第50話 おっぱい


 フィーナ様には尋ねたい事も色々とあった。

 だが今日は久しぶりに会えた2人を親子水入らずで過ごさせてあげよう。

 そう考えた俺はすぐに解散する事にした。


 「エリーさん嬉しそうでしたッスね」

 「前に家族の話を聞いた時も母親の事は心配してたからね。実は母親しか存

  在しなかったという驚愕の事実だったけど」


 エリーの母親が光の女神様という事にはあまり驚いていない。

 彼女のカリスマ性や実力、そして何よりも神様全員に共通しているあの自由

奔放さから何らかの関わりがあるのではないかと予想していた。

 ただ今日は様々な事が起こり過ぎた。もう寝よう。

 クゥを送り出し1人になると、自然と眠気が襲ってきた。



 「てへっ、来ちゃった」


 あれ、クロエ様降臨できないはずじゃ?


 「ここはロック君の夢の中よ。直接行く以外のもう1つの裏技なの~」

 「そういえば部屋で1人になったらいつの間にか寝ちゃってたんでした」


 クロエ様はアドバンスタイルから普段のクロエ様らしい柔らかさと神々しさ

を感じる見た目になっていた。

 はじまりの街セレンで会ってた頃もこの姿だったので、この世の物とは思え

ない程の美しさを持つこの姿こそがクロエ様という感じがするんだ。


 「もう、ロック君ったら。そんな事言われたら我慢できないわ」


 どうやら思った事も聞こえているらしい。

 実際に降臨している時も度々、神様達は考えてる事や思ってる事を読んでる

気がするのでそれが当たり前にできるのだろう。


 ここは夢の中。

 自分の意思でうまく体を動かせない。

 まるで水中にいる様な、まるで空中にいる様な。体は自由を失い、クロエ様

の元へ落ちていく。


 「は~い、つっかまえた~」


 自由を失った俺の体をクロエ様は柔らかくふんわりと抱き締め、上も下もな

い世界を漂っている。


 「ん~! 久しぶりのロック君成分だわ~」


 クンクンと髪の匂いを嗅がれるとさすがに恥ずかしい。それを知ってか知ら

ずか余計クンクンしてくる。

 臭くないかなとか、夢の中だと匂いってするのかなとか、そんなとりとめの

ない考えが脳裏をぎるがどうでもよくなってしまう。


 「クロエ様、俺に何かしましたか?」

 「何もしてないわよ~。ただ、ロック君にわたしをすりこんでいるの」


 窒息しそうなぐらいクロエ様の胸に埋まりながらクロエ様が囁いてくる。


 「今日、少し話せたけどあれだけじゃ足りなかったんだもん」


 クロエ様は少し辛そうな表情をしながら言う。


 「ロック君。明日フィーナを連れて図書室へ行ってきて。そしてこの世界

  と神々について教わって」

 「わかりました。どうしてそんな顔をするんです?」

 「これからロック君には幾つもの困難が降りかかるわ。あなたに頼る事し

  かできないわたしを許して」


 こんな辛そうで弱気なクロエ様は初めてだ。


 「そんな顔しないでください。クロエ様には神に相応しい笑顔が1番似合っ

  てますよ。俺は強くなるためなら、どんな困難だって乗り越えてみせます」


 「アリスのために強くなってくれるなんて感激なの~」


 まぶしい光とともにアリスが現れた。アリスと会うのも久しぶりだなぁ。


 「強くなる! イコール! 成長する! アリスに会いにくる! ほらね」


 クロエ様はアリスがくる事も予想していたのか溜め息をつきながらも帰らそ

うとはしない。


 「もう、丁度良いところだったのに~。アリスはタイミングを覚えなさい」

 「だってだってだ~って! アリスも寂しかったんだも~ん!」


 そう言うとアリスは俺の腰の辺りに抱き付いてきた。


 「むふふ~。ろっくおにーちゃんの匂い! くんかくんか!」


 アリス……あまりそこら辺の匂いは嗅がないでもらえると助かるよ。


 「それじゃ、わたしもおっ邪魔しま~す!」


 フィーナ様までやってきた。もうエリーとの時間はいいのかな。

 エリーも今日は疲れていたし寝てしまったのかもしれない。

 それにしても、甘々な時間を過ごしてるところをエリーのお母様のフィーナ

様に見られるのはなんだか恥ずかしい。


 「もう! 水臭いわねぇ! わたしにも甘えていいのよ?」


 エリーとフィーナ様は何から何まで本当に似ている。フィーナ様に甘えると

いう事はエリーに甘えるみたいで……。

 それに、胸が絶望的にまな板なところまでソックリなんだ。

 きっと胸には希望ではなく凶がつまっているのかもしれない。


 ん? どうしたんだろう。クロエ様とアリスが離れていく。


 「ロックちゃん……。ほぼ初対面でここまでわたしをコケにしてくれたのは

  あなたが初めてよ! 喰らいなさい!」


 フィーナ様にこめかみをグリグリされた。

 丸聞こえな事を完全に忘れていた。

 世の中には口に出してはいけない事もある。ただし、思うだけでアウトな事

もあるんだ。



 その翌日、エリーとクゥに起こされる。アーヤは日直で先に行ったようだ。


 「ロックの部屋とロックの周辺からまた甘い香りするけどまさか神様といや

  らしい事してたんじゃないでしょうね!」

