第3話 文化祭の出し物

「……ぇ……み……おき……」

 遥か遠くから途切れ途切れで音が届く。どれほど聞き取ろうとしてもそれは、上手く音になっていないのか、全く鮮明な音にならない。

 何て言ってるの?

 私がいくらそう聞き返しても、返ってくるのは不鮮明な音。

 おかしいな、そう思った瞬間。全身に大きな衝撃が走る。予想していなかった大きな揺れ。それと同時に聞こえる鮮明な音。

「澪、起きなさいってば」

 えっ、お母さん? どうしてお母さんの声が。

 不思議に思いながらも閉じていた目を開ける。

「もぅ、友達来るなら来るって言ってくれないと! お弁当作る身にもなってよ。あと、ちゃんと起きないとでしょ」

 部屋に差し込む朝日はまぶしいばかり。本当にまだ梅雨明けしていないのかと思うほどの日差しに目を細め、お母さんの言葉を思い返す。


 友達が来る。ん? どういうこと? 私、友達なんて呼んでないよ?

 妙な不安が心をざわつかせ、私はベッドから飛び起きる。

「嘘……」

 リビングに入った瞬間、時が止まるのを感じた。座って新聞を読むお父さんの姿は見慣れたそれで、キッチンに立つお母さんも同様だ。しかし、そこに見慣れない姿が1つ。この家にいるはずのない男性の姿。

