第56話 全身凶器
この家に戻るのも久しぶりだ。
借家とはいえ、アドバンに来てからずっと住んでいるのではじまりの街の自
分の家よりだいぶ愛着があったりする。
ドアを開けるとしばらく人の出入りがなかった時特有のムンッとした空気を
感じた。
例えるなら旅行から帰った時にドアを開けた時みたいな感じだ。
ノースヘッド学園都市での依頼は旅行と言ってよい程、移動時間も滞在時間
もかかったからね。
「ちょっと空気の入れ替えでもしようか」
密閉されていた窓を開けようとするとエリーに止められる。
「開ける場所は2箇所でいいわ。あとは任せておきなさい」
エリーに言われた通り玄関のドアの丁度反対側に位置した窓を開ける。
「風の精霊よ! ウィンド!」
エリーは初歩魔法を完全詠唱して部屋の中の空気をコントロールしていく。
数十秒も経つと部屋の中の空気は完全に入れ替わり、外の暑さもあって清々
しいとは言えないまでもスッキリとした気分にはなった。
「はいはい! それじゃドアと窓閉めてさっさと部屋を涼しくするわよ! や
っぱりわたし暑さには弱いみたい」
負けず嫌いなエリーが自分の弱点を何度も繰り返し言うという事はそこまで
苦手としてるのだろう。
「エリーさんは母親のフィーナ様譲りで肌が真っ白ッスからね。フィーナ様は
アドバンの暑さ大丈夫ッスか?」
エリーとは違って特にきつそうにもしてない。やはり女神様クラスになると
暑さ寒さは問題ないのかもしれない。
汗一つ掻いてない事がそれを物語っていた。
「わたしは大丈夫よ! エリーも本来大丈夫なはずなんだけれど……。だいぶ
人間としての生活が長かったからかしら」
そうかもしれない。酒場ではダンカンさんそっくりな飲みっぷり、クロエフ
ェスティバルの時はおもいっきりリバース。
あの時は酔いの醒めたエリーに上位をぶっ放されるところだった。
完全に俗世に染まっていると言っても過言ではないかもね。
「部屋も涼しくなってきたし飲み物で一息ついたらクロエ様とアリス呼ぼうか」
「わたしも直接会うの久しぶりなのよね~! 嬉しいわ!」
地上での活動が多かったフィーナ様は2人と会うのも久しぶりらしい。ノー
スヘッド学園に助っ人として来て貰った時も、例の頭の中に直接会話するアレ
でやり取りをしたらしい。「クロエちゃんがあまりに居ても立ってもいられな
い感じで話しかけて来たから急いで来たのよ」と言っていた。
「クロエ様ー! アリスー! 今から来れますか?」
数秒も経たずに煙が出ると何かが腕の中へ飛び込んできた。
「ク、クロエ様!?」
「あ゛い゛た゛か゛った゛わ゛~」
腕の中で号泣するクロエ様にどうしたらいいかわからず自分の腕をあたふた
とさせている。
エリーとクゥがジェスチャーでどうしたらいいのか伝えてきたので、クロエ
様を抱き締めて頭を撫でてあげた。
いつも自分がされているのとは反対に。
しゃくりあげていたクロエ様も少し落ち着いてくるとニヤニヤ笑いのフィー
ナ様を見て恥ずかしそうに俺から離れた。
「フィーナったら、久しぶりなのに意地が悪いわ……。」
「クロエちゃんは相変わらずかわいらしいわね!」
このこのっとクロエ様の肩をつついている。
「そっろそろいいっかなー?」
光が溢れ出す。アリスも来れるようだ。
「ジャーン! ちゃんと空気を読んで時間をずらしてきたんだよ。えらいえら
い?」
「そうね。ありがとう、アリス」
アリスにそう言うとクロエ様は俺に向き直り改めて言った。
「おかえりなさい。本当に無事で良かったわ」
「ただいま帰りました。助っ人に呼んでくれたフィーナ様の封印のお陰で何事
もなく戻ってこれましたよ」
クロエ様は俺を確かめる様に触れている。
「まさかこんなに早くアイツが干渉してくるなんて思わなかったの」
何か違和感がある。確かに俺達は成長をするためにデスらない事を前提でダ
ンジョンの攻略を進めているがそんなに心配だったのだろうか。
「フィーナから大体聞かされたわよね? 元最高神が関わる事では何が起きる
かわたしでも想像つかないのよ」
「大体は聞きました。つまりどういう事ですか?」
「今の世界はくろえおねーちゃんの力でデスらずに済んでるのー。元最高神が
関わっちゃうとね、本当の死をそのまま与えられる可能性すらあるかもっ」
……。ヤバイヤバイヤバイ。全然そこまで考えてなかった。
元最高神って封印されてるんだよね? 突然の死という言葉に震えが止まら
ない。
「デスどころか死ぬとか無理ッスよー」
尻尾を丸めかわいそうなぐらいに怖がってるクゥを見ていたら自然と震えが
止まった。
「クゥ、大丈夫だよ。そんな事には絶対させない。それにその元最高神と関わ
る事もないでしょ」
もう戻ってきたわけだし、封印されている元最高神もそうそう干渉してきた
りできないんじゃないかなぁ。
クロエ様は申し訳なさそうに呟く。
「ごめんね。それに関しては断言できないわ。もちろんわたしもできるだけ守
るつもりでいるわよ」
静寂が訪れる。痺れを切らしたように彼女が叫ぶ。
「あーっもうっ! 今考えても仕方ない事で落ち込むのは止めよ! クゥ!
