、そんなことをしている場合じゃないな。


俺は売店から外に出て、唯たちと合流した。


「それで取った道具はどこにあるの?」


唯に開口一番に聞かれ少し悩む。


見せてもいいがゲームと現実を分けている、幽霊すら信じない。そんな唯が非科学的なことを信用するか、と。


菜沙は多分ゲーマーだ。唯のような不思議そうな顔をしていないから。


「……ちょっと見てろ」


グングニールで売店近くの自動販売機に向かった。横の鍵を開ければ開く部分、そこを縦に振り下ろす。


扉だけが切れ中に重なった飲み物とお金が顕になった。


飲料水、有名なメーカーの水を一本手に取って、唯の前に見せつけた。


そのままそれを倉庫に入れる。


唯は目を見開いた。


「えっ、なんで消えたの」


心底不思議そうに俺に聞く唯。


「菜沙ちゃんはなんでかわかる?」

「……オークがいたのならスキルとかでしょうか。ゲームによくあるので。でも私はスキルを持っていないです」


唯とは対照的に心底不満そうに俯く菜沙。


「やっぱり持ってないのか」


そんなことを聞きながら、他の自動販売機も扉を叩ききって中身をあらわにさせる。全部回収してから二人と向かい合わせになった。


「……スキルがあるのならステータスもあるんですか?」


俺は菜沙の言葉に「そうだよ」と返した。


すると目の色を変えて、

「どうやってとるんですか」

と俺の手を取りながら聞いてきた。


菜沙の顔が間近まで迫った。よく見るととても可愛い顔だ。タレ目の優しそうな雰囲気を醸し出しながらも、それを消さないようにポニーテールで可愛らしさを強調している。


身長は唯とたいして変わらないが、話を聞くために頭を下ろしたのがいけなかった。


すごくドキドキする。唯が嫌な顔してるのはわかるけど、それ以上にドキドキが勝る。


俺ここまで女性の耐性がなかったか、と自分を嘲笑いながら、「俺は少し異質だから」と二人に言った。


「ステータスなしでオークとは戦った。ただ最初っから強い武器で戦えたから、楽勝だったけど」


本当のことだ。武器もなしで戦っていたら死んでいたかもしれない。


戦い方によっては勝てたかもしれないが。


「じゃあ、オークを倒せばステータスを手に入れられそうですね」

「あのさ、さっきから言っているステータスってなに」


菜沙の興奮をよそに唯はそう聞いた。

そういえば唯と一緒ゲームをしたことはあっても全部がステータスなんて表現しなかったな。ゲーマーズと言われるくらいにやり込んでいたくせにそこは知らないのか……。


「……ごめん、菜沙ちゃん。やりたいことがあるから、説明しておいてくれないか」


菜沙は頭を頷かせた。本当にいい子だ。


菜沙が唯に教えている間に、俺は異次元流通を開いた。


嗜好品もあったのでそれも入れておいていた。主にタバコだ、使うつもりはない。


十二個入っている袋が七つ、それで一万三千円ちょっとだ。思いのほか安い。


売るとなれば税金などは売価に含まれないようだ。たばこ税を抜けば、この程度だとはいささかガッカリした。


そこらに転がる車とかも売ればよかったか。いや二束三文で叩かれるのがオチだ。


六十万ほど手にあるだけマシか。二人の武器を買うことはできるだろうし。


後はオーク肉も食べてみたい。唯に頼んでみよう。


「あの、説明が終わりました」

「あっ、うん。ありがとう」

「いえ、能力値と言えば分かっていたのでステータスだけを知らなかったようですね。案外、簡単に理解してくれました」


そりゃ、そうだ。なんて言っても俺の妹なのだから。理解出来なかったのならばゲーマーズと呼ばれるほどにゲームが上手いわけがない。


考えが今日の食事に飛んでいる時、菜沙に話しかけられて少し驚いた。


「そうだ。菜沙ちゃんはゲームとかする時、好んで使ってた武器とかあるか?」


菜沙は少し顎に手を置いて考えた素振りを見せてから、「双剣なら、好んで使ってました」と答えた。


双剣か、確かにロマンはあるが、


「リーチが短いけど戦えるのか」


「……わからないですけど、そっちの方が立ち回り方がわかるので」


そうだろうな。VRとかなら自由に立ち回れるものも多いしな。


なら双剣でいいか。唯は別に鋼の剣で大丈夫だろう。まだ戦わなくてもなんとかなる。


軽く操作をして一つのダンボールを目の前に落とした。二人は驚いて目を丸くしている。


中を開けて対になっている双剣を手に取った。かるくMPを流せば片方は炎を、もう片方は氷を操っている。それをダンボールの中に入っていた鞘に戻す。


派手さだけではなく能力も高い。比例して値段も四十万と高かったが。


「菜沙ちゃん、これを渡す」


まあ、菜沙をうちのパーティーに入れてしまえばいいだろうし、最悪知っている子が簡単に死ぬのは寝覚めが悪いからな。


「……えっ、こんなにいい物を……ですか」


不思議そうに聞いてくる菜沙。


「ああ、一応仲間は多い方がいい」


ぶっきらぼうにそう答えて、俺はその二つを菜沙に無理やり手渡した。


受け取れないとばかりに首を横に振るが、頭を撫でて言葉を返す。


「ここで知り合ったのも何かの縁、だろ。それに打算もないわけじゃないから」


菜沙は俺の顔を見て「そうですか」とだけ答えて、双剣をぎゅっと抱いた。

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