異世界少女の日本旅行

日上(ひがみ)

異世界少女の日本旅行

ビョルヴィーカ王国。

それは遥か遠く北方の大陸の末端にある平和な王国である。

およそ40万平方キロメートルとそれなりに広い国土ではあるが、総人口は400万人にも満たない。国土の大半は山に覆われており、首都であるパルムに人口が集中している。

ビョルヴィーカ王国では旅の文化が根強く、王族や士族、庶民など階級の枠を越えて国民みんな旅が大好きである。そのため1年の訳三分の一程度を旅に費やしている。

近年ではこの国が在る世界とは別の世界・・・通称「異世界」への旅も流行している。どうやって別の世界へ行くかと言うと、国民の大半は魔法を使える魔法使いであり、その中でも魔力のある国家魔法師は転移魔法を使える。旅行客は「ターミナル」と呼ばれる場所で行き先別に転移魔法によって異世界へと移動できる。

そして、今日もとある女魔法使いが2ヶ月ほどの長期滞在で異世界へ旅行するためにパルムのはずれにあるターミナルへ来ていた。

彼女の名前はサティア・シロノワ。パルム大学魔法学部に通う19歳の魔法使い兼大学二年生の少女である。

サティアは半年前から人生初の異世界への旅行を計画し、異世界への旅行経験のある友人や親戚たちにも何処が良いかを聞いてみたりした。あとは旅行ガイド本などで下調べをして、いろいろ悩んだ結果2ヶ月前に行き先を決めた。選んだ理由はシンプルに「治安の良さ」だった。その場所は異世界旅行の初心者には非常に行きやすい場所としても人気がある。それから大学側に休暇届を出したり、旅費を集めたりして今日に至る。

お昼前にターミナルに着いたサティアはぎっしりと荷物が詰まった鞄を背負い、その行き先の転移ポイントへと移動した。転移魔法を使って移動できるといっても、この魔法は非常に体力を消耗するためいつでも使えるわけではなく、1人の国家魔法師に付き1日に2回、多くても3回が限度である。

サティアが使う便は今から10分後の午後0時丁度であった。

急いで旅行先の外貨に両替してもらい、重たい鞄を背負い、はぁはぁと汗水流し言いながら、転移5分前に無事に転移ポイントへとたどり着く。

この転移ポイントには大体20人くらいの旅行客が集まっていた。サティアは初めての異世界旅行に胸躍らせており、きらきらと瞳を輝かせながら、まだかまだかと心の中で叫んでいた。

そして、午後0時0分。転移ポイントの端にいた一人の国家魔法師がぼそぼそと呪文を呟くとその転移ポイントに魔法陣が浮かび上がり、魔法陣の光が強くなっていくいきその光が最高潮になるとサティアら旅行客を光で包み、ぽっと旅行客ごと消える。無事に転移が成功した。


サティアが向かった先は「日本-東京」だった。


光が消えるとサティアの目の前には、見たこともない多数のガラス張りの大きな建築物が立ち並び、馬がいなくても走れる車が沢山行き来している景色が現れた。

「すごい・・・ここが異世界の大都市。トーキョー・・・」

サティアたちが転移した場所は、東京及び日本の交通の要所である東京駅の八重洲口であった。サティア以外の旅行客たちもこの景色に驚いている。

それもそのはず、サティアたちの世界では魔法がものすごく発達している世界であり、逆に科学という概念がないのである。そのため、サティアたちの世界の建築技術は低くどの国のどんな都市でも建築物はこちらの世界における中世前後のものが多いのだ。

「にしても、賑やかな場所・・・人も見たこともないくらい沢山いるわ!」

異世界らしい変わった服を着た人たちがサティアの住む首都パルムでも見たこともないほど沢山の人が行き交っている。

それからすぐに他の旅行客たちは、それぞれの行き先に向かい散り散りになった。

「さてと・・・私も“待ち合わせ場所”に向かいましょうか。たどり着けるかしら?」

実はサティアは、この「異世界」の案内人として現地の人を、ビョルヴィーカの旅行会社を通じて手配してもらっていたのだった。

ここ数年は異世界との国交も少なからずあり、異世界同士の交換留学も行われていたりしているほどである。

サティアは旅行会社から貰った、案内の名前と待ち合わせの指定が書かれてある紙を見る。

「えーっと・・・ハナビ・カツシカさん?で大丈夫なのかしら?」

案内してくれるのは、この世界の住人の葛飾花火という人である。

「・・・午後1時、ジェイアールヤエスチューオウグチにて待ち合わせ・・・っと」

サティアの正確な現在地は東京駅八重洲南口のバスターミナルで、八重洲中央口は50メートルもないのであるが、見知らぬ土地しかも異世界である。たった50メートル先であってもたどり着くのはそう容易ではない。

「とりあえず、自分で探してみましょう!時間もまだ1時間くらいあるっぽいし!」

サティアはまずは自力で八重洲中央口へ向かうことにした。

だが、その判断はサティアにとって正解では無かった。

サティアは東京駅八重洲南口に入ったが良かったのはここまでであり、待ち合わせ場所である八重洲中央口を遥かに越えても直進し続けていた。

しかし、肝心のサティアはというと、すっかり見慣れない世界の光景に背負っている鞄の重ささえ、忘れさせるほど夢中になっていた。そしてそんな彼女がたどり着いた先は・・・。

「えーっと・・・ここで良いのかな?」

とりあえず、確認のために近くを通りがかった人にようやく訊ねることにした。通りかかった人は30代くらいのサラリーマンであり、見慣れない服装のサティアを物珍しそうな目で見ていた。

「すいません、ジェイアールヤエスチューオウグチってここですか?」

サティアは余裕な顔をして、翻訳魔法のおかげで話せている日本語を使い、聞いてみたが。

「ううん。ここはJR丸の内北口。JR八重洲中央口は反対側の場所だよ」

「え?」

サラリーマンは役目を果たしたかのような満面の笑みでサティアに手を振りながら、丸の内にあるであろう会社のオフィスへと去っていった。

「え、いや、ちょっと、待ってくださぁぁぁぁぁあああい!」

サティアは再度サラリーマンに尋ねようとしたが、気がついたら彼は駅の外へ出ていた。

思い切り楽天的に考えすぎていたサティアは丸の内側の改札口に突っ立ちながら、途方にくれた。

「どうしよう・・・」

とりあえず反対側の場所まで来てしまったというわけで、元の場所まで戻ろうとするが先ほどまで東京駅の景色に夢中になってしまったため、どうやってここまで来たかはっきりと覚えていなかった。

「えー・・・と、えーっと・・・」

サティアは迷路の様な東京駅の通路を彷徨い続けた。

しかも我に返ったため、鞄の重さを感じるようになり汗だくで着ている服も湿っているほどである。

「あの・・・すいません・・・ジェイアールヤエスチューオウグチは何処ですか?」

とにかくその辺りを歩いている人たちにJR八重洲中央口の場所を尋ねた。8人くらいに質問してようやく待ち合わせ場所のJR八重洲中央口に辿り着いたが、時刻はすでに待ち合わせ時間である午後1時を40分以上オーバーしていた。

「大変・・・時間が!」

汗をだらだら流しながら。サティアは急いで案内人である葛飾を探すが人があまりにも多すぎて葛飾が誰だかわからなかった。

「人が多すぎるよぉ・・・う、うぅ・・・」

困り果てた末に、とうとうサティアは泣き出した。

「うぇ~~~~~ん、カツシカさん何処ですかーっ!」

東京駅の人が沢山行き交う改札口のど真ん中で、大声で泣いていたため周りの人は何事かと思いながら、彼女を見ていた。

見知らぬ土地での旅行先でいきなり危機に陥ったサティア。

そんな泣き続けている彼女に、紺色のカーディガンを着た黒いリボンの付いたポニーテールが特徴の身長170cmくらいの女性が声を掛けた。

「・・・さんっ!サティアさん!」

「ふえっ?」

「良かった・・・サティア・シロノワさんですよね?初めまして、私が今回あなたの案内人を勤める葛飾花火です。」

この人がサティアの旅の案内人である葛飾花火であった。

「カ、カツシカさん・・・」

「あ、あと私の事は気軽に“花火”って呼んでね・・・って、えぇ?」

「うわぁんー、良かったぁ、会えたよぉー」

サティアは泣きじゃくりながら、葛飾にぎゅっと強く抱きついた。

「ちょっ、ちょっと、やっと会えたと思ったら何よいきなり!」

はっと気がついたサティアは、抱きついていた葛飾から少し距離を取る。

「あ、すまいません。つい・・・嬉しかったので」

今まで泣いていたせいで頬が赤く涙と鼻水をたらしながら、笑う。

「いいの、いいの。気にしないで。私だって初めての海外旅行は道に迷いまくったし」

「ありがとうございます!カツシカさん!」

「花火でいいよ」

「うん、ハナビさん!」

「とりあえず、あなたちょっと疲れているっぽいし、私もあなたから聞いてみたいことがいっぱいあるから、ここから近いカフェで休まない?」

「いいですね!」

「じゃあ決まりね。とりあえず、その重たい荷物をロッカーに預けましょうか?」

「・・・そうですね」

サティアの荷物を駅のロッカーにひとまず預けて、八重洲北口の方にあるカフェスターバースコーヒーに来た。

サティアはコーヒーフラペチーノ、葛飾はアイスコーヒーを注文し、2人掛けの空きテーブルを見つけたので、そこの椅子に座りながらしばらく身体を休めることにした。

「んんっ!この世界のコーヒーも美味しいですね!」

サティアは先ほどまでの疲れが消し飛んだかのように目を輝かせながらストローを咥え勢いよく、ずずっ、ずずっと音を立てながら、コーヒーフラペチーノを口の中に吸い込んでいた。

