へたれ女子プロと、ポンコツ2番ウッド
宇枝一夫
第1話 お披露目
日本女子プロゴルフ七大ツアー、別名『七福神カップ』の今年最初のツアー『
そのクラブハウスの絨毯を踏みしめながら早足で歩く、白地に黒と茶色の紋をあしらったゴルフシャツにゴルフスカートを
《
は、後をついてくる男……の姿をした”モノ”へのいらだちが隠せなかった。
『ちょっとポンコツ! いつまで鏡を見ているのよ! ウォーミングアップする時間がなくなるじゃない! あと変なモノ食べてないでしょうね!? この前の『ホップステップツアー』の時みたいに、インパクトの瞬間におならをしたら、叩き折って不燃ゴミに出すからね!」
人間の男性……の姿に、黒の執事服に赤い蝶ネクタイを召した“モノ”。
猫又美華から“ポンコツ”と呼ばれ、一般人からは《擬人ゴルフクラブ》と呼ばれる彼の名は、
2番ウッドの《
彼はハエのように、主人である美華の周りをぐるぐる回りながら、歌劇の男優のようにオーバーポーズで休みなくまくし立てる。
「わたくしにとってひさしぶりのツアー、そして何より美華様のツアー初挑戦の晴れ舞台をぞんざいな服装で皆の前に現れては、今は亡き『
武羅の前の主人であり美華の祖母、《猫又
そこへ、通路の奥から聞こえてくる二人の男の声。
「
「そんなこと言ったって、昨日変なラーメン屋連れて行ったのは
「美華様危ない!」
「きゃ!」
通路の角で美華と尾関がぶつかりそうになるのを、武羅は抱きしめながら護る。
「こ、これは申し訳ありません。おけがはありませんか?」
「クラブハウス内で走るとは、いささかマナーがなっていませんね」
頭を下げる尾関に、武羅は美華を抱きしめながら厳しい目線を投げつける。
「私、『擬人ゴルフタイムズ』の尾関と申し」
「失礼! 先を急ぎますので。ち、ちょっと武羅! いつまで抱きし……いくわよ!」
遠ざかる美華の後ろを眺める尾関と赤木。
「へっへ! 振られましたね尾関さん」
「馬鹿野郎、そんなんじゃねぇって、あのゴルフクラブどこかで……ぶら? ……ぶらってあの
『《
ってことはあの女子プロは、《化け猫》猫又珠代の孫娘、猫又美華!」
「へぇ~あれがちょっと前に噂になった……でも全然ピンと来ませんね~」
「赤木! 予定変更だ! このEEカップ。猫又美華を追っかけるぜ!」
「いいんですか? ”ま~た斜め上の取材しやがって!”ってデスクに怒られますよ」
― ※ ―
「すごい! 女子プロから”擬人ゴルフクラブ”、マスコミから観客まで……これが七福神ツアーの世界!」
美華の目に映るのは、テレビやCMでおなじみの女子プロと、それに仕える名のある職人やメーカーが造り出した”擬人ゴルフクラブ”。
その衣服は仕える女子プロの好みが現れており、さながら屋外ファッションショーともいえた。
それに向けて数多くのテレビカメラや
「大丈夫ですか美華様。心持ち自律神経に乱れが見受けられますが?」
斜め後ろに控える武羅は、心配そうに美華の耳元へ声をかける。
「フ、フンッ! 武者震いって奴よ! 見てなさい! 全員蹴散らしてやるから!」
そんな美華の背中に届けられる、聞き慣れた女性の声とゴルフクラブの礼。
「あらあら怖い怖い。《
「御意。奥様」
「お、叔母様! い、いえ、犬神プロ! お、お久しぶりです!」
慌てて振り向き、礼の終わった美華の目に映る、髪を結い、
永久シード権を得た、とても四十過ぎとは思えない若さと
《
美華の母親の一番下の妹であり、美華との年の差は二回り近く離れている。
そして彼女に仕える、武羅と同じ絵都孔球製作所製、灰色のタキシードを
「ツアーで会えてうれしいわ。武羅も
「お久しぶりでございます小香美様。お心遣い、感謝の極みでございます。真っ先にご挨拶に
「他人行儀はなしよ。雷刃も貴方と戦えるのを楽しみにしていてね。朝から子供のようにはしゃいじゃって、
そこへ、美華と犬神の間に割って入るように近づく、金と黒のストライプの髪にゴシックメイド姿のハーフの女性。
美華と同年代でありながら昨年度の賞金女王。さらに男性人気ナンバーワン。
《
「み、美也ちゃ、いえ、坂上プロ! 本日はよろしくお願いします!」
慌てて挨拶する美華であったが、坂上の声は冷たく美華を突き放す。
「何をおっしゃるの猫又プロ。予選では貴女とは回りませんわよ。恐れながら、身の程をわきまえるのもプロのたしなみですよ」
そして坂上は犬神に向き直ると、満面の笑みで右手を差しだした。
「犬神プロ、今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ坂上プロ。どうかお手柔らかに」
坂上が差し出した手を柔らかく握る犬神。
とたんに周りから発せられるシャッター音からデジカメ、スマホの電子音。
「これが、超一流プロの世界……」
場違いだと感じた美華は、光り輝く世界から誰も見向きもしない世界へと後ずさりする。
「あれ? 尾関さん、普通握手って目上の人間から目下へ差し出しますよね?」
「ま、《擬人ゴルフ界の女神》に対する、昨年度賞金女王のプライドってヤツだな……」
「
主である坂上の言葉を遮って、
「よお! “
そんな佐次であったが、武羅の目の前にくると、まぶたに指を当てる。
「あれ? ……っかしいな。武羅の野郎の幽霊が見えてやがる。おい美也よ。昨日塗ったワックス、あれまさか二級品じゃねぇだろうな!?」
「おあいにくさま、“生きて”ますよ佐次さん。相変わらずその口を引き裂いてやろうかと思う
「けっ! なんだモノホンかよ。今日はどうしたんだ?
「いつの話です。とうとうヘッドが
武羅は手の平を美華に向ける。
「みか? 美華……。あぁ! あの珠ちゃんの孫娘か! いやぁ大きくなりやがって! 出るとこも出ておじさんうれしいぜ! 少しはその肉を美也に分けてくれや!」
「あ、あの……こ、こんにちわ」
うろたえる美華に坂上が助け船を出す。
「佐次! 盛りのついた”犬”みたいに興奮しないように。猫又プロがお困りだわ」
そこへウィンクをしながら口を挟む犬神。
「アラまぁ”犬”だなんて、佐次君、いっそ”うちの子”になる? 今なら三食昼寝おやつ付きよ」
「え! まじ! いやったぁ!」
「犬神プロも
そんなやりとりを眺めている尾関が判定を下す。
(……犬神プロと坂上プロの前哨戦は、犬神プロの判定勝ちかな?)
「雷刃さん、佐次さん、武羅さん、三人で写真お願いしま~す」
「「かしこまりました」」
「へっへっ! いい男に撮ってくれよ!」
女性カメラマンの声に、雷刃を中心に左右に並ぶ佐次と武羅。
”きゃ~~!”と黄色い声援がわき起こり、女性ファンが我も我もと押し寄せる。
「尾関さん、絵都製トリプルウッドが並ぶと、文字通り絵になりますね」
カメラマンである赤木も夢中でシャッターを押す。
「ま、女子ツアーでありながら女性ファンが多いのも、ひとえに擬人ゴルフクラブのおかげだわな」
それを離れた場所で眺める美華。
(みんな輝いている……100%まぐれで『ホップステップツアー』優勝しちゃったけど……やっぱり私には場違いなのかな?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます