第14話 手作りパンとシフォンケーキ

 日曜日の夜というのは、咲子にとっては一般の人の「花金」にあたる。

お休み前のウキウキ気分で、家に帰って来た。


お休みというだけじゃないわね…。


更紗さんの話を聞いてから、咲子は中西さんに会いたくてたまらなくなった。

自分の中にこんな情熱が眠っているなんて思ってもみなかった。



それでも明日のことを考えるとぼんやりとばかりはしていられない。


咲子は普段着に着替えると、最初にパン種を仕掛けておくことにした。


★ 「冷蔵庫で作りおきパンいつでも焼きたて」 

  吉永麻衣子 著  主婦の友社 出版


この本を買ってから、咲子は家でパンを手作りすることが多くなった。

第一次発酵を冷蔵庫が勝手にしてくれるので、作業の過程が省けて簡単なのだ。


自分が家で食べる分用と中西さんの家へ持っていくものとを分けて、保存容器二パック分のパン種を作った。


強力粉、塩、砂糖、牛乳、水、インスタントドライイーストを混ぜ、こねて、打ち付けてパン種を作るのだが、今回はプレーン生地だけを作った。


焼いて食べる分だけスケッパーで切って、生地が残ったらまた冷蔵庫に入れとけばいいから、独り暮らしの咲子にはとても助かるレシピだ。

フライパンや魚焼きグリル、オーブントースターでもパンが焼けるようになっている。咲子はいつも電気オーブンで作るが、フライパンとオーブントースターでも焼いてみたことがある。


パンがこんなに簡単に作れるとは驚きだ。



パン種を保存容器に丸めて寝かせて冷蔵庫に入れると、咲子は夕食にすることにした。

今日はおかずがほとんどできているので、ハンバーグを温め直すだけだ。

汁物は、とろろ昆布と醤油とかつお出汁で簡単な澄まし汁にした。


朝作った煮込みハンバーグを食べていると、携帯がメールの着信を知らせた。


『明日ですが、おふくろとのお茶の後にデートしませんか? 行きたいところがあったら考えておいてください。』


あら、あらら。


いつもより強引な感じの中西さんだ。

…どう返事をしようかな~。



『こんばんは。明日のことですが、庭に植える木を買いたいです。お勧めの園芸店があったら、連れていってください。』


初めてのデートで何をどうしたらいいのかわからない。

こういう買い物なら、農家の中西さんと自然に会話が弾むのではないだろうか?


咲子が返信をするとすぐに中西さんから電話がかかってきた。


「もしもし? 咲子さん。」


「はい。」


「園芸店に行くんだったら、木を持って帰れるように軽トラックになるけど…。それでもいい?」


「ええ、いいですよ。えっと…初デートなので、緊張しない所のほうがいいかなと思ったの。」


「…うん、それって助かる。じゃ、帰りに何か食べに行こうか?」


「うーん…食材を買って来てうちで食べましょうよ。その方がゆっくりできるでしょ。」


「咲子さんって、お金のかからない人だなぁ。」


中西さんに笑いながらそう言われると、咲子もそうかもしれないなと思う。

普通の女の人のようにファッションや宝石、外食なんかには全然興味がない。


けれどここに引っ越してきて、家やインテリアや植物に興味津々になりつつあるので、違う意味でもっと大きなお金がかかる人間なのかもしれない。



明日は十時に中西家にお邪魔することを確認して、中西さんとの電話を切った。




◇◇◇




 咲子は朝から大忙しだった。


簡単に作れるシフォンケーキを焼いている間に、マヨコーンチーズパンを焼く下準備をする。


シフォンケーキはサラダ油で作れるので、材料費もかからないし、食べる時も蒸しパンのような感触でしつこくない。

咲子は作り置きのブルーベリージャムに添える、ヨーグルトサワークリームをホイップしてタッパーに入れた。


マヨコーンチーズパンは、一個分の生地を伸ばしてフォークで穴をあけると、マヨネーズ、コーン、チーズ、パセリを乗せて、十二分焼くだけだ。


オーブンがふさがっていたので、パンの方はトースターで焼いた。


ケーキとパンが焼きあがる間に、咲子はちょっぴりオシャレをした。


ボトムはジーパンだが、上に着たのはレースのキャミソールと薄ピンクのサマーカーディガンだ。イヤリングも小さく揺れるものをつけた。



車にできたてのケーキやパンなどが入った大きな荷物をのせると、咲子はすぐ近くの中西さんの家まで、田んぼの間の道を運転していった。


咲子が以前止めた場所に車を入れると、中西さんがすぐに家から出て来てくれた。


「いらっしゃい。荷物があったら運ぼうか?」


「こんにちは。それじゃあケーキを持って行ってくれる?」


二人で手分けして荷物を運んでいくと、光枝みつえさんが「こっちこっち!」と庭の方から手招きしてくださった。


裏庭に歩いていくと、ウッドデッキにゴザが敷いてあって、テーブルや座布団が用意してある。

テーブルの上には紅茶のセットが置いてあって、座敷の奥から若い女性がティーポットを持って出てくるところだった。


…誰だろう?

もしかして、お兄さんの奥様なのかしら?


「いらっしゃい、咲子さん。長男の嫁の友美ともみといいます。よろしくね~。」


「あ、よろしくお願いします。」


「敬語はいらないからね。私、咲子さんと同級生なのよ~。更紗ちゃんに歳のことを聞いて、嬉しかったわ! 今日は私も一緒に女子会に入れてもらってもいい?」


「どーぞどーぞ。」


なんか楽しそうな人だ。


思わぬことに、光枝さんと友美さんと三人で女子会をすることになってしまった。

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