「貴也がコスってるわけじゃないよね?」

「もう。まだ寝ぼけてるの?」

 私の通う高校の男子制服を着た男性を指さしそう言うと、お母さんはため息混じりにそう答えた。

 いつも登校する時間までまだかなりある。正直言って、この時間に私が起きてるなんてありえないに近い。

「おはよう、御影さん」

 小柄な色白男子は椅子から立ち上がり挨拶をする。

「お、おはよう。って、なんで中筋くんが私ん家にいるの!?」

「文化祭のやつ決めるためだよ。それと、昨日はごめん」

 昨日は見せなかった文化祭案というプリントを見せながら言い、それから中筋くんは頭を下げた。

「べ、別にいいよ。私の方こそ、その……言いすぎたった言うか何ていうか」

 フェードアウトしていく声に中筋くんは微笑を浮かべた。

「気にしてないよ」

 そして短くそう放った。


 それから私は身支度を整えるために脱衣場で必要なものを選び2階に上がった。

 いつもならば脱衣場で着替えるのだが、すぐそこに同級生の男子がいるとなるとそうはいかない。気恥しさや、照れが自ずと足を2階に向けたのだ。

 制服に着替え、脱衣場に戻り数少ない寝癖を少量の水で直しリビングに入る。

「中筋くんだっけ? ご飯は食べてきたの?」

「はい、食べてきました」

 お母さんの質問に中筋くんは笑顔で答える。

「なら澪も早く食べなさい」

 味噌汁をよそったお椀を片手にお母さんは言う。

「分かってるって」

 頬を膨らませながらお椀を受け取り、自分の前に置く。

「で、中筋くんに案はある?」

「ごめん、全然浮かばない」

「最悪喫茶店でいいじゃん」

 そう言いながら、お母さんが運んできたご飯をよそったお茶碗を受け取り、両手を合わせる。

「それはそうなんだけど。やっぱり武中先生をギャフンって言わせたいよね」

 中筋くんは頬を照れくさそうに掻きながらぽつりと言う。

「まぁーねー」

 そう相槌を打ち、味噌汁をすする。

「文化祭ってあと一ヶ月後だよね?」

「お母さん。口を挟んじゃダメだろ」

 お母さんの言葉にお父さんがため息混じりにそう言う。

「あら、ごめんなさい」

 お父さんのそれにお母さんはしまった、という表情を浮かべる。

「でも1ヶ月後ってもう7月じゃない? 暑いんじゃないかなって思って」

「母さん」

 懲りずに提案を続けたお母さんにお父さんは先ほどより少し強い口調で咎める。

「はいはい」

 水道水を出し、手を洗いながらお母さんはあしらうようにそう言った。


「暑いってのはやっぱり考慮しないといけない条件だろうな」

 ご飯を口の中へ運ぶ私に中筋くんはぽつりとこぼす。

「昨日も言ったけどアイス屋さんは?」

 お茶を飲み、口の中にあるご飯を飲み込んでからそう提案すると中筋くんは小さくかぶりを振り、

「単純過ぎると思うんだ。それにどこかのクラスとかぶる可能性も大いにあると思う。だからもう一捻り欲しい」

 中筋くんはこめかみに手をやり、表情を険しくして案を絞っているようだ。

「んー」

 そう唸り、私は味噌汁とご飯をかき込むようにして食べる。そしてちょうどそれらを食べ終えようかと言うところで、脳裏に妙案が浮かんだ。

「アイスクレープとかどう?」

「アイス……クレープ?」

「そう。単なるクレープじゃなくてトッピングでアイスをいれるのよ。それなら冷たくて美味しいものできそうじゃない?」

「あ、ああ! それはいいと思う!」

 前髪の奥に潜む目を見開いた中筋くんは、声を大にしてそう言い提案書にペンを走らせる。


「なんかうっさい声したんだけど、何かあった? って誰?」

 中筋くんより更に小柄な褐色に日焼けした坊主頭の少年が、眠そうな目を擦りながらリビングに入ってくる。

「貴也、おはよう」

「うん、おはようなんだけど、この人誰よ」

「お姉ちゃんのクラスの委員長よ」

 そう説明するお母さん。それを聞いた貴也は先程まで眠そうだった目に嬉々を浮かべ私を見る。

「あっそう。朝からとはお熱いね」

「ちょっ、何言ってるのよ!」

 慌ててそう言う私に貴也は不敵に微笑み言う。

「おじゃま虫な俺はもうちょい寝るわ」

「ちょっ、貴也!」

「時間見なさいよ!」

 止める私に被せるようにお母さんが叫ぶ。

「見苦しいね」

「いや、全然大丈夫だよ。それよりも僕のほうこそいきなり押しかけてごめん」

「ほんとだよ。乙女の寝起きを見るなんて失礼極まりないよ」

「誰が乙女だよ。くそばばあじゃん」

 私の言葉に貴也は馬鹿にするように言う。

「なんて?」

「なんでもないですよーだ」

 両手をひらひらとさせながら楽しそうに貴也は脱衣場に入っていった。



「武中先生」

 結局私たちは2人で学校へと登校した。本当は一緒になんて行きたくなかったけど、家にいるんだし別々に行く方が難しい。お父さんとお母さんも一緒に行けオーラ出てたし……。