ロックもわたしもそんな事には絶対させないわ! わかった!?」
エリーの勢いに飲まれ返事をする。
「はいいッス! エリー様の言う通りッス!」
「ロックもわたしもクゥももっと強くなって返り討ちにしてやればいいのよ!
わたし、今回はかなり成長した自信があるわ!」
全員が落ち込みかけていた場を1人でひっくり返した。さすがは光の女神の
娘だけある。当の光の女神すら落ち込みかけていたのに。
「それじゃ~、アリスの出番かな~? 3人とも今回はすごい~よ!」
アリスに祝福してもらう。ノースヘッド学園都市では本当に危険と隣合せだ
ったのだ。
アリスの舞からいつも以上の光が俺達3人に流れ込んでくる。
「か、体が熱くてどうにかなりそうッス」
「わたしもよ! ほら、手を繋ぎましょ。少しは楽になるわ」
俺は仁王立ちで手を繋ぐ2人を見ている。よきかなよきかな。
「痛ッ」
突然、腕に痛みが走る。
腕を見るとクロエ様がつねっていた。ぎゅうぎゅうと。
「クロエ様ッ! 一体なんで!?」
「自分の胸に手を当ててよく考えてください~っだ!」
自分の胸に手を当てて考えてみたがよくわからなかった。何か気に障る事で
もしたのかな。
「鈍感なロックちゃんにはわからないだろうから教えてあげるわ! クロエち
ゃんはエリーとクゥちゃんをなめるような視線で見ていたロックちゃんにヤ
キモチを焼いたのよ」
「わーわーわー! 何も全部説明しなくてもいいでしょ!」
いつも大人の包容力でいっぱいのクロエ様も、フィーナ様と話してる姿はま
るで少女のようであった。
「ロック君もあまり他の女の子見てたらダメなんだからね」
「すみません。仲良くしてる2人に思わず目がいってしまって」
「わかればいいのよ、わかれば。こっちに来て?」
俺はクロエ様の胸に埋まり、エリーはフィーナ様に抱き締められ、クゥはア
リスにモフられていた。
「3人とも自分のスキルを見てみるの~」
アリスに促され、クロエ様の腕の中でスキルを確認する。
エリーが言っていたが、俺もかなり成長している自信があった。あったのだ
がまさかここまでとは……。
「警戒10、罠感知10、隠密10、鉄壁の盾12、即死回避11、軽盾8、
解錠6、霊耐性1。そしてやっと武芸が武芸二十般になったよ!」
「警戒15、罠感知14、隠密12、短剣2、爪2、解錠10、応急修理3。
結構すごくないッスか?」
「警戒10、罠感知10、隠密10、鉄壁の盾8、即死回避7、解錠6、無詠
唱、魔導書+、大魔導E?、詠唱+-? わたしのスキル、変なアルファベ
ットがついてるし……+-とかなんなの……」
エリーの魔法系スキルだけが特殊過ぎてよくわからない。
「魔法系統のスキルだけはレベルの上がり方が特殊なのよ。大魔導は最大目前
だから安心していいわよ!」
それを聞いたエリーは大喜びする。
「ほんと!? ママ! やったー!」
エリーの魔法の技術はそんな高みにまで上り詰めていたのか。
くっ、ちくしょー、羨ましくなんてないんだから。
自分のスキルを見れば見るほどあまりに平均的だった。3人のスキルを見比
べると
魔法に特化したエリー、冒険者になってから日が浅いにも関わらず斥候役と
手先の器用さを全面に押し出した成長を見せるクゥ。
俺の売りって武芸ぐらいしか……。
「何もスキルに表示される事が全てじゃないのよ」
俺を撫でながら慰めてくれるクロエ様。
「そもそもスキルLevel10以上って上級冒険者クラスじゃないッスか」
2人の急激な成長具合で若干凹んでいたが、クゥが言うように上級冒険者で
もLevel10以上のスキルはそうそうあるものではなかった。
「それにろっくおにーちゃんにはクロエおねーちゃんとアリスの祝福もかけら
れてるからねー」
「ん? それ前に言ってたけどどういう事なの?」
「さっき言った「スキルに表示される事が全てじゃない」っていうのがただの
慰めじゃないって事よ。はい、この話はおしーまい」
よくわからないままクロエ様に抱きつかれたら全てがどうでもよくなった。
俺は強いパーティーメンバーに恵まれて神様に優しくされて幸せだなぁ。
「ロックの武芸ってぶっ壊れスキルよね。最近、全身凶器になってきてるじゃ
ない!」
「本人は全然気づいてないッス。たぶん頭まで武器になってるッスよ」
「何それ。わたしも気をつけましょ!」
「いや、エリーさんは既に手遅れなんで大丈夫ッス」
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