「気に入ったのね」

葛飾はゆっくりとアイスコーヒーを飲んでいるため、透明なプラスチックのカップに入っているコーヒーの量はあまり変わっていなかった。

「はい!この世界のカフェも好きになりそうです!」

「それはありがと、そういえばサティアさんの住む世界のカフェとは何か違ったところとかあったりするの?」

「私、よく地元のカフェに行くのですけど、もっとこじんまりした店が多い感じですね。あと長時間いても退屈しないように雑誌とか絵本、小説とかも置いていますね~」

「へぇ、本をのんびり読みながらゆっくりできるのかぁ、いいなー」

「でも、この世界のカフェもすごいですよ!メニューが沢山あってどれもすごく美味しそうです!私たちの世界ではコーヒーとパンケーキくらいしかメニューにないのですよ」

「お互い、隣の芝は青いってことかー。」

「そうですねぇー」

そんなこと言っているあいだに、サティアが飲んでいるコーヒーフラペチーノはすでに空っぽになっていた。葛飾の飲んでいるアイスコーヒーはまだ半分くらいある。

そのタイミングで葛飾は話題を変えた。

「そういえば、サティアさんは魔法を使えるのだよね?どんなのが使えるの?」

「魔法ですか・・・一応調理するくらいの火力を操れたり、あとは家の照明を長時間保つための発電と、箒をつかって移動したり、それから・・・」

「意外と地味なのね・・・」

「こちらの世界とは真逆で科学の力が皆無ですので・・・」

「あ、そういやそうでしたね・・・」

「じゃあさ、指からちょっとした火を出せたりするの?」

「はい。それくらいなら簡単にできますよ。見ます?」

「見る!見る!」

「うん!じゃあちょっとだけ!」

サティアは人差し指を葛飾の前に出し、簡単な呪文を唱えた。

ぽっ。

サティアの人差し指の先端から小さなオレンジ色の炎が現れた。

「おおっ!」

葛飾は感嘆の声を出した。

「こっちの世界じゃ魔法使いは空想の存在に過ぎないから、すごい感動する」

「えへへへへ~それほどでも・・・」

にたぁとした表情でサティアは照れる。

「あれ?」

しかし、浮かれて気が抜けてしまったために炎の出力を誤って強めてしまった。

ぼぉっっ

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、サティアさん、炎に出すぎてるよ!」

「はわわわわわわわ、すみませんっ!」

その刹那サティアは急いで炎を消したので、幸いにも2人を含めて怪我人は出なかったし、店舗の被害も出なかったが、さすがに店員や他のお客も驚いていた。

「はぁ・・・危なかった」

「ごめんなさい、つい調子に乗ってしまって・・・」

「いや、私の方こそ場所を選ばす、興味本位であなたにやらせてしまって・・・ごめんね」

「お互い様ってことにしましょう」

「うん・・・」

それから3分くらいお互いテーブルの下の方を向きながら沈黙していた。

「・・・大分休んだし、そろそろ出ようか?」

「・・・はい、そうですね」

午後3時。2人はスターバースコーヒーを出た。1時間程度のんびりできたのでサティアは大分疲れが取れていた。

「とりあえず、今日はあまり遠くまでは案内できませんが、どこ行きたいですか?」

「えーと・・・ですね・・・このあたりですと・・・」

サティアはロッカーには預けず肩から下げていた小さな鞄から、ビョルヴィーカで出版されている日本旅行のガイド本を取り出した。

ぱらぱらとページをめくっていき、真ん中あたりのページでめくるをやめ、葛飾に見せた。

「これ!これです!」

そのページに描かれてある挿絵には沢山の高層建築物と道路を交差に行き交う沢山の人たちが描かれていた。

「これは・・・渋谷のスクランブル交差点?」

「そうです!ここ行ってみたいです!」

葛飾は東京都内に住んでおり、プライベートで渋谷のスクランブル交差点はよく使っており非常に身近な場所と感じていたため、なぜこんな所が別世界の人たちの名所になっているかよくわからなかった。

「へぇ・・・、渋谷はここからだと近いし、いいんじゃない?」

「はい!じゃあ行きましょう!」

「うん」

2人は渋谷に向かうために、東京駅の八重洲口の方面の改札口へ向かった。

サティアはるんるんと心躍らせ、葛飾に寄り添いながら東京駅の通路を歩いていった。

葛飾の方もこれも悪くないと思いながら、これからのことを想像しながら歩いていった。

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