 ため息混じりに職員室のドアを開け、武中先生の元へと行く。

「おぉ。決まったのか?」

「いちおう先生に確認してもらおうかなって思いまして」

 中筋くんはそう言い、カバンの中から提案書を取り出し先生に渡す。

「ふむふむ」

 武中先生は顎に手をやり、ゆっくりと提案書を読み進めていく。

「うん、いいじゃないか。これは御影の案か?」

「そうですけど」

「だろうな。頭カチカチの中筋がこんな案出せるわけがない」

 職員室だというのに、武中先生は大きな声でそう言い笑う。

「よくこんなこと言ってる人が先生やってるよな」

 そんな武中先生を前に中筋くんはそう毒づき、先生の手の中にある提案書を奪い取る。

「返してください。これ朝会で言うんで」

「言われなくても返そうとしてたわ」

 ふんっ、と子どもみたいに鼻息を荒くした武中先生。そんな武中先生を見て、ちょっと変な人じゃん。そう思った。


 教室へ入ると妙なざわつきが起こった。何よ……。

「おはよう」

 そう思いながら机にカバンを置き、数学の教科書を広げている岡本くんに声をかける。

「あぁ、おはよう」

 顔を上げ、ズレたメガネをくいっとあげる。

「今日はメガネなんだね」

「こっちのが楽だから」

「そうなんだ」

 そう言っているうちにみこっちゃんがやってくる。

「おはよう」

「おはよう」

 みこっちゃんの挨拶に返す。しかし、何故か妙にみこっちゃんはニヤニヤとしている。

「何かあったの?」

 そう訊くも「別にー」と明らかに何か隠している表情でいう。

「で、何があったんだ?」

「ちょっ、なんでアンタに言わなきゃなんないのよ」

 何らかのゴシップかと判断したのか、岡本くんはにたっと笑いみこっちゃんとの距離を縮めていく。

「長い付き合いだろ」

「そういうとこほんとにキモイからやめてよね」

 鋭い目つきでげんなりした表情で言う。

 この2人は息合ってるのか、合ってないのかわかんないや。

 そう思った瞬間。

「あ、澪ちゃーん! 中筋くんと付き合ってるのほんとー?」

「げほっ!」

 現れた美羽ちゃんの根も葉もない噂に思わず噎せてしまう。

「ど、どこでそんな噂を?」

「えぇー。結構有名だよ?」

 嘘でしょ。誰が、どこをどう見ればそんな話になるのよ。ありえないんだけど。

 そう心の中で毒づき、

「そんなことありえないから!」

 と否定する。

「なーんだ、デマか。残念」

「そこで残念って思うあたりどうかしてるよ?」

「なんでよー。中筋くんはさ、正直そこまでイケメンじゃないけどさ、彼氏って欲しいじゃん?」 

 美羽ちゃんは存分にデコったスマホカバーを弄りながら言う。

「だってねぇは彼氏いるみたいだけど、毎日遅くまで電話してさー、楽しそうなんだもん。私も欲しいなーとか思っちゃうわけ」

「そう言えばこの前幼なじみの子が彼女連れて歩いてるの見たけど、幸せそうだった」

 美羽ちゃんの話に乗るようにみこっちゃんまでがそんなことを言いだす。

「もぅ、二人して何よ!」

 そう言いながら笑顔を浮かべる。しかし、その会話は私にとって無関係すぎて、興味があってもない振りをしないといけないもので、気を抜けば歪んでしまいそうだった。

「おいおい忘れてもらっちゃ困るぜ。ここにもフリーのイケメンが──」

「はいはい。そういうのマジでいらないから」

 きめ顔で言う岡本くんにみこっちゃんは冷たく鋭い視線を向けそう言い放つ。

「何でだよ」

「んー、なんていうか岡本くんってイケメンってより老けメンだもんね」

 反論しようと息巻いた感じの岡本くんに美羽ちゃんがズバッと言い切ると、流石の岡本くんも引き下がり机に突っ伏した。

「だっさ」

 冷たくそう言い放つみこっちゃんに対し美羽ちゃんは少し申し訳なさそうに、

「傷ついた?」

 と訊いている。


「でも、私もちょっとほしいかなって思う」

「えぇ、男近づくなオーラ全開なのに!?」

「失礼ね!」

 美羽ちゃんの言葉にみこっちゃんはそう反論する。そんな二人を見て、自分がぜんぜん違う存在で、現実から離れた女子高生なのだと理解する。

「それよりもやっぱり澪だよ。実際のところ好きな人とかいるの?」

 そう訊いたのはみこっちゃんだ。見た目的にそういう話を振ってこなさそうだったので、少し意外に思いながらも口を開く。

「いないよ」

「うそだー! 私たち花のJKだよ? いないわけないよ」

 目を丸くして驚く美羽ちゃんに微笑を向け、「いないんだもん」と答える。

「それじゃあ気になる人は? それくらいいるよね?」

 有無を言わせない雰囲気を醸し出しながらみこっちゃんが訊く。

 それでも私はかぶりを振る。

 好きな人とか考えたことない。考えて、もしできちゃったらつらくなる。私だけじゃなくて、付き合うなんてことになったらその人のことだって傷つけることになる。だから……、私は付き合わないし、好きな人も作らない。そう決めてるの。

