ある復讐者の日常

登美能那賀須泥毘古

ある会社員の日常_その1

1997年8月26日、N県S市で衝撃的なニュースが流れた。

「本日未明 に、一家惨殺事件が起きました。生存者は父親のKさん(35)のみで、未だ意識不明です。また、犯人は未だ逃走中です。」

この物語は、唯一の生存者であるKさんのその後の記録である。


私が目覚めたのは 事件から1週間後の9月1日の朝でした。

目覚めて初めに目にしたものは、疲れきった母の姿でした。

母は慌ててナースコールを押し、糸を切られたあやつり人形のようにその場に崩れ、小さな声で泣いていました。

その姿をみていると医師がやって来ました。

余程急いで来たのか、息を切らせていました、

「Kさん、おはようございます。私はKさんの担当のM崎です。ご自分のお名前は分かりますか?」

「S宮 Kです。ここは一体どこですか?

なぜ私はここにいるんですか?」

私がそう答えると、その医師は

「ここは警察病院で、あなたは8月24日に運ばれてきました。理由は後々分かると思いますが、

あなたは事件に巻き込まれ、今までずっと意識不明でした。目覚められてよかったです。」

初めは、M崎医師が一体何を言っているのか分からず、少々困惑したため、周りを見回すと、

妻や子供たちの姿が見えない事に気づき、

「すみません、家族はどこでしょうか。

こういう時、妻は側にいてくれていると思うのですが。

もしかして、もう夏休みは終わって、息子達の学校が始まっているのでしょうか?」

私がそういうと、突然母がまた泣き出してしまいました。

何故母が泣き出したのか分からず、困っていると、M崎医師が母に

「心配いりません。息子さんは軽い記憶消失のようです。2,3日もすれば記憶も元に戻るでしょう。」

その言葉を聞き私は何かを忘れているのだと分かり、思い出そうとするのですが、

頭の中に何か靄のようなものが掛かっているようで、すぐには思い出すことは出来ませんでした。

そして、M崎医師は

「午後から精密検査をしましょう。」

そういうと、失礼しますとM崎医師は病室を後にしました。

再び、私と母の2人になり、どうすればいいのか考えていると、

「何か食べたいものはあるかい?

未だ暫くは点滴だろうけど、今度Kが好きなものを作ってくるよ?」

「そうだなぁ...なら、久しぶりに母さんが作った里芋の煮っころがしが食べたいな。

後は、血の滴るような肉かなぁ」

「わかったわ。母さん腕によりをかけてつくるわね。お肉は、直ぐには食べられないと思うけど、任せて。」

そんな他愛の無い会話をしていると、突然ドアを叩く音が聞こえ、

花束を抱えて課長がわざわざ見舞いに来て下さいました。

「おぉK君、目覚めたようで本当に良かった。」

「課長、わざわざすみません。仕事にも迷惑掛けて申し訳ないです。」

「良いんだ、気にしないでくれたまえ。それはそうと、お見舞いの花を飾りたいのだが、花瓶などはあるかな?」

「わざわざありがとうございます。あとで私の方で飾らせて頂きますので、一旦預からせて頂きますね。」

「なんだか逆にお手を煩わせてしまったようで申し訳ありません。宜しくおねがいします。」

そんな会話が続き、

「そういえば、検査などしないといけないらしく、もう暫くお休みを頂きたいのですが、宜しいでしょうか。」

「今は会社の事なんて気にしないでいい。K君の担当だった仕事は皆んなで分担して何とかやっていけている。

 君はまず、自分の身体の事を気にしてあげなさい。元気になって戻ってくれれば良いんだから。」

心からの優しい言葉で、思わず涙が出そうになりました。

「ありがとうございます。直ぐにでも戻れるよう頑張ります。」


課長も帰り、夕方に母も一旦家に帰ることになりました。

そしてその夜、私は何故このような状況になっているのかをもう一度思い出そうとしました。

ですが、やはり思い出せませんでした。

私が覚えているのは、休日に家族と家で家族団欒を過ごしていたら、いきなり気を失って起きた時には

すでに今の病室にいたということだけです。

その日は、いろいろな人に出会い少し疲れていたみたいで、そのまま寝てしまいました。

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