発想の飛躍

イシグロの師匠は渡辺歩さんです。


2013年、『団地ともお』という作品で渡辺さんが監督、イシグロがディレクター(要は助監督)という立場で関わることになりました。渡辺さんはドラえもんで数多くの監督作品を残していますが、中でも『のび太の恐竜 2006』は出色の完成度で、劇場で観た時の衝撃は今も忘れません。ともおのオファーを頂いた時は原作の魅力もさることながら、「あの渡辺歩さんと仕事が出来る!」という巡り合わせに一番興奮したものです。


当時のイシグロはと言うと、実はその時点で初監督作品となる『四月は君の嘘』の仕事が決まっていて、シナリオ打ちやロケハンなどの実作業も始まっている状態でした。その事情は渡辺さんにももちろん伝えていて、事あるごとに監督としての立ち居振る舞いや作品作りの哲学などを質問し、その度に渡辺さんは丁寧に教えてくれたのでした。初監督という巨大なプレッシャーをイシグロが克服出来たのも、目の前に偉大なお手本がいたから。渡辺さんには本当に感謝の念しかありません。その渡辺さんが度々口にしていた言葉があります。


それが『発想の飛躍』。


実は当時、その真意について質問することはありませんでした。何故ならそれ程大切な考え方だと感じ取れていなかったから…。が、監督業を続けるにつれて『発想の飛躍』がとても重要なものだ気付き始めます。前置きが長くなりましたが『発想の飛躍』について論じたいと思います。


イシグロは『発想を飛躍させることで新しい表現が生み出せる』と考えます。


発想とは「何かを思い付くこと」と定義出来ます。良いアイデアを思い付く、良い演出を思い付く、良いセリフを思い付く等々。多くの創作者はこの『発想』という行為や事象に重点を置いていると思います。アイデアを思い付いた時点で創作が完成する、そう考えているのではないでしょうか。しかし、発想するだけでは、新しい表現は生み出せていないことが多い。新しい創作物に昇華させるには、思い付いたアイデアを『飛躍』させることが重要です。


何か一つ良いアイデアが浮かんだとします。大抵はそのこと自体に嬉しくなり、そのまま創作物に反映させようとしますが、グッと我慢して、その思い付いたアイデアを飛躍させてみてください。

例えば「女性アイドルグループが田舎で農業に励む話」を思い付いたとしたら、「田舎と農業」→「旧時代的だなぁ」→「実際にアイドルが旧時代に行ったらどいう生き抜くだろうか?」→「タイムスリップ物にしてみるか?」→「いや、時代は元々旧時代に設定して主人公も小作人の男に切り替えて、ある日突然未来人の女性アイドルが畑に落っこちてきた、となったらどうなるか?」と、どんどん発想を飛躍させていきます。飛躍の具合はちょっと突飛なくらいがいいです。すると自分では想定していなかったアイデアが頭の中を駆け巡り始めます。結果、今までの自分では創作出来なかった新しい表現が生まれるのです。

初めはどんどん飛躍させていき、ある程度のところで立ち止まって検証します。飛躍させ過ぎていたら軌道修正し、アイデアが新しく固まるまで練り上げ、表現を形あるものに仕上げていきます。そうすると、今まで自分がしてこなかった(出来なかった)表現が生み出されます。


イシグロの作品で例に挙げると、

・君嘘の最終回演奏シーン

「公生とかをりの演奏」→「二人だけのための演奏」→「二人だけの空間」→「二人だけしかいない世界」→「OPのウユニ塩湖のようなイメージ空間で二人だけで演奏させよう」

・ランスのOPの真緒オンリー演出

「真緒は自分を探してる」→「真緒は孤独」→「真緒しか出さないで、真緒が誰かを探している構成でいこう」

・オカルティックナインの早口演出

「主人公のガモタンはオタク」→「オタクって大抵早口で自分の言いたいことを全て言わないと気が済まない」→「セリフを削るのではなくて早口で全部言い切らせる演出で構成しよう」

・クジ砂での空気に漂う砂の表現

「美しくも残酷な世界観」→「砂も美しい」→「リアルな砂である必要はない」→「空気中の砂に光が当たればスペクトルのように輝く」→「光の粒を舞わせてそれを『砂』としよう」

という感じです。


監督業を進めていくと様々な場面で新しい表現を求められます。次々とアイデアを出していくと次第に選択肢が無くなっていき、表現の幅が広がらなくなる感覚に陥ります。そうなった時に『発想の飛躍』という考え方が役に立つのです。これは才能ではなく、技術です。技術を持って、新しい表現を生み出すのです。渡辺さんが言っていた意味が実感出来たのが監督業をこなしてからだというのも、今となっては納得のいく話です。次々と新しいものを生み出さなけらばならない立場でなければ、実感出来なかったのです。『発想の飛躍』を理解して実践出来た時、再び渡辺さんに感謝したのでした。


『発想の飛躍』は今やイシグロの創作哲学として自身に根付いています。もう一度言いますがこれは才能ではなく、技術です。困った時のツールとして、みなさんにもおすすめですよ。

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