「そ、そういうみこっちゃんは?」

「私!?」

 訊いてた側が訊かれる側になり、驚きを隠せない様子のみこっちゃん。

「うん。好きな人いるの?」

 みこっちゃんは分かりやすく頬を赤らめうつむく。

「い、いないよ……」

 消え入りそうな声でそうこぼすみこっちゃんに美羽ちゃんは詰め寄り、からかうように不適な笑みを浮かべる。

「いるんだね。誰よ? ねぇ、誰?」

「だからいないって」

「あれあれー? 気になる人くらいいるんだよね?」

 楽しそうにそう言う美羽ちゃんを凍てつく視線を浴びせ、これ以上言うなと威圧する。だがそれで怯む美羽ちゃんではない。

「ねぇ、誰なの? やるものじゃないんだし言うくらいいいじゃん!」

「バカ」

 いつものみこっちゃんからは考えられないような細い声で短くそう告げると、ゆっくりと立ち上がる。だがその瞬間、

「席つけよー」

 という声とともに武中先生が教室へと入ってきた。

「残念っ。もうちょっとで藤生ふじうさんの気になる人聞き出せたのに」

 舌先をちろっと覗かせながらいたずらっぽい笑みを浮かべ、美羽ちゃんは自席へと向かっていった。それを見て安心したのか、みこっちゃんは大きく息を吐いたのだった。

「とりあえず今日からは交流戦だ! 先発はこの前の試合で完封を決めた秋山だ。秋山は打たれてないときは強いが、打ち込まれだすと止まらないからなーちょっと不安ではあるが、勝ってくれると信じよう! 相手は楽天の岸。いいピッチャーなだけに打てるかが心配だが、是非とも糸井のホームランが見たい!」

 捲し立てるようにそれだけ言うと、武中先生は教卓に手を置き「今日は短縮授業だから」とめんどくさそうに告げた。

 それ一番大事なところなんだけどな。

「あ、それから」

 と、忘れていたことを思い出すような頓狂な声を出し中筋くんを指さす。

「委員長からお知らせがあるそうだ」

 どこか楽しそうな表情な武中先生に対し、真剣で、緊張に満ちた硬い表情の中筋くん。ギギ、と音を立てながら椅子を引き立ち上がる。

「澪はいかなくていいの?」

 不思議そうな声音で訊いてくるみこっちゃん。

「行ったほうがいいかな?」

「知らないよ。でも、中筋くんは来てほしいんじゃない?」

 どういうこと? そう聞く前に中筋くんをちらりと見るとみこっちゃんの言わんとしていることが分かった。

 教卓まで向かう足取りはかなり重く、視線は前ではなく私に向いている。

「あはは、そういう事ね」

 乾いた笑みをみこっちゃんに向けてから、短いため息とともに椅子から立ち上がり歩き出す。

「あ、ありがとう」

「別に。どういたしまして」

 極小の会話を交わす。


 教卓の前に中筋くんと並んで立つ。思っている以上にはっきりと見えるクラスメイトの顔に、いつもこんなところで授業するなんて凄いなと先生の凄さを感じながら口を開く。

「えっと、文化祭での私たちのクラスの出し物についてなんだけど」

 緊張の面持ちのまま告げると、クラス中がどよめく。どうやら私たちがどんな案を考えてくるか、かなり期待していたらしい。

「いちおう僕たち2人で話し合ったんだけど」

 口ごもるように小声で言う中筋くんに、

「全然聞こえないよー」

 と岡本くんが茶化す。中筋くんは恨めしそうに岡本くんを見ながら、軽く咳払いをし「僕たち2人で話し合った結果アイスクレープ屋ってのに纏まりました」と声を張った。

 その事に嬉しそうな表情を浮かべ、教卓に向かってウインクをする岡本くん。

 誰にでもウインクするんだ。変なの。

 そう思いながら私はアイスクレープについての説明を始める。

「アイスクレープってのは名前の通り、クレープのトッピングとしてアイスをのせてるものです。クレープ屋ってのでもいいと思うのですが、今月でこの暑さなので来月にもなるともっと暑くなることが予想されます。だから、文化祭に来てくださる人に食べたいと思ったいただけるようなものにしてみました」


 中身的には斬新といったものでは無いだろう。しかし、ただのアイス屋と言うよりも、ただのクレープ屋と言うよりも少しはインパクトはあると思う。普通にお店で売ってるだろうけど、でも文化祭でそれをやっているのは少ないと思う。少なくとも私は見たことがない!


「先生的には全然アリだと思うぞ。ただな、実際作るとなると凄い難しいと思うぞ?」

 少し離れた所で立っていた武中先生は渋い表情を浮かべた。

「クレープの生地を焼くのが難しいってことですか?」

「それもあるが──」

 まだあるの?

