アザレア

ジョーケン

第1話 花咲くゼラニウム

1話 花咲くゼラニウム


 日本、大阪の5月下旬。梅雨の兆しを見せ始め、その日はあいにくと夕方まで雨が降っていた。サァサァと細かい雨が道路に降りしきる中、コツコツと硬質な音が鳴る。

 1人の青年が片手に傘を持ち、もう片方で杖をついて歩いていた。落ち着いた風体としているが、制服姿で、よくよく見ると年のころは16、7ほどだった。

 杖をしばらくついていき、ふと学校と思わしき建物の前で立ち止まった。学校名を指す表札には、大阪府立扇花せんか高等学校と書かれている。門は閉じられており、軒先には雨の中、傘を差した一人の女学生が鮮やかな黄色のゼラニウムを手入れしている。

 青年は女学生へ近づくと会釈する。女学生も会釈を返すが怪訝な表情で首を傾げた。

「こんにちは、雨の中お疲れ様です。門閉まってるみたいなんだけど、どっから入れますか?」

「どうも。訪問者ならそこのインターホンから……あ、もしかして編入生ですか? 噂になってる」

 キョトンと呆けた後、ハハと青年は苦笑した。

「ありがと。あー、噂? 情報が早いな。どっから漏れたんだろ」

「えっと、すいません。たぶんうちの先生からです……。来週こういう学生がうちのクラスに来るからよろしくって。ドイツからの帰国子女で、勉強それなり。あと足に障害持ってるから助けてあげてとか」

 同学年と思わしき女学生は、青年の杖を一瞥して、申し訳なさそうに肩を竦めて苦笑を浮かべる。

 日本の情報管理に思うところはありつつ、まいったなと呟く青年。

「僕は香島湊かしまみなと。同学年だよね? よろしくお願いします」

「あ、どうもよろしくお願いします。瑞城愛実みずしろまなみです。湊さんは今日授業の準備とかですか?」

「うん、色々あるみたいで」

 あいさつを済ませた後、湊と名乗った青年は、インターホンで校舎の教師と連絡を交わす。しばらくして門のオートロックが解除される音がした。湊は愛実に手を振り、そのまま門をくぐる。

「あ、私も一緒に! すいません」

 園芸用の用具を手に愛実も門に入る。

「雨の中すごいね。……そういえばゼラニウムって珍しいね。日本って桜のイメージがあるからかな」

愛実はあまり話すのが得意ではないのだろう。湊は彼女の興味がありそうな話題を考えて、あくまで丁寧にゆっくり話した。愛実は苦笑を浮かべる。

「桜もそこら中にさいているわけでもないので。シーズンも過ぎましたし。……花、御詳しいんですか?」

「うん、母が好きで。……手入れ熱心にしてたけど、愛実が植えたの?」

「はい、部活動で。他の学生にはあまり評判良くない花なんですけど。臭いが青臭いとかで」

「そうですか? 独特な匂いだけど僕は好きだよ」

「ええ、私もです。そういう方は少ないですね」

 校舎の屋根に入った湊は傘を収める。灰色の空模様、淡い桃色のゼラニウムとは対照的な赤髪だった。

「ありがとう。また今後クラスでよろしくね」

 湊は柔和に微笑むと手を振り、杖をついて校舎の中へと歩いて行った。

「……ええ。また、今度」

 愛実はやや張りつめた表情でそうつぶやいた。彼の持つ「力」の大きさに不安を抱きつつ、玄関のゼラニウムを見やる。


 黄色のゼラニウムの花言葉。予期せぬ出会い。この出会いが幸となるよう愛美は静かに祈った。





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