偶然性の許容。そしてリアリティレベルのコントロール
日々アニメ作りに身を置く中で、アニメと実写の違いは何だろうか?と考えることがよくあります。
アニメと実写。両メディアの最大の違い。それは偶然性の許容にあります。このトピックは今年最大の話題作『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督との対談(キネマ旬報 2018年7月上旬号)でも語ったことなのですが、改めて、アニメ側の視点で掘り下げてみたいと思います。
アニメは基本的に人の手で描かれた絵が映像になっています。2D作品は筆記用具で、3D作品はソフトウェアで描いた絵に、連続性を持たせたものがアニメ。一方、実写は基本的に元々この世に存在する対象を写し撮ったもの。刻々と変化する風景や人間の感情、二度と無いその瞬間を切り取って定着させたものが実写。
アニメは絵ですから、そこに必ず描き手の意図が込められます。撮ればすぐチェック出来る実写と違って即時性も皆無ですし、時間を掛けてコツコツと積み上げて、完成までに様々なセクションの意図が重なっていきます。たまたま演出意図とは違うものが出来上がったとしても、それは実写映像的な瞬間を切り取った即時性のある偶然ではありません。良い意味でも悪い意味でも、どうしても意図通りになってしまう。偶然性を許容する隙間は、無いに等しい。
実写は意図通りに撮ることも、偶然性を許容することも選択出来るメディアです。特に偶然性の許容に関してはアニメよりも有利。『カメラを止めるな!』は各方面で大絶賛なので今更イシグロが語ることも野暮ですが、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で初めて観た時に、どこまでが意図通りでどこまでが偶然の賜物なのかが分かりませんでした。それが役者の必死な姿と重なって共感を生んだのかと思います。前出のキネマ旬報での対談でも、偶然性の許容について上田監督に共感を頂けてとても嬉しかったです。
ではアニメに偶然性を持ち込むことは不可能なのか?と言ったら、決してそんなことはありません。例えば、プレスコ。プレスコ=アフレコの逆。つまり先行して音声を収録し、その音声に合わせて作画していく制作手法です。声の芝居、掛け合いを役者主導にすれば、偶然生まれるリアクションや間(ま)が生っぽさを醸成します。生っぽさと偶然性は意味を共有している部分が少なからずありますので、それを求めるアニメ監督さんは割と多いように感じます。生っぽさという意味では絵のリアリティレベルを写実的にすることも手法の一つです。デザインや作画の動きを生っぽい方向性で突き詰めると、よりキャラに実体感が植え付けられていきます。
しかし、どちらも突き詰めれば突き詰めるほど、それは実写に近付くことと同義になります。生っぽすぎる声の演技は画面上に映し出された絵から乖離し、本来その奥に潜んでいるべき役者(の顔)を浮かび上がらせてしまいます。生っぽすぎる作画の芝居や写実的すぎる美術は、上手くなればなるほど絵から離れていき、最終的に行き着くところは写真そのもの。アニメでやる必然性からどんどん遠ざかってしまいます。偶然性を許容出来るようにアニメで頑張ってみても、結局は実写と同じ土俵に上がろうとするだけでアニメ本来の強みを只々殺してしまうだけになる。
では実写よりもアニメが強みとする要素は何か?
それはリアリティレベルのコントロール。
アニメは絵なので写実的にも抽象的にも出来ます。特に抽象化した絵は作り手の意図を観客に伝えやすいとイシグロは考えています。抽象化の度合いのコントロール、つまり、リアリティレベルのコントロール。ビジュアルや色彩が現実とかけ離れていても、それを意図として落とし込められれば、観客は違和感を持たずにその世界観を受け入れてくれます。飛躍した表現だったとしても、そこに現実とのリンクを上手く張れば、観客は自身の実体験を元にしてより良い映像としてアップデートしてくれます。ドラえもんやクレヨンしんちゃんで笑ったり泣いたり出来るのがその証左でしょう。極端に抽象化されていたとしても、現実とのリンクが高次元で実現された両作品は観客の共感を得ることに成功しています。イシグロも小さい頃、勉強机の引き出しの奥にタイムマシンがあるんじゃないかと考えたものです。抽象化された画面構成は観客にとって考える余地と入り込む隙間が大きい分、実は現実とのリンクが容易です。一方、写実的過ぎる画面構成は、その場所やキャラが『そこにしか存在しない』『そこに行かないと体験出来ない』とも捉えられがちで、実は隙間が狭いのです。
アニメ=絵である原則を理解し、画面構成や音響演出でリアリティレベルをコントロールすること。これが実写には出来ないアニメの強みを活かすことにつながるとイシグロは考えます。リアリティレベルの程度は個々の好みがあるので、良い悪いでは決して語れませんし、作品の内容如何で落とし所が変わるものでもあります。しかし間違いなく言えるのは、アニメの強み=リアリティレベルのコントロールということです。
現在鋭意制作中の新作では、リアリティレベルのコントロールを強く意識しています。アニメ=絵であることの意味を自分なりに込めています。わかりやすいのは美術のルック。まだお披露目出来ないのが個人的にもどかしいのですが、リアリティレベルのコントロールがとても上手くいっていて大満足。今までの監督作でも絵であることを意識してきましたが、今回がその集大成。着々と完成していく美術ボードをチェックしながら、今回の作品だけでなく、今後の仕事でも自分なりの方向性が見えた気がしたのでした。
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