 言い切らない武中先生のスタイルに疑問が浮かび、眉間にしわを寄せる。

 クレープの生地はお好み焼きを焼くのとは根本的に違う。最初に具材をのせることはなく、鉄板が見えるか見えないか程の薄さを求めて生地を焼いていく。

 それ故に技術が求められるものだと思っていた。だが──

「熱々のクレープの生地の中にアイスを入れるとなるとただでさえ暑いのに更に溶けるスピードを早めるんじゃないか?」

 武中先生は人差し指を立て、異議ありと言わんばかりのドヤ顔で言ってくる。

「それは……」

 考えてなかったな。武中先生って変なところで核心ついてくるから嫌なの! 阪神タイガースのことだけ言っててよね。

「それは大丈夫ですよ。文化祭の醍醐味と言えば食べ歩きでしょうから溶ける前に食べれると思います」

「食べ歩きが醍醐味かは知らんが、まぁそこまで言うならいいや」

 口論がめんどくさくなったのか、武中先生は小さくため息をつき私たちのほうへ近づく。

「ほかに意見や提案のある人はいるか?」

 武中先生は黒板の少し上の壁に掛けてある時計を一瞥してからそう訊く。クラスメイトからは何の言葉も上がらない。いいのか、悪いのか、どっちかな。

 自分が出した案だからこその変な緊張感が全身に帯びる。否定されれば自分自身が否定されたように感じてしまう。逆に受け入れられれば自分が受け入れられたようで心が温まる。

「どうかな?」

 不安と期待がにじむ私の言葉。お願い誰か反応して……。

「私はいいと思うよ。自分たちでクレープ作るとか超楽しそうじゃん!」

 手を上げそう言ってくれたのは美羽ちゃんだった。楽しそうな笑顔を浮かべ、るんと弾んだ声色。それだけでクラスの雰囲気が変わり、「いいんじゃないか」などの声がこぼれ始める。

「よし、じゃあ決まりだ。あとは店名と役割分担だ。もう時間無いから時間があるときにみんなで決めといてくれ」

 武中先生は早口でそう捲くし立て、教室を出ていった。それとほぼ同時に数学を担当する先生が入ってきた。

「文化祭の出し物が決まったのか?」

 楽しそうな表情でそう言うも誰も反応しない。

「反応無しってひどいな。なー」

 数学の先生は私と中筋くんが席に着く様を目で追いながら、一番前の席に座る少し天然パーマがかかった男子生徒に絡む。

「無視なんてしてないですよ」

 男子生徒は少し声色を硬くして答えると、数学の先生は面白くなさそうに「そうですかー」とこぼし時間を確認する。同時にチャイムが鳴る。

「委員長、挨拶ー」

 先生は教卓の前に立ち私たちのほうに向いてから言う。

「起立――礼」

 中筋くんの号令とともに授業が始まった。



 * * * *


「役割分担か……」

 帰路に着いた私はそうこぼす。

 今日の5時間目。役割分担を決めるための話し合いが持たれた。結果としては何も決まらなかったが、主な役割は決まった。クレープを焼く人、クレープを売る人、宣伝担当といったところだ。売る人の中にはお金をもらう人、商品を渡す人に分かれるらしい。一緒じゃだめなのという声に、中筋くんがお金を触った手で商品を渡すのは失礼だからと言い分かれることになった。

 また、クレープを焼く火は言葉のままでクレープを焼く人、トッピングをする人に分かれるらしい。宣伝担当は当日は当然のことだが、当日までにもポスターを描いたりして私たちのクラスがアイスクレープ屋をやることをアピールするのに動く。

 どれも大切で穴が空くとほかの人に大きな迷惑をかけることになる。


「私、参加できるかも分かんないのに役割なんてもらえないよ」

 昨日の反省を生かし、少し後ろを気にしてからそうつぶやく。

「でも、出来るならみこっちゃんや美羽ちゃん、それからみんなと楽しくクレープ焼いて笑いたいな……」

 漆黒の闇がすぐそばにある。いつそちらに引き摺り込まれるかわからない。動くことすらままならなくなり、光が遠のいていく。手を伸ばしても、どんなにもがいてもそこからは逃れられない。

 ずっと前から知ってて覚悟がしてた。

「どうしてこの時期なの? あと一ヶ月遅かったら……。遅かったら一学期が終わって、夏休みに入ってたのに。どうして、どうして今なの……」

 堰を切ったかのように言葉があふれ出てきてとまらない。とめどなくこぼれる言葉に感情が乗り、涙となって目から落ちる。

 あと少しで家だというのに足が思うように動かない。どうして、どうして、それだけが頭のなかをぐるぐると回る。

 あと一ヶ月でいいから。お願い。

 涙でゆがんだ視界。ぐちゃぐちゃにひずんだ世界をおぼつかない足取りで歩き、家へと帰っていった。

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