私について少し話そう
綾野祐介
第1話 私について少し話そう
私が何者だって?
それはなかなか難しい質問だが、それがど
れだけ難しい質問なのかを君は判っているの
かい?
まあ、いいだろう。折角ここで知り合った
のだ、君の質問に私なりに少し答えてあげる
としよう。
但し、私が自らのことをどれだけ理解し、
どれだけ言葉にできるのかは、自分でもよく
判らないがね。
私は、ただ、ただ、暗い性格だった。
だからと言って友達が居なかったわけでは
ない。仲間というか同族というか、確実に独
りぼっちではなかった。
近くにいるわけではないが、たまに会うと
融合するかのように解りあえた。元々同じ境
遇に生まれているのだから、一目で同じだと
判断できる。そして、その出会いを糧に私は
いつも成長して、一回り大きくなるのだ。
確かに珍しいのかも知れない。早い段階で
は存在すら認めてもらえなかった。でも最初
から私はそこに居たのだ。あまりにも暗いの
で気が付かれなかっただけだ。影が薄いにも
程がある、と自分でも感じているがね。
少しづつ進化してきた過程の中で、人知れ
ず生まれていた私に、君のような特異な人が
気が付いてくれるようになってきた。原初の
ころは全く歯牙にもかけられなかったが、最
近ではむしろ私が中心になってきた。私が居
なければ全く持って回らないのだ。そういう
世界だと気が付いてくれたのは喜ばしい限り
だ。
ただ、ただ、私は暗かった。
双子で生まれる同族もいた。三つ子は見た
ことがないが、どこかに居るかもしれない。
小さい頃は周りには誰もいなかった。生ま
れてすぐは独りぼっちだった。成長するにつ
れて少しづつ、少しづつ周りにも集まってき
てくれた。私に似ているもの、似ていないも
の、みんな私の元にどんどんと集まってくる
のだ。
成長して年もとる。長生きは長生きだと思
う。学校は行ったことはないが、いろいろと
学ぶことには貪欲で、飲み込みは早いと自分
では思っている。どんなことでも、どんなも
のでも、際限なく吸収するのだ。
学校にはいつか行ってみたいとも思ってい
る。同時期を同世代のものと一緒に過ごすの
はどういった感じなのだろう、という興味が
ある。甘く切ない青春時代、というものに、
結構惹かれたりするのだ。
結婚は今のところ考えていない。同居する
他人、というのにどうしても馴染めそうにな
いからだ。ただ、これも縁なので、その時が
くれば必然的にそうなるのではないか、と漠
然と考えている。だから積極的に相手を探そ
うとはしていない。
合コンなるものにも興味は多少あるのだが
行ったことはない。そもそも異性、というも
のがよく判らない。物理的な違いもあれば精
神的な違いもあるはずだ。何をもって絶対的
な異性と判断するのか、これが私にとっては
案外難しい問題だった。
就職というものはどうだろう。定職に就く
ようなつもりはなかった。悠々自適に暮らし
ていくのだ。周囲は私に様々なものを与えて
くれる。自ら求める必要はなかった。みんな
自分から私の周りに集まってきてくれるのだ
から。
それが人格なのか、たまたまなのか。何事
にも動じない、悠然たる態度が好感を得てい
るのだろう、と自分では分析していたが、実
際のところは判らない。
あまりに漠然とした話ばかりで、全く理解
できないって?
仕方ない、ではもう少し話をしてやろう。
私は君たちの誰よりも年齢を重ねている。
そう、誰よりも、だ。私よりも年を重ねてい
るものなど、数えるほどしかいないだろう。
まあ、数えるほどに居るには居るのだがね。
容姿は、まあ、人それぞれに好みがあるだ
ろうから一概には言えない。自分では確認で
きないので、男前、としておこうか。誰も文
句は言えまい。若くない分、老獪だと言われ
ても仕方ないのかも知れない。いずれにして
も、それほど大きな問題ではないし、誰も気
にしないだろう。まあ、その程度のものだ。
職業はさっきも言ったが、言うとすれば無
職ではあるか。就職というものには馴染まな
いと思っている。私を採用し、私を使いこな
せる者が君たちの中に居るとは到底思えない
のだよ。だから、まあ敢えて言うならば自由
業とでもしておこうか。暮らしには困ってい
ないので何も問題はない。
最近流行りの色白ではないな。見ての通り
相当黒いと思う。何か運動をやっていたのか
と言うと、そうでもない。単純な動きや運動
は得意なのだが、複雑な動きは不得意だ。変
わったこと、曲がったことは大嫌いだな。ひ
とつ決めたら、もうずっとそれを続ける、と
いう一途な、まあ、頑固とも言うのかも知れ
ないが、そういった性格だ。
そして、何回も言うが、明るいか暗いかと
言うと、圧倒的に暗い。これは自他ともに認
める私の特性ともいうべきものだ。個性とい
うか、信条というか。誰にも負けないし、負
けたくもない。まあ、自慢じゃないが今まで
負けたことはないがね。
ああ、確かに君の言う通り、暗いことで負
けたことがない、なんていうのは自慢じゃな
いな。だが、そうは言うが、私にはそれ以外
に自慢できることがないのだよ。
暗いや、黒いや、重いや、年齢を重ねてい
る、などということは、何一つ自慢には繋が
らないからね。まあ、自分で自覚はしている
が。
みんな、自分から寄ってくる、というのは
自慢になるか。まあ彼らからしたら、自分か
ら寄って行ったんじゃない、と言って怒るか
も知れないな。確かに彼らに自由意志はない
からね。ようは近いか遠いかの違いがあるだ
けさ。
延々と話をしたが、これで少しは私のこと
が理解できたかい?おやおや、それはいけな
いね。これから君たちは私のことをもっと理
解しないと大変なことになってしまうかも知
れないよ。
遥か遠い彼方にしか居ないなて高をくくっ
ていると、気が付かないうちにすぐ傍にいる
かも知れない。次元なんて11もあるんだか
ら、そのうちの一つに私が隠れているかも知
れないじゃないか。まあ、弦が振動している
なんていうのは幻想かもしれないがね。
まあ、傍にいる、なんていうのは冗談だけ
どね。私は大きな意味では動けるけど小さな
意味では動けないからね。いつか、君たちの
星も私の一部になるだろうさ。
まだ、よく判らないって?簡単な話だろう
に。私は君たちか天の川銀河と呼んでいる銀
河の中心にいる、ただの黒い奴だよ。黒すぎ
て見えないかもしれないけどね。
これでもそんなに年取ってるわけでも、大
きい訳でもないんだよ。もっと凄い奴はたく
さん居るからね。
いつか、私の近くまで来ることが出来たら
もっと詳しく話をしてあげるよ。今のところ
はとりあえず、この位でどうだい?まあ多分
来れないとは思うけどね。来たら来たで、近
づきすぎたりしてシュヴァルツシルト半径内
には立ち入ったらだめだよ。判っているとは
思うけどね。
まさか、まだ判らないとでもいうつもりか
い?いささか、それは思慮が足りなさすぎる
んじゃないか?
まあいいだろう。今少し君のお遊びに付き
合うというのも一興か。私には時間は余りあ
るからね。
そうだよ、私はあらゆるものを取り込むん
だ。決してそれは私から出ていくことはない
し、それを許すこともない。君たちがお遊び
で思いついたことは、あり得ないことでね。
黒に対して白なんて、あまりにも安易で幼稚
すぎる考えだと言っておこうか。
そういえぱ、最近私の仲間というか、まあ
正確には仲間ではないんだが、同じように暗
すぎて認識すらされない古くからの(友人)
のことを君たちが「可視化に成功した」なん
て言っているらしいが、そうなると私のこと
もいつか見つけてくれるのかも知れないね。
但し、可視化に成功したその友人はこの世
界のどこにでもいるが、私はそれほど多いわ
けではないから、ちょっと難しいかもしれな
い。そもそも私の友人には君たちは名前を付
けているようだね。ただ、その名前が彼らの
ことを指していることに君たち自身が気づい
ていないようだ。
何の話だって?
20世紀初頭にアメリカの売れない小説
家が小説の形で発表して、何故だか未だに
綴られ続けている、あの物語のことだよ。
彼らは宇宙の質量やエネルギーの大半を占
めているのに確認できない存在であり、私と
違ってあらゆる場所・時間・次元に存在して
いるのだから。
彼らと比べると私の存在など矮小で取るに
足らないものだろう。
少し話が逸れてしまったようだね。まあ、
彼らにしても私にしても、君たちには容易に
認識できない、という一点では同じだと言え
る。彼らは怒るかもしれないけどね。
私のことも彼らのようにインスピレーショ
ンを得た作家が小説にでもしてくれればよか
ったんだが、物理学者が小難しい理論で導き
出したものだから、まあ、普通の君たちには
興味が湧かないのは仕方ないことだとは思う
がね。
もう少し飽きてきたから、そろそろ終わら
せてもらっていいかい?またいつか私につい
て君たちが何かを発見してくれた時に、もう
少し話してもいいとは思っているんだ。
いつか、君たちが私の元に来れる機会が訪
れることを祈っているよ。私の算段では、そ
の前に種としての君たちは滅亡して居なくな
ってしまう可能性が高いとは思うが、まあ、
諦めないで精進してくれたまえ。
そうか、イースという手があるか。
なんのことだって?まあ、いずれ判ること
さ。
では、いずれ。
私について少し話そう 綾野祐介 @yusuke_ayano
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