 「神様は降臨できないでしょ。夢の中でクロエ様とアリスとフィーナ様と話

  してただけだよ」

 「あ、あんた……まさか……」


 口に手を当て青褪あおざめるエリー。


 「エリーさんのお母様に手を出すのはどうかと思うッス」

 「どちらかというと手を出された。物理攻撃で」


 詳しい理由をボカしながらこめかみをグリグリされた事を話した。


 「なーんだ! そうだったのね。ほんと、何やってんだか」


 誤解が解けて学校へ行く準備をしようとしたところでフィーナ様が現れて真

実を語り始める。


 「わたしとエリーちゃんがソックリなんですって! 胸がえぐれてるとこま

  で」

 「ちょ、そこまでは……」


 真実はたっぷり盛られていた。

 そして振り返るとそこには真顔の鬼がいらっしゃったー。


 「神様へのお祈りは済ませたかしら? 心配しなくても大丈夫よ。デスらな

  い拷問ごうもんなんていくらでもあるの」


 夢と現実両方で激しく痛めつけられた。

 ダメだ! これから胸の事は頭の中から排除するんだ!



 エリーとクゥを学園に送り出し俺はフィーナ様と一緒に図書室に来ている。

 学園長には自由に使っていいと言われているので、図書室の司書の人に許可

を得ている事を話し歴史や神々についての文献のある棚を教えてもらった。


 「この辺かしら! ロックちゃん持ってって」


 フィーナ様が本棚から取り出す本を持って自習机に行く。

 こういった本を読んだ事は1度もない。

 機会がなかったというのもあるが、図書館や図書室といった場所にも来た事

がなかった。


 「は~い! それじゃフィーナ先生の講義を始めるわよ~」

 「よろしくお願いします」


 明らかに伊達メガネだと思われる物をつけてキリリッとしたフィーナ様がメ

ガネをしきりに上げながら話し始める。


 「本のここを見てね。神々の現在の体制が作られたのが約500年前になる

  のよ」


 本の中にはクロエ様を中心に謎に包まれたままの神様達の挿絵が描かれてい

る。


 「人間の一生からしたらすごく長いけど、思ったより最近なんですね」

 「そうね~! 長寿な種族だとその瞬間を体験した人もいるんじゃないかし

  ら!」


 俺は会った事はないが妖精族やエルフ族はとても長寿らしい。

 ガリアさん達ドワーフ族も人間より少し長寿だとか。


 「今の体制になる前ってどうだったんですか?」

 「重要なとこをストレートにくるわね!」


 本のページをめくり目的のページにたどり着く。


 「生きとし生けるものはいつ死ぬかわからずにいたわ。場合によっては生ま

  れる時に死ぬ者もいたの」


 その言葉に衝撃を受ける。寿命をまっとうする事なく死に至る事もあったのか。


 「でも、それが当たり前で常識だったのよ」

 「それじゃ一体なぜ今みたいになったんですか?」


 それに対しフィーナ様は苦笑いで答える。


 「クロエちゃんがそれを望んだからよ。あの時、わたし達は悲しい選択をし

  なければならなかったの。そのお陰で今日こんにちの世界が維持されてるのよ!」


 すごく嫌な予感がした。それって、つまり……。


 「もしその選択がなされなかったら?」

 「世界は消えていたわね」


 まるで頭をハンマーか何かで強く叩かれたような衝撃を受けた。

 自分が立っている場所が音もなく崩れ去っていくような気がしてクラクラと

する。


 「大丈夫よ! クロエちゃんもいるし、なんてったってわたし達がついてい

  るんですから!」

 「そ、そうですよね」


 だからこそ500年もの間、寿命以外で死なない世界が成り立ってきたのだ。

 ただの一般人でしかない俺にとってはあまりに途方もないスケールで尻込み

してしまった。


 「ふふっ。それじゃ少し休憩にしましょうか。こちらにいらっしゃい!」


 話を聞いているだけなのになぜか手を握りしめていて嫌な汗をかいてしまっ

ていた。


 「わたしはエリーちゃんとは違うわよ?」


 悪戯っぽく言う姿はエリーのようであって、確かにエリーにはない大人の女

性の雰囲気を感じた。

 神様がよく使う体の自動操作で、俺はフィーナ様の膝の上に頭を乗せていた。


 「娘と息子どちらにするか最後まで悩んだのよね!」


 優しく撫でてくる手は母親の記憶のない俺にもしっかりと母を感じさせるも

のだった。



 「ガラガラッ」


 そんな折、図書室の扉が開かれ実の娘さんが入ってきた。


 「ロックー! ちゃんとママと勉強してる?」


 さっきまで勉強してたけど今は膝枕で撫でられてるよ。


 「キャーッ! あんた人の母親に何させてんのよ!」

 「こらっ! エリー。図書室では静かにしなさい」

 「叱るところそこなの!?」


 エリーも自動操作でフィーナ様の膝の上に頭を乗せて俺と2人撫でられてい

る。


 「ふふふぅ。娘だけじゃなく息子もできたみたい」

 「もう、ママったら」


 エリーも微笑んでいる。

 こんな時間がずっと続けばいいなぁと考えながら撫でられるままに目を閉じ

た。

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