前日譚/白昼夢

玉簾連雀

イントロダクション

 首が落ちた。

 今ので最後。もう何も居ないことを確認して、黄色いテープを潜って陰気な路地裏を後にする。

 増えすぎた怪異は、既に暗がりに収まりきらなくなってそこら中に溢れ出している。まだギリギリ都市の形を保っている上海シャンハイですら、こうして少し大通りを外れただけでグールの食事に同席する羽目になる。

 この区域を徘徊するグール達は、どうやらよりタチの悪い不定形生物と手を組んでいるらしい。刀身にこびりついた肉片を見て、ミソラは顔をしかめた。チャイニーズマフィアがヘマをしてショゴス=ロードに乗っ取られたという噂は聞いていた。だが、彼らの子飼いの低級ショゴスがグールと同じ釜の飯を喰っているとは。

 (いよいよこの街も終わりだな)

 異様に太った人間に偽装した、悪臭を撒き散らすショゴスの上位種……ショゴス=ロードはかつて自らの種族がそうであったように、人間を家畜化したいのだろう。食肉、労働力……娯楽用は、果たして彼らに必要なのかどうか。ただ、グールと関係を持ったのは彼らにとって失策だったという他ない。

 たかが人間もどきの屍体漁りと侮ったのが運の尽き。死を喰らう彼らの背後には、死そのもの

……人間がモルディギアンと呼称する神格が存在する。遅かれ早かれ、この都市は死と貪食の災禍に飲み込まれるだろう。


 電力源は一体どこなのか、今だにケバケバしいネオンの瞬く大通りにふらりと足を踏み入れる。


 破滅の未来など知らぬ顔で……あるいはとっくに未来を諦めたように。

 世界は、終焉の刹那に煌めいている。


 今日のホテルはどこだったか。若い女の姿を認め、下卑た笑い声を立てながら近づいてきた小汚い一団、その中で真っ先に手を伸ばしてきた人間を切り捨てる。馬鹿みたいに吹き出した血が可笑しかった。怒号と共に銃声が響く。盾にした男が肉塊に変わる間に、残った4つの心臓を抉り出した。

 元々少ない通行人はぱったり途絶え、まばらな車だけがアスファルトに広がりつつある血溜まりを避けて行く。警官のたぐいが見えないということは、もう治安機構はまともには機能していないらしい。

 鮮度の高い臓物の味に溜飲を下げ、目的の建物らしき影を見つけた。そこそこ上向いた気分で足を踏み出し──

 爆音。目的地らしき建造物は木っ端微塵になった。炎。悲鳴。怒号。ミソラは慌てず騒がず、携帯端末に番号をプッシュする。間抜けた電子音が続く。ホテルの主はどうやら、端末ごと薪になったらしい。

 ミソラは、深く──ルルイエよりなお深い、溜め息をついた。

 「…………オレの、今日のお宿……」

 これだから、ミソラは神様が嫌いだ。空を見上げる。星のない濁った夜空。つかの間、目を閉じて、頭の中の宇宙と戯れる。

 しばらくしたら、他のホテルを探しに行こう。

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