食う寝るところ、住むところ、といっしょ
井守千尋
第1話 蒔村隼の、ヒトを駄目にした発明
2040年。シンギュラリティが発生した。
2045年問題まで、5年を残しての早期実現である。
我々のまわりはAIがあふれている。スマートホンに搭載された音声認識AIや、頭と胴体に腕をつけたアンドロイドもどきの会話ロボット。20世紀の人類が思い描いたAI像といくらか乖離があるかも知れないが、ヒトの手で、ヒトに近い、ヒトならざる頭脳が成長しつづけている。
2020年になると、ビッグデータの構築とともに、全世界のインフラが情報ネットワークを併設するようになった。電気の道、水道の道、ヒトの動く道。その全てに情報ネットワークが上書きされ、ヒトの動静はAIのネットワークに監視される時代となった。GPS衛星に地上のネットワーク。ほとんどのヒトがAIと暮らす時代がやってきた。有史以前、犬、猫、その他の家畜とともに生きる道を選んだこと同様、ヒトのテリトリーにAIが迎え入れられたのである。
21世紀前半は、AIの飛躍的進歩とともに炊飯器もかつてない進歩を迎えていた。
炭釜、ダイヤモンド鋼釜、南部鉄器釜など加熱素材にこだわり高級路線を続けていた各炊飯器メーカーの争いに、2022年に世界最大手のテクノロジー企業と、かつてデジタルオーディオプレーヤー、現在はスマートホンがメインの大企業。米国の超大メーカーがアジア圏の食糧事情に対応できる炊飯器を開発してきた。中国、インド、ベトナム、韓国、日本以外の米を主食とする国々の富裕層は、「オートディッシュ」「iRice」に飛びついた。両社は、これまた世界最大手の通販会社サービスと提携し、米の仕入れとミネラルウォーターの仕入れを残量に応じて行えるようにした。数億人のマーケットであるアジア圏の食生活ビッグデータを利用して、気候に応じた炊き具合、使用する家族好みの炊き方が設定によって可能となった。しかも、家族のライフサイクルに合わせて炊飯ができるようにした。例えば、急に帰宅が遅くなることになったら、スマートホンのアプリ管理で炊飯時間をずらすことが可能となったのだ。第二展開では、和洋中とおかずのデリバリーシステム構築を果たし、具材と炊き込むご飯もランダムで提供できるようになる。第三展開では、米を粉末化しパン、麺などへの加工による多様化を実現した。
もちろん、AIによる健康状態モニタリングを行い、食事管理、食育もプロの栄養士顔負けでできる炊飯器である。
この炊飯器シンギュラリティに日本企業は当然対抗してきた。炊飯技術では誰にも負けない。負けるわけにはいかない。実家のような楽なご飯を目指し、おかずの多様化、「オートディッシュ」「iRice」には到底真似できない質の高いご飯の提供。さらに、茶漬け、おにぎり、海苔巻きまでも全自動で提供できるという、炊飯プラス米料理提供機器へと進歩を果たした。日本製のAI搭載炊飯器は、やはり人気で、2000ドルを越えた価格でも常に品薄。数年ぶりに爆買いをする外国人の姿が秋葉原をはじめ各地で目撃できた。
2025年。新潟のコメ農家の息子蒔村隼(まきむらはやと)は、炊飯器も作る郡上(ぐじょう)重工業へと入社した。入社面接時に言い放った動機は、のちに宇宙の彼方までヒトを連れて行く一歩となった。
「私は、ヒトを駄目にする炊飯器をつくりたい。私の胃袋をつかむいいオンナ、のような炊飯器。食う寝るところ住むところ、の食うをすべてを担ってくれる、全力で甘えたいバブみのある炊飯器をつくりたい」
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