参
「あの馬鹿」
とっさに
しかし核兵器のように強力な〈
……が、弥咲が時間を稼いだおかげで村人は四方八方に退避し、犠牲者はゼロに抑えられた。
「やー。甘い。甘いねー。〈
弥咲の腹部に、
「ぐふ」弥咲の口から赤い血の滝が噴き出た。
「お前なら、村人を守るために動いてくれると思っていたよ。私を大量殺人鬼にしないでくれてありがとう」
法子の錫杖によって腹を外科手術されてしまった弥咲は地面に落下し、血の海に沈んでしまった。村人たちが心配そうに
村人たちは、法子が放った
「この、くそ女」
火の雨によって制服をところどころ焦がされた警官のひとりが、地面で
「署でたっぷり可愛がってやる」
警官が弥咲に手を伸ばそうとすると、三人の子供たちが駈けつけ立ちはだかり、両手を拡げて弥咲をかばった。
「どけよクソガキ」
ヤクザのような
「やれやれ。困ったね」
法子が頭に血の上った警官を手で制した。いかに破戒僧といえど多くの警官隊が見る前で非武装の子供たち相手に錫杖を振りおろすような真似はできず、ただ苦笑してその場に立ち尽くしていた。そして、妙に優しい口調で子供たちを諭しはじめた。
「小さき勇者たちよ。君たちがかばっているのは、罪もない建設業者や警官隊を襲った張本人。邪神に取り
「う、うそだ」三人の子供たち、その中央にいた六、七歳の短髪の少年は、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、喚き散らした。「おまえたちは村をこわしにきたわるいやつらなんだって、父ちゃん母ちゃんいってたぞ。だ、だまされるもんか。弥咲ねえちゃんに手をだすな」
法子は子供たちのすぐ傍まで歩み寄って屈み、朗らかだがどこか貼りついたような笑みを浮かべた。
「それは誤解だよ。国だって、何も君たちが憎くて村にダムを造ろうとしているわけじゃない。日本全体がもっと豊かになれるように、身を切る想いで決定したのだ。君たちには国が新しい家をちゃんと用意してくれるし、ご褒美だってたんまりくれるだろう。これは〈お国〉の意思なんだよ。逆らえば、君のお父さんやお母さんだって……あー、もうめんどくさい。いいからどけよ」
とうとう善人ぶるのをやめた法子が強引に子供たちを押しのけて進もうとすると、中央の少年が、法子に飛びかかった。やけっぱちに腕をぐるぐると振り回して。
しかし無論、尼としての厳しい修行を耐え抜いた法子にそんな子供の喧嘩が通用するわけもなく、彼は簡単に蹴飛ばされ、地面を転がっていった。
「子供をいたぶるのは趣味じゃないんだけどねー」頭を掻きながら苦笑していた法子のその顔には、やがて陰湿かつ嗜虐的な笑みが浮かんだ。「でも、向かってくるなら、相手が子供でも、容赦しないよ。死ぬ覚悟のある真の勇者だけ、かかってきなさい」
法子の言葉が決して
「くそ。弥咲を助けないと」
勇ましい〈死守同盟〉の過激派である青年たちが、何人か縄で拘束されているにもかかわらずじたばたと往生際悪くあがき続けていたが、所詮は囚われの身、警官隊の特殊警棒による袋叩きで
村人たちが次々と血の海へ沈む絶望的な光景の中で、ただひとり、齢八十を過ぎた長老が、こんな提案をした。
「皆の者。よくわかったじゃろう。科学や国家が、わしらの故郷を守ってくれたか。否。何百年にも渡ってこの多々里村を守ってくれたのは、我らが守護神。わしらが崇め讃えるべきは、科学でも近代国家でもなく、我らが〈
困った時の神頼みとは何とも都合のいいことだが、今まさに自分たちの故郷を奪われようとしている彼らは必死に、それこそ
突如、空が眩しく輝きだした。
「何だ、あれは」
警官のひとりが叫んだ。
凄まじい光とともに現れた、紅く美しい怪鳥が、大空を舞っていた。
人間の何倍も大きなその翼の後部からは、
「おお。よくぞ舞い戻られた。我らが守護神よ。何と美しい、何と神々しいお姿か」村長が歓喜のあまり眼尻に涙を流しながら叫んだ。
霊能力を持たぬ一般人にさえ見える、その濃密にして強大な力。村人のほとんどがその存在を信じて疑わなかった時代の、最強の祟り神……そして、多々里村の守護神でもあった、神話の一説にも登場する神殺しの火、
多々里村の上空に
完全に全盛期の力を取り戻した
「うっそ。何これやばくない」
神の力によって傷が
「〈信仰〉が戻ったか。面白い」
法子が心底面白そうに、笑った。
「ゲームとは、攻略が難しければ難しいほど面白い」
不敵な笑みを浮かべてそう言い放った法子は、弥咲の血で赤黒く染まった錫杖をくるくると回転させ、地面に突き立てた。
「ナウボウ・バギャバテイ・ウシュニシャヤ・オン・ロロ・ソボロ・ジンバラ・チシュタ・シッダ・ロシャニ・サラバアラタ・サダニエイ・ソワカ」
今までになく長大な呪文を唱えた直後、法子の背後で山のように不動となっていた大仏に、わずかに後光が差した。
一方、多々里村の住人、警官隊、建設業者すべての眼にはっきりと見えるほど強大な力を得、現界した凶火神。背後の分厚い黒雲を炎で紅く染めあげ、無数の稲光が地を
人々は、自分たちの目的すらも忘れ、ただ神と御仏の決戦に、釘づけになっていた。
「ノウマク・サマンダ・ボダナン・ア・ビ・ラ・ウン・ケン」
法子が法術の呪文を一心不乱に唱え続けていた。
「風よ。炎よ。稲妻よ。大自然の神々よ。我らに力を」
弥咲が玉串を振り、数十の札を一斉に宙に投げ放った。
「真言仏道奥義……」
法子が詠唱を終えると、彼女の背後にそびえ立つ大仏が、光りに包まれた。
「
完全なる凶火神の力を背景にした、先ほどよりもはるかに強力な火の雨が、弥咲の投げた数十の札から放たれ、地に降り注いだ。それは弥咲の絶妙なコントロールによって、多々里村の住人たちに被害を及ぼすことはなかった。が、逆に言えばそれ以外の者、特に彼らに仇なす警官隊やダム建設業者、そして法子には、容赦なく牙を剥いた。
「南無!」
糸のように細い法子の眼が、大きく見開かれた。
そして今まで微笑みを絶やさなかった大仏が、初めてその表情を強張らせ、両手を前に突き出し、両手首を上下に密着させて構えた。その両手の形状、
「
法子がそう叫ぶと、大仏の全身を覆っていた
「盟約に従い、我らが故郷と同胞たちを守護せよ、凶火神!」
弥咲がそう叫ぶと、彼女を乗せた紅き火の鳥……凶火神が、両の翼を大きく拡げた。
その前方で小さな炎の玉が、徐々に大きくなってゆく。
ついに肉眼では直視できぬほど白く眩しく輝きだしたそれは、まさに第二の太陽と呼ぶに相応しかった。
「多々里村二千五百人の信仰を乗せて
弥咲が、玉串を法子に向かって突き出した。
同時に白く輝く灼熱の炎の玉が、法子と巨大大仏に向かって放たれた。
多々里村の全住人の祈りが功を奏したか、
そして凄まじい破壊力を秘めた〈信仰玉〉の勢いは衰えることを知らず、警官隊や建築業者、建設半ばであったダムへ向かって、飛んでいく。
辺り一帯は光に包まれ、凄まじい轟音とともに、歪なキノコ雲が、多々里村上空に上がった。
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