第39話 大成、自分が置かれた状況を理解できない

 俺とかえでみどりの父親である駒里こまさと比羅夫ひらおは外科医だ。

 ただし、相当破天荒な医師で「死にたい奴は死ねばいい。生きたい奴だけが生きればいい」などと医師とは思えない事を平然という人だ。元々は大学病院の外科医だったけど型にハマる事が大嫌いで、外科部長や院長と度々衝突して大学病院を自分から辞めたというのは業界では有名な話だ。

 現在の正式な肩書は『社会福祉法人 博愛の会 札幌糸魚沢いといざわ総合病院 外科副部長』だ。この法人は総合病院を全部で5つ持っていて、特別養護老人ホームや高齢者のデイサービス、在宅医療サービス、障がい者支援施設などの医療・福祉分野だけでなくスポーツジムや人間ドックなども幅広く手掛けていて、道内どころか国内でも有数の規模を誇る。

 札幌糸魚沢病院の院長は糸魚沢幸成こうせい先生で親父の医科大学の先輩にあたる人だ。その院長の奥様、つまり院長婦人は糸魚沢若菜わかな、旧姓春立はるたち。つまり母さんの実姉で、こちらは院長と区別するため「若菜先生」と周りから呼ばれている。当然、先生と呼ばれるくらいだから若菜先生も医師だ。若菜先生は整形外科医、糸魚沢院長は内科医だが、糸魚沢院長の実父が理事長なのだから親父は理事長の親族という事になる。まあ、当たり前だけど俺も楓も緑も理事長の親族には違いない。

 親父は破天荒なのは間違いないけど、同時に苗字が駒里だから『スーパードクターK』と称されるほどの凄腕の外科医であるのも事実だ。院長や理事長も親父が病院を離れて1年の半分以上を海外で医療活動をしているのを半ば放任、まあ、赤十字やNGO団体から親父を派遣して欲しいという要請がひっきりなしに来るから、病院側の宣伝効果も兼ねて親父を海外に派遣している。札幌糸魚沢病院の外科は親父以外にも凄腕の医師が揃っているというのもあるけど。

 そして・・・親父は医師以外にもう1つの顔を持っている。それは・・・殆ど殺人マシーンといってもいい程の凄腕の格闘の達人だ。その気になれば医療用のメス1本、いや、鉛筆1本を武器にして相手を一撃で仕留める事も出来るし、素手でも相手を一撃で倒すのは容易い。映画の『〇ンボー』も顔負けで、この業界での親父の評判は、世界最強と言われるアメリカ陸軍特殊部隊、通称『グリーンベレー』でも格闘戦に限定すれば1対1どころか2対1、いや3対1でも親父に勝てないとされる程だ。まあ、それこそ機関銃をあめあられのようにぶち込めば勝てるのかもしれないが試した事がない、いや、。実際、陸上自衛隊や海上自衛隊の幹部クラスが親父を取り込もうとして極秘裏に何度も接触しているのは俺も知っているくらいだ。それもそのはず、何しろ、自衛隊の評価は親父一人で一個大隊(国や組織によって違うが六百人前後)に相当するというのだから恐れ入る。

 つまり、医師としても傭兵としても、これほど有能な人物は他にいない。

 当然だが親父の裏の顔を知ってるのは駒里家でも親父の両親であるジイと駒里ほしみ婆ちゃん、母さん、俺だけだ。楓や緑、それに春立はるたちの爺ちゃんや婆ちゃんも知らない。当然だが青葉あおばも知らない。親父の兄である鵜苫うとま伯父さんや余市よいち伯父さんも知らないし、赤十字や自衛隊でも上層部のほんの一握りの人しか知らない。病院の関係者でも糸魚沢理事長と糸魚沢院長しか知らない超の上に超がもう1つか2つ付くトップシークレット扱いになっている。

 大規模な自然災害や内戦、紛争地域の難民キャンプでの経験が豊富な外科医は喉から手が出るくらいに欲しいから、裏の顔を知らなくても親父への依頼がひっきりなしに来る。親父の肩書「外科副部長」というのは、あくまで体裁を整えるための物であり、実際には「名ばかり副部長」だ。その証拠に外科以外の診療科には。理事長の親族、院長の義弟でもある「スーパードクターK」が派遣されるというだけでもメディアがこぞって取り上げてくれるのだから、これを利用しない手はないから「外科副部長」という肩書を与えられている。ある意味、親父は広告塔でもあるのだ。

 でも、俺は知っている・・・親父の殺人マシーンともいえる格闘術はジイからの伝承だ。ジイは・・・い、いや、これは絶対に言えない!

 ジイは三男の親父にはを伝授したようだが、親父の兄である長男の鵜苫伯父さん、二男の余市伯父さんには伝授していない。当然だがジイの3番目の子である親父の姉にも伝授してない。そう、ジイが言ってたけど「ワシに一番似てるのはお前の父だ」というのは、兄弟で一番身体能力が高く、それでいてを伝えるだけの技量を持っていたと言う事だ。

 親父が休職中でも病院側からは基本給と派遣手当が支給されているし、春立はるたち家の家業でもあるBOUQUETブーケの人気も右肩上がりなのもあるから、親父は安心して本業よりも海外へ出向く事が多いくらいだ。毎回のように危険地域へ赴きながら傷一つ負わず、時々自慢話のようにゲリラや反政府軍を一人で殲滅した様子とか、街の荒くれ者やテロリストを仕留めた話をしているのだから、まさに殺人マシーンそのものだ。


 だが、親父は本当に青葉の父親なのか?


 いや、そんな事があってもいいのか?


 でも・・・それなりの状況証拠はある。


 まず、親父の年齢だ。親父と母さんは小学校と中学校の同級生、つまり幼馴染の関係だ。親父と青葉の母さんである藻琴もことおばさんが高校の同級生だというのは以前に藻琴おばさん自身が高校の卒業アルバムを見せてくれたから間違いない。母さんと藻琴おばさんは幼稚園入園前からの付き合いだけど、高校は母さんは公立高校だが親父と藻琴おばさんは俺たちと同じ清風山せいふうざん高校だ。

 それと、親父の名前は駒里比羅夫だからイニシャルはH・Kだ。

 黒松内くろまつないさんが言ってた青葉の父親情報「青葉のお母さんとお父さんの年齢は同じ」「イニシャルがH・K」という条件に合致する。

 それ以外にも親父が青葉の父親の可能性に結び付く物がある。それは青葉の身体能力だ。

 申し訳ないが、青葉の爺ちゃんも婆ちゃんも風が吹けば飛んでいきそうなくらいに線が細い。藻琴おばさんもそれは同じだ。それに藻琴おばさんが言ってたけど、母さんも藻琴おばさんも小学校・中学校と学年でも下から数えた方が早いくらいの運動音痴だったと。だとすれば、俺や青葉の身体能力は父親からの遺伝だとしか思えない。

 それともう1つ・・・今、目の前には俺の双子の妹、楓と緑がいるけど・・・昨日のはま天塩てしおさんのセリフではないが二人とも超がつく程の美少女の部類だ。二人の髪型を無視して考えれば・・・なんとなく青葉に似ている!


 そう言えば・・・藻琴おばさんはいつも俺の事を「お兄さん」と呼んでいる!!


 これが冗談ではなく本当の事だとしたら・・・


 親父はまだ研修医の時に母さんと結婚している。

 まあ、正しくは研修医の身でありながら幼馴染の母さんとの間でから結婚したのだが、研修医の身では一家を養う事が出来ないから母さんの両親との同居という形を取り、それが今でも続いている。その時に生まれたのが俺だ。

 言いたくないけど、親父は豪放な性格もあってか病院でも看護師だけでなく薬剤師や事務部の女性職員から圧倒的に人気が高い。つまりモテまくり状態だ。それに、青葉の誕生日は俺の半年後・・・芸能人夫婦が離婚する原因の一つに「妻の妊娠中に夫が浮気した」というのはワイドショーなどで何回も聞いた事がある。

 母さんが妊娠中に親父が高校の同級生で顔見知りであった藻琴おばさんに・・・いや、母さんや藻琴おばさんの過去の発言から見て、親父の高校在学中の彼女は藻琴おばさんだったとしか思えない。つまり、親父が可能性は否定できない。


 たしか俺も楓も緑も、それに青葉も血液型はA型だ。母さんと藻琴おばさんが一緒に献血に行った時に俺も同行した事があるけど、二人ともO型だ。親父はA型だから、A型とO型の両親から生まれた子供がA型になるのは正しい。


 あまりにも話が出来過ぎてないか?

 いや、状況証拠が揃い過ぎている。


 もし青葉が本当に親父の隠し子だとしたら・・・俺は青葉と付き合う訳にはいかない・・・それに、幼馴染という関係からも後退して異母兄妹の関係になったら、今までのように過ごせなくなるかも・・・


 本当にこんな事でいいのか?


 俺は自分の置かれた立場が全然理解出来